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思い出との再会
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それから俺たちは共通の話題である薬のことで話が盛り上がった。
実際、碧生は俺よりも薬の事には詳しく、朧げにしか記憶していなかった薬の作用機序なども事細かに説明してくれた。業務に慣れてくると細かいところはあんまり使わない知識になるから忘れがちなんだよな。それじゃあいけないんだろうけど。
そういう点ではとても有意義な会話が出来た。
ある程度会話がいい感じに収まったところで、夏花の話題を出すタイミングを見計らう。
昨日会ったなんて言ったら、さぞかし驚くんだろうな。そう思うと、少しだけワクワクする気持ちを抑えきれなかった。
「ねえ、こーちゃん。私の告白のこと、覚えてる?」
しかし急な話題を振ってきたのは碧生の方だった。碧生は真剣な眼差しで、じっと俺の方を見据えている。
「あ、ああ、覚えてるよ」
そうだ。この話も碧生にしなければならない。
昨日夏花に謝ったことで少しだけ、心の負担は軽くなっていた。だからと言って、碧生に謝らなくてもいいわけではないだろう。
「あ……あの時、さ……。こーちゃん、なんて返事したかも……覚えてる?」
碧生は震える声でか細く言う。
何故かここで、俺の脳裏に疑問符が浮かんだ。
あの時、俺はなんて返事をした? 自分の言葉が思い出せない。どちらかを選べなかったことは確かだ。しかしその時になんて返事をしたのかは、不思議と思い出せなかった。
無言でその場を立ち去ったわけではない。何か言葉をかけたはずだ。
あの時はきっと、驚きと喜びで気持ちが舞い上がっていたのかもしれない。感情がふわふわしていたから、あまりよく覚えていないんだろう。
そう思うと大して気にするようなことではない。
「なんて言ったかは覚えてないけど、どちらかを選べないまま、離れ離れになってしまったのは後悔してる。今更だけど、本当にごめん」
こうやってわざわざ話題に出してきたということは、碧生はまだ当時のことを怒っているのだろう。もしかしたら、こんな言葉一つでは許してもらえることではないのかもしれない。
「え? なんで謝るの?? 別にこーちゃんは悪くないでしょ?」
そんな俺の気持ちとは裏腹に、碧生は柔らかい笑みを浮かべて言った。
「怒って……ないのか?」
「怒ってるわけないでしょ」
「じゃあ、なんでそんなことを聞いてきたんだ?」
碧生は人差し指を口に当て、んー? と考えるような素振りを見せる。
そして少しだけ、俺から視線を逸らすようにして言った。
「こーちゃんがあの頃のまま、変わってないかを知りたかったから、かな」
「えっと……それってどういう意味?」
「んー? あんまり深い意味はないかも」
「なんだそれ。まあ、俺もこれで当時のことを二人に謝れてちょっとスッキリしたけど」
「…………二人……って?」
自然な流れで夏花の話題を出すタイミングがきた。少しだけ俺の口元が綻ぶ。
「実はさ。昨日、夏花に会ったんだよ」
「え……? ナ、ツカ?」
碧生は驚きの表情のまま固まってしまう。俺はそのまま話し続けた。
「そうそう、ビックリするだろ? 夏花もこっちに出てきてたみたいでさ。少し前に偶然会って、それで昨日一緒に食事したんだよね」
「へえ……そう、なんだ」
碧生は消え入りそうな掠れた声で呟く。
「それが夏花、今何してると思う? 言われても想像できないと思うけどさ、今劇団に入って舞台役者やってたんだよね。あ、偶然会ったって言うのは、たまたま見に行った舞台で夏花が出てたってことなんだけど」
「そう……」
「昨日一緒に食事した時もさ、夏花全然変わってねーの。なんていうかノリが昔のまんま、っていうかさ。あ、でも、見た目は割と変わってて、最初は同姓同名の別人かと思ったくらい」
「…………」
「あと意外だったのはもの凄い酒豪だった。日本酒が好きだーっていって、昨夜もひれ酒何杯も飲んでけど全然潰れないし、平然としてるから放っておいたらまだまだいくらでも飲みそうな勢いだったよ」
「……めて」
「それにしても本当に奇跡みたいな偶然だよな。あの頃の三人が12年ぶりにこんなにも近くにいるなんて。それで良かったらさ、今度三人で――――」
「……やめて」
「え?」
「やめてって言ってるの!!!!」
碧生の張り上げた声が店内に響き渡る。周りの視線がこちらに集まるのを感じた。
「あ、あおい……?」
「うっ――――」
恐る恐る声を掛けると、碧生は両手で口を塞いで立ち上がる。そしてそのまま席を立った。
「ちょ――どうしたんだよ!?」
俺も慌てて後を追いかける。すると碧生はトイレに駆け込んでいった。
「大丈夫、か……?」
さすがにずっとトイレの前で待っているわけにはいかず、俺は一旦席へ戻る。
酒のある席だ。急に気分が悪くなったんだろう。
大きく息を吐き、呼吸を落ち着かせる。
夏花の話をしている時、碧生はずっと不快そうな顔をしていた
でも俺は、それを無視して話し続けた。
思えば昨日の夏花の時だってそうだった。
夏花は碧生の話題を出したとき、あまり乗り気ではない雰囲気を醸し出していた。
12年ぶりの再会で、一番盛り上がる話題はやっぱりあの時三人で過ごした時間だと思っていた。
でもそれは――どうやら俺だけのようだったらしい。
しばらくすると顔を真っ青にした碧生が席に戻ってきた。
「おい! 大丈夫か?」
「……ごめん、今日はもう帰るね」
「あ、ああそうだな! 会計は済ませておくから先に外で待って――」
「大丈夫。一人で帰れる」
「いや……でも……」
「今は――一人にして欲しい」
碧生は帰り支度を済ませると再び席を立った。
そして――――俺に背を向けたまま、小さく、それでいて力強く言った。
「もう――――ナツカの話はしないで」
その瞬間――――俺の思い出に、大きなヒビが入る音が聞こえた。
実際、碧生は俺よりも薬の事には詳しく、朧げにしか記憶していなかった薬の作用機序なども事細かに説明してくれた。業務に慣れてくると細かいところはあんまり使わない知識になるから忘れがちなんだよな。それじゃあいけないんだろうけど。
そういう点ではとても有意義な会話が出来た。
ある程度会話がいい感じに収まったところで、夏花の話題を出すタイミングを見計らう。
昨日会ったなんて言ったら、さぞかし驚くんだろうな。そう思うと、少しだけワクワクする気持ちを抑えきれなかった。
「ねえ、こーちゃん。私の告白のこと、覚えてる?」
しかし急な話題を振ってきたのは碧生の方だった。碧生は真剣な眼差しで、じっと俺の方を見据えている。
「あ、ああ、覚えてるよ」
そうだ。この話も碧生にしなければならない。
昨日夏花に謝ったことで少しだけ、心の負担は軽くなっていた。だからと言って、碧生に謝らなくてもいいわけではないだろう。
「あ……あの時、さ……。こーちゃん、なんて返事したかも……覚えてる?」
碧生は震える声でか細く言う。
何故かここで、俺の脳裏に疑問符が浮かんだ。
あの時、俺はなんて返事をした? 自分の言葉が思い出せない。どちらかを選べなかったことは確かだ。しかしその時になんて返事をしたのかは、不思議と思い出せなかった。
無言でその場を立ち去ったわけではない。何か言葉をかけたはずだ。
あの時はきっと、驚きと喜びで気持ちが舞い上がっていたのかもしれない。感情がふわふわしていたから、あまりよく覚えていないんだろう。
そう思うと大して気にするようなことではない。
「なんて言ったかは覚えてないけど、どちらかを選べないまま、離れ離れになってしまったのは後悔してる。今更だけど、本当にごめん」
こうやってわざわざ話題に出してきたということは、碧生はまだ当時のことを怒っているのだろう。もしかしたら、こんな言葉一つでは許してもらえることではないのかもしれない。
「え? なんで謝るの?? 別にこーちゃんは悪くないでしょ?」
そんな俺の気持ちとは裏腹に、碧生は柔らかい笑みを浮かべて言った。
「怒って……ないのか?」
「怒ってるわけないでしょ」
「じゃあ、なんでそんなことを聞いてきたんだ?」
碧生は人差し指を口に当て、んー? と考えるような素振りを見せる。
そして少しだけ、俺から視線を逸らすようにして言った。
「こーちゃんがあの頃のまま、変わってないかを知りたかったから、かな」
「えっと……それってどういう意味?」
「んー? あんまり深い意味はないかも」
「なんだそれ。まあ、俺もこれで当時のことを二人に謝れてちょっとスッキリしたけど」
「…………二人……って?」
自然な流れで夏花の話題を出すタイミングがきた。少しだけ俺の口元が綻ぶ。
「実はさ。昨日、夏花に会ったんだよ」
「え……? ナ、ツカ?」
碧生は驚きの表情のまま固まってしまう。俺はそのまま話し続けた。
「そうそう、ビックリするだろ? 夏花もこっちに出てきてたみたいでさ。少し前に偶然会って、それで昨日一緒に食事したんだよね」
「へえ……そう、なんだ」
碧生は消え入りそうな掠れた声で呟く。
「それが夏花、今何してると思う? 言われても想像できないと思うけどさ、今劇団に入って舞台役者やってたんだよね。あ、偶然会ったって言うのは、たまたま見に行った舞台で夏花が出てたってことなんだけど」
「そう……」
「昨日一緒に食事した時もさ、夏花全然変わってねーの。なんていうかノリが昔のまんま、っていうかさ。あ、でも、見た目は割と変わってて、最初は同姓同名の別人かと思ったくらい」
「…………」
「あと意外だったのはもの凄い酒豪だった。日本酒が好きだーっていって、昨夜もひれ酒何杯も飲んでけど全然潰れないし、平然としてるから放っておいたらまだまだいくらでも飲みそうな勢いだったよ」
「……めて」
「それにしても本当に奇跡みたいな偶然だよな。あの頃の三人が12年ぶりにこんなにも近くにいるなんて。それで良かったらさ、今度三人で――――」
「……やめて」
「え?」
「やめてって言ってるの!!!!」
碧生の張り上げた声が店内に響き渡る。周りの視線がこちらに集まるのを感じた。
「あ、あおい……?」
「うっ――――」
恐る恐る声を掛けると、碧生は両手で口を塞いで立ち上がる。そしてそのまま席を立った。
「ちょ――どうしたんだよ!?」
俺も慌てて後を追いかける。すると碧生はトイレに駆け込んでいった。
「大丈夫、か……?」
さすがにずっとトイレの前で待っているわけにはいかず、俺は一旦席へ戻る。
酒のある席だ。急に気分が悪くなったんだろう。
大きく息を吐き、呼吸を落ち着かせる。
夏花の話をしている時、碧生はずっと不快そうな顔をしていた
でも俺は、それを無視して話し続けた。
思えば昨日の夏花の時だってそうだった。
夏花は碧生の話題を出したとき、あまり乗り気ではない雰囲気を醸し出していた。
12年ぶりの再会で、一番盛り上がる話題はやっぱりあの時三人で過ごした時間だと思っていた。
でもそれは――どうやら俺だけのようだったらしい。
しばらくすると顔を真っ青にした碧生が席に戻ってきた。
「おい! 大丈夫か?」
「……ごめん、今日はもう帰るね」
「あ、ああそうだな! 会計は済ませておくから先に外で待って――」
「大丈夫。一人で帰れる」
「いや……でも……」
「今は――一人にして欲しい」
碧生は帰り支度を済ませると再び席を立った。
そして――――俺に背を向けたまま、小さく、それでいて力強く言った。
「もう――――ナツカの話はしないで」
その瞬間――――俺の思い出に、大きなヒビが入る音が聞こえた。
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