あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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~遊馬夏花~

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『次はいつ会えるの?』

 そんなメッセージを送ってから、既読が付かないまま五日が過ぎた。
 もともと多忙な人だ。きっと今でも目まぐるしく、あちこち奔走しているんだろう。

「はあ……」

 スマホをバッグにしまい、都内の街中を歩いていると、自然とそんなため息が漏れた。
 本当はもう分かっていた。あの人は、すでに私に対する興味を失くしている。
 そもそも最初からそんなに興味はなかったのかもしれない。

 それでもこの一年間、私たちは恋人という関係を続けていた。

 彼との出会いは、とある劇場で舞台の公演を見に行った時だった。
 大学を中退して、私はとある劇団に入団した。
 一応プロ志向ではあったはずだけど、内情としてはアマチュアよりも酷く、どこか趣味程度でやってる、くらいのやる気しか感じられない劇団だった。
 だから私は独学で勉強するために色んな舞台を見に行った。メモを片手に、感じたことを必死に書き留めながら食い入るように目の前の演技に集中していた。

「キミ、演劇興味あるの?」

 そんな私の姿を見て、声を掛けてきたのが彼だった。

 彼は30過ぎの若手の演出家だった。彼は私の演劇に対する熱意に関心を示してくれて、色んな話を聞かせてくれた。特に演劇に対する熱意は本当に素晴らしく、彼の存在は私の憧れの対象になった。

 それからも彼とは頻繁に会うようになり、ある時、今所属している劇団を紹介してもらった。
 今の劇団は名前こそ売れていないものの、これから大きくなると感じさせるには十分な資質を秘めていると感じた。稽古も怒鳴り声が飛び交うほど真剣で、まだまだ未熟な私に対しても厳しく、時には優しく演技を教え込んでもらえた。

 ああ――彼と出会えて、この劇団を紹介してもらえて、本当に良かった。

 そう思った瞬間、私の中の世界がようやく色づいていくような感覚があった。
 漠然と高校生活を送り、それなりに勉強もした。一流と呼ばれる大学にも入ることが出来た。それでも、どこか流されて日々を消化していくだけの作業としか感じられなかった。
 演劇に興味を持ち大学を中退した時ですら、そこに自分の意思はどれだけあるのかと半信半疑なところはあった。

 でも今は違う。

 ようやく、自分が心の底からやりたいと思えることが見つかった。それを成すための場所に巡り合うことが出来た。
 今の私は、間違いなく充実した日々を送っている。
 そんなある日のことだった。

「良かったら、俺と付き合ってくれないかな?」

 彼からそんな言葉を持ち掛けられた。
 彼は私にとって尊敬する人であり恩人である。その言葉は素直に嬉しいと思えた。
 それでも――恋愛感情があるかと聞かれれば、それは違うと、ハッキリと分かっていた。

「はい! お願いします!」


 そこで私は、また流された。


 恋人同士になった私たちは、毎日会うようになった。しかしすぐにその間隔は伸びていき、毎日から週3、週1、月2、と目減りしていった。
 そして半年も経つ頃には月一程度しか会わなくなり、今ではもう、一か月以上会っていない。
 最初から恋愛対象としての興味がなかったのは私の方だった。彼は早々に、そんな私に愛想を尽かしていたんだろう。

 彼に対する尊敬と敬意はまだに持っている。そのせいか、この関係を終わらせられずにいた。
 
 そんなことを考えてぼんやり歩いていると、ネオンの隙間から、偶然にも彼の姿を見かけた。
 彼の横には知らない女性が歩いていて、楽しそうに腕を組んで歩いている。
 そのまま立ち止まって彼の姿を追っていると、彼は知らない女性とラブホ街へと消えていった。

 別にショックではなかった。彼をそうさせたのは、きっと私のせいなんだから。
 それでも、少し重くなった足取りで家路へと着く。
 鍵を開けて部屋に入ると、電気もつけずにそのままベッドへ倒れ込んだ。
 こういうことは初めてじゃない。今までもずっとそうだった。
 高校や大学に入って、何人かの男性と付き合うことはあったけど、いつも向こうに言われて流されるままに承諾してきた。

 そこに恋愛感情なんて、あるはずもなかった。
 私には――恋愛とはなにかが分からない。

 思えば私が流されるようになったのは、コータがいなくなった後のあの事件が起きてからだ。
 かつての親友を、私が傷つけてしまった。
 それ以来、私は何事にも自己主張をすることを恐れている。
 我を通して誰かを傷つけるくらいなら、何も考えないで流されるほうがいい。


「アオイ……今、どうしてるんだろう……」


 暗い部屋で一人呟く。
 未だに後悔の念は尽きない。
 許されなくてもいい。せめて一言、謝らせて欲しかった。
 それでも今は――それすらも叶わなくなってしまっている。

 スマホを取り出し、LINEを開く。気付くとコータの画面を表示していた。
 先日、久しぶりに再会した時のことを思い返す。

「ちゃんと答えを出せなかったことを後悔していた」

 私たちの告白に対して、確かにコータはそう言った。
 咄嗟に「それは違うよ」と言いかけたけどすぐに飲み込んだ。

 私には、その言葉をいう資格がない。

 あの告白の時、
 それを覚えていないということは、ということなんだろう。

 ならば私もそれを甘んじて受け入れる。
 だってその方が――今の私でも、コータの中で輝けるかもしれないから。

 会って少し話したい。
 それでも、メッセージを打ち込む手が止まる。
 いつも受け身の私は、どう切り出していいかをいつも迷ってしまうんだ。

 何か適当な理由で約束を取り付けようか。それもすぐには思い浮かばなかった。
 じゃあ、偶然を装って会いにでも行ってみようかな? でも、それは少しあざとい気がした。
 それでも、コータはそのあざとさにも気付かないんだろうなあ。

 そう思うと少し可笑しくなってきた。

 私はLINEの画面をコータから切り替える。

『次はいつ会えるの?』の下に新しいメッセージを打ち込んだ。

『もう別れよっか』

 そう送ってすぐに既読が付いた。

『分かった』

 と短く返事が返ってくる。


 それを見て、私の気持ちは少し軽くなっていた。
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