あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

文字の大きさ
15 / 44
思い出の乖離

しおりを挟む
 夏花と碧生との思い出を語る上で、少しだけ修正しておかなくてはいけないことがある。

 俺は今まで、あくまでも『三人で』というような表現を使ってきたが、実際は少しだけ違っていた。
 より正確な表現をするならば、『二人+α』というような関係性だったというのが正しいだろう。もちろんその二人というのは夏花と碧生のことであり、追加されるオマケは俺のことだ。

 それくらい、夏花と碧生の仲は良かった。大親友と言っても過言じゃないほどに。
 夏花と碧生が俺の事を好きではなくなっていたとしても理解できる。時間も年齢も重ねてきているし、今でも俺のことを想い続けることの方が不自然であることは重々承知だ。

 とはいえ、最初は夏花にそれを期待していたし、彼氏がいると聞いて知ってショックを受けていたのも事実なので、今思うと少し恥ずかしくもある……。
 それでも、ただ俺の幻想が壊されたという程度で、思い出に対するダメージは然程大きいものではなかった。

 しかし今回ばかりは訳が違う。
 俺の思い出を、根本から壊しかねない事態に直結する。


 だって――二人の友情だけは、どんなことがあろうとも揺るぎないものだと信じていたから。


 碧生と再会した日から一週間が経った。

「もう――――ナツカの話はしないで」

 碧生に別れ際に言われた一言。この言葉が、どうしても頭の隅から消えてくれなかった。
 何度も思い浮かべるのは、当たり前のようにいつも一緒だった夏花と碧生の姿。

 あんなに仲の良かった二人。

 それなのに――――碧生は明らかに夏花のことを拒絶していた。
 もしかしたら碧生の人付き合いが苦手になった原因もそこにあるのかもしれない。

 夏花の話から、碧生とは高校からは別々で、それ以来連絡は取り合っていないという。それに中学までは仲が良かったとも言っていた。だとすると、二人の仲が悪くなったのは中学を卒業する前だろうか。
少なくとも、俺が引っ越す以前の二人の間には何もなかったはずだ。登校最終日に二人一緒に別れの挨拶をされたのをよく覚えている。

 だとしても、もう10年以上も前のことだろう。このくらいの時間が経てば、当時のことなど風化して笑い話に出来たりしないのだろうか。
 いや、碧生の様子からしてそれは難しいだろう。きっと俺が考えているよりもずっと、溝は深いようにも思う。

 だからこうやって一人で悶々と考えていないで、本当なら今すぐ二人に話を聞くべきだ。
 しかし、碧生からは夏花の話を拒絶されているから、きっと聞いても何も話してくれないだろう。だったら夏花ならどうだ?

 夏花の反応は、話を切り出してみないと何とも言えないが、そもそも俺は夏花とはもう会うことがないと思っていた。恋人がいる相手にわざわざ会う理由がない。

 事情があれば話は別か? そもそも直接会う必要はない。電話やメールでもいい。
 どんな手段でも構わないのに、俺は夏花に連絡を取ることすら躊躇っていた。
 恋人がいると知っている相手に、どう接するのが正しいのかが分からなかったのだ。

 そして思考はまた最初に戻る。

 一週間、この堂々巡りの繰り返しだ。結局俺は、未だに何も動けずにいた。

「はあ……」

 重苦しいため息が、無意識のうちに漏れてしまう。
 そんな俺の様子を見ていた遊崎が肩を叩いた。

「まあ、ショックだったのは分かるが、そろそろ立ち直ってもいいんじゃねえか」
「あ、ああ……すまん」

 俺はきっとこの一週間ずっとこんな感じだったのだろう。仕事にも集中しきれていなくて迷惑を掛けていたはずだ。それでも、誰も深くは追及して来なかったのは、周りの優しさだったのかも知れない。
 いつまでもその優しさに甘えているわけにもいかないと思い、俺は少しだけ気を引き締める。しかし、それを維持し続けるのは難しそうだった。

「ちょーと地味な作業あるから、手伝ってくれると助かるんだけど」

 遊崎は、大量の薬の箱を持ってきて言った。

「やれやれ、仕方ないな」

 俺は薬の箱を半分持ち、男二人で薬の一包化をするために作業室へ入った。

「まあ、言えることはたいしてないと思うけど、話して楽になるなら全部ぶちまけちまえよ」

 遊崎が少し優しい口調で言う。
 きっと俺の様子を心配して、相談しやすい状況を作ってくれたんだろう。
 確かに俺は今一人で抱え込み過ぎている気がする。無関係な遊崎に意見を求めるわけではないが、聞いてくれるならそれは有り難いと思った。

 遊崎が知っているのは夏花に彼氏がいた、というところまでだ。碧生のことは全く話していない。
 俺は新人として丸城さんに付いていた碧生と再会したこと、そしてそのまま一緒に食事をすることになったこと、夏花の話をしたら気分を悪くして先に帰ってしまったこと。

 夏花と碧生の間に何か決別する要因があって、俺はその仲を取り持てないか考えていることを出来るだけ分かりやすく説明した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...