あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出の乖離

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 一通り話し終わると、遊崎は複雑そうに顔をしかめていた。

「うーん……そうか……いや、どうなんだ……?」
「すまん。分かりにくかったか?」
「いや、俺が疑問なのはそうじゃなくてさ。恋人が欲しい云々はもうどうでもいいわけ?」
「は???」

 すぐには遊崎の言葉の真意が理解出来なかった。

「いや、だって俺はずっと久しぶりに再会した子に彼氏が居たことを引きずってると思ってたんだよ。昔好きだと言ってくれたその子に期待してたみたいだしさ。でも、今話を聞いてみたら全然違うじゃん。ていうか、今でも俺は鷹司が何に対して悩んでるかよく分かってねえ」
「要は二人の仲をどうやったら戻せるかってことなんだけど……」
「その意味は理解してるよ。俺は鷹司の気持ちが分からねえって言ってるんだ」
「俺の感情なんて、俺が一番理解してねえよ」

 だから結局、答えを出せないまま悩み続けて一週間も経過してしまっているんだから。

「鷹司が劇団の子の話をして、MRの子を傷つけてしまった。そんな別れ方をしたから次にどうやって話を切り出せばいいか分からない、ってことで悩んでんなら少しは分かる。でもそうじゃねえだろ? なんで急に二人の仲がどうこうって話にすり替わってるんだよ? 俺からしたら二人の仲がどうこうなんてどうでもいい話なんだわ」
「そりゃあ遊崎は二人を知らないからどうでもいいだろうよ……」
「いや、これは鷹司の立場から言ってるんだ。まあ仲良かった二人に仲直りしてもらいたいって気持ちは分かる。でも10年以上前の話でそこにお前はいなかった。今更掘り返していい話じゃない。当人がそれを望んでいないなら尚更だ。だったら鷹司はそのことは胸の奥にしまっておくべきだと思うぞ」

 確かに遊崎の言うことも理解できる。でも、どうしても飲み込むことが出来ない。

「自分の胸の奥にしまって、その後はどうしろっていうんだよ……?」
「MRの子、彼氏いないんだろ? 人付き合いが苦手って言う割にはお前とは普通に話せるみたいだし、狙ってみるのもいいんじゃないか?」

 少しだけその展開をイメージしてみる。

「……ダメだ。今は碧生をそういう風には思えない」
「めんどくせえ奴だな。じゃあもういっそ、その二人のことは綺麗サッパリ忘れて、他に目を向けるのもいいんじゃねえか? 意外と近くに優良物件が転がってるかもしれないぜ? まあ、俺としてもこっちの方がオススメなんだが」
「それもダメだ。こんなことで二人のことを忘れられるくらいなら、とっくの昔に忘れてしまっているはず。だから俺には、二人の仲をどうにかするっていう選択肢しかないんだよ」

 優良物件に関しては言わずもがな。そんな相手が近くにいるわけがない。

「なんていうか……鷹司のその二人に対する執着はなんなわけ? 別にどちらかを好きだったわけでもないんだろ?」
「……しょうがねえだろ。俺にとって、唯一モテた時期なんだから縋りたくもなるって」
「いやお前、それ本気で言ってる?」

 遊崎は真剣な眼差しでこちらを見据えている。やはり遊崎の目にも、この考え方は異常に映っているのだろう。俺だって二人への執着が普通でないことくらい分かっていた。でも昔も今も、この想いだけは自分ではどうすることもできなかった。

「……本気でそう思っているわけじゃない。ただ、自分の中でそういう理由なんだと、言い聞かせているだけなんだと思う。だって俺自身、二人にここまで執着している理由が良く分からねえんだよ。理由が分からないものをそのままにしておくのは気持ち悪いだろ?」
「まあ、そこまで拗らせてるって分かってるなら、とりあえずそっちの方向に動くしかないんじぇねえのか?」
「そっちの方向って、とりあえず二人が仲違いした原因を探るってことか?」
「ああ、お前が凹みっぱなしも困るしな。劇団の子に話を聞くくらいはしてもいいと思うぞ」
「そう……だよな。やっぱりそれしかねえよな」

 次の俺が取るべき行動は決まった。後押ししてくれた遊崎には感謝しかない。

「ありがとう遊崎。とりあえず、やれるだけはやってみるよ」

 すると遊崎は照れくさそうに頬を掻く。

「言っておくけど、俺はその二人に深く関わるのは反対だからな。その異常な執着も不可抗力みたいだし、あまりいいことだとは思えない……。まあ、鷹司がやりたいようにやってみたら、もう一度周りを見渡した方がいいと思うぞ」
「ああ……分かってる」

 それから俺たちは、地味な一包化作業を黙々とこなした。



作業を終え、薬剤部へ戻ると同時に、早坂看護主任が薬剤部へと入ってきた。

「いよー、若者! 元気にしてるかー!?」

 目が合うと、いつもの明るい調子で声を掛けてきた。その手には薬の袋がいくつか抱えられている。ふと、名前を見ると先日処方されたばかりの高齢患者さんの物だった。
 俺も先週、西病棟の三階へ行った際にこの患者には会っているので、今、ここにこの薬がある理由はすぐに察することが出来た。

「あー……ステっちゃいましたか」

 同じく理由を察した遊崎が口を開く。

「ここのところバイタルも下がってきてたしそろそろかなーって思ってたら、今朝方にね」

 それに対し早坂さんはいつもの口調で言う。まあ、いつもの日常だ。俺たちの間に、そこに特別な感情は生じない。
『ステった』とはドイツ語のsterbenステルベンという死を表す単語から作られた医療用の隠語である。割と知れた言葉なので、隠語の意味を成しているかは疑問なところだが。

 正直、俺はこの言葉があまり好きではない。

 どこか、死を軽んでいる印象があり、先ほども言った通り、死を隠しきれていない部分を感じる。だから患者やその家族の前以外では、普通に「亡くなった」などと言うようにしていた。

「わざわざ看護主任自らが薬を届けてくれるなんてご苦労なことですね」

 デスクから腰を上げた氷川さんが、そう言いながら早坂さんから薬の袋を受け取る。

「どうしても行きたい! って駄々をこねる子がいたんだけど、その子、薬剤部に出禁だから仕方なく私がねー」

 早坂さんはそう言いながらチラリと俺の方を見る。
 そういえばこの一週間、白石さんの姿を見かけないと思ったら出禁食らってたのか。いや、俺のせいじゃないよな? なんで俺のことを見るんだよ。

「あら、それなら丁度良かったですね。こちらも上の空で仕事してる足手まといがいたので、余計な邪魔されずに済みましたよ」

 氷川さんはそう言いながらチラリと俺の方を見る。
 その足手まといは間違いなく俺の事ですね。俺は氷川さんの視線に耐えきれず、思わず目を逸らした。後でちゃんと謝っておこう。

「おう! なんだ、若者! もっと元気出せよー!」

 早坂さんはそう言って俺の背中をバシンと叩いた。

「いったっ!!」
「それじゃ、失礼しましたー」

 背中をさする俺を尻目に、早坂さんは颯爽と薬剤部を後にした。

「いやー、相変わらず元気な人だ」

 遊崎があっけに取られたように漏らした。

「元気良すぎだよ! 叩かれた背中、マジ痛え!」
「うん、まあ、元気出たか?」
「…………多少な。少なくともこの一週間の遅れを取り戻そうと思えるくらいには」
「あら? 少しは立ち直ったのね。じゃあ鷹司君には、この一週間分のツケを払ってもらおうかしら」

 氷川さんは冷たい視線を向けながら薄く微笑んだ。

 その後の俺に鬼のような仕事量が回ってきたのは言うまでもない。
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