あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出の乖離

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 氷川さんに一週間分のツケを払わされた俺は、お陰で薬剤部に一人だけ残されて残業する羽目になってしまった。
 戸締りを確認して薬剤部を後にする。いつもは混雑するはずの更衣室には誰の姿も見られなかった。着替えてエントランスから外へ出る。ここでも帰宅する職員の姿はかなり少なかった。

 そのまま歩いていると、タクシーやバスを待つロータリーのベンチに座っていた人物と目が合う。俺はその前を黙って通り過ぎた。

「ちょ、ちょっと無視しないでくださいよお!」

 その人物はベンチから立ち上がると、パタパタと俺の横に着いて歩いた。

「お疲れ様、白石さん」
「鷹司さんこそ、こんな時間までお疲れ様です。忙しかったんですかあ?」
「まあ、ちょっと多めに仕事を押し付けられてね。白石さんこそ、こんな時間まで何してたの?」
「私は鷹司さんのことを待ってました! って、なんでそんな嫌そうな顔するんですか!!??」

 いかん。思わず顔に出てしまっていたか。白石さんと一緒に帰っているところなんかを見られると、事務の片岡とかCEの鶴見なんかがうるさいんだけど、このくらいの時間なら周りの目を気にする必要はないだろう。

「なんで俺を待ってたの?」
「鷹司さんの元気がない、って話を聞いたので何かあったのかなーと」
「そんな話誰から聞いたんだよ? 出禁食らってるクセに」
「うっ……出禁のことは……置いておいて、聞いたのは主任からですね。正確には「落ち込んでる若者に気合入れてきてやったわ!」ってのを小耳に挟んだだけなんですけど」
「それでよく俺だって分かったな」
「主任は気に入っている人にはウザ絡みしますからねー。薬剤部から帰ってきたあとなら鷹司さんしかいないです」
「え……? 俺、早坂さんに気に入られてるの……?」
「……そんなまんざらでもないような顔しないで下さい。枯渇した男性成分の補給相手くらいにしか思ってないですよ」
「え、あ、うん…………いや、どういうこと?」

 ちょっと白石さんの言わんとしていることの意味が理解できなかった。ただ、直属の上司に対して割とひどいことを言っているのは気のせいじゃないはずだ。

「そんなことはどうでもいいんですよ。それに私はお腹がすきました。どこかで一緒にご飯食べていきませんか?」

 同じく俺も腹は減っていた。帰っても何も用意していないし、最初からどこかで食べて帰るつもりでいた。白石さんも遅くまで俺を待ってくれていたようだし、ここは付き合ってあげるべきだろう。
 白石さんは俺の返事を待つ間、何やらソワソワしているようだった。

「まあ、せっかく待っててくれたみたいだし、何かご馳走してやるか」
「え? え!? ホント!!?? ホントですかあ!!??」

 白石さんは嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいた。

「駅前の牛丼でいいか?」
「えー……それは思ってたのと違う……」
「そうか。じゃあまたの機会ってことで」
「そんな!! 私はゆっくりお酒でも飲みながら鷹司さんのお悩み相談でもしようと思ってたのに!! 牛丼だとそんな雰囲気出ないじゃないですか!」
「いや、別に俺は白石さんに相談したいことないんだけど……」

 話に遊崎に聞いてもらっているし、年下の子に相談するようなことはない。夕飯なんかさっさと済ませて早く家に帰りたいと思っていた。

「もお……私の思惑を躱し続けないで下さいよぉ……」

 白石さんはガックリ肩を落とす。

「今日は遅くなって疲れたから早く帰りたいんだよ」
「私は明日夜勤入りなんで遅くなっても大丈夫ですよ!」
「俺は朝から仕事だ。心配してくれるのは有り難いんだけど、今日は勘弁してくれ」
「むう……仕方ないですね。今日は牛丼で我慢します」

 白石さんは不服そうに口を尖らす。そんなやり取りをしながら歩いているうちに駅は間近に迫っていた。
 疲れたから早く帰りたいというのは嘘じゃない。その理由とは別に、俺には帰ってやりたいことがあった。

 それは夏花に連絡を取ることだ。直接会う必要はないがメールではなくせめて電話で。
 話してくれるか分からないが、事情を聴くなら早いに越したことはない。
 今の俺はそれだけが気になって、ずっとそのことばかりを考えている。

 遊崎の言う通り、二人に何があったのかなんて俺が関わるべきではないのだろう。だから遊崎は最後まで俺の選択を認めてくれなかった。それでも、俺はそうできない。
 俺が知りたいのは二人の間に何があったか、だけではない。
 俺自身が二人の思い出に縛られている理由も、知らなければいけないような気がしていた。

 駅のロータリーに差し掛かる。

 そんなことを考えていると、目の前に夏花の顔が浮かんだ。

「あれ? コータじゃん」

 目の前に浮かんだ夏花が声をかける。

「は……? 夏花? なんでこんなところにいるんだよ……?」

 一瞬、妄想が具現化したのかと思ったがそんなわけがない。目の前には本物の夏花がそこに立っていた。

「んー? 私は所用の帰りだけど、コータはデート?」

 夏花は隣にいた白石さんに目を向ける。

「いや、仕事帰り。こっちは同僚看護師の白石さん」
 白石といいますっ!」

 白石さんは満面の笑みで夏花に挨拶をする。

「え……? 白石……って? もしかし――――」
「もー! やだなー鷹司さん! 先約があるならそう言ってくれればいいじゃないですかあ!」

 夏花の言葉を遮るように白石さんが割って入る。

「いや、別に夏花とは約束してたわけじゃ――――」
「そういうことなら今日のところは諦めましょう。でも、この埋め合わせは絶対してもらいますからね! そして、ペナルティとしてその時、私のお願いも聞いてもらいますから覚悟しておいて下さい!!」

 白石さんは返答する隙も与えないような早口で一気にたたみかける。

「いや、だから話を聞けっ――――」

 そんな俺の言葉を無視するように白石さんはぴょんっと跳ねながら俺の横を通り過ぎた。

「それじゃあ、お疲れさまでしたー」

 白石さんは小さく手を振り、ぴょんぴょん跳ねながら改札の方へ行ってしまった。その場には、俺と夏花が取り残されたような形になる。

「一体なんなんだよ……」

 俺は溜息を吐きつつ夏花の方を見る。すると夏花は黙って白石さんが去っていった方向を見続けていた。

「どうした?」
「…………」

 俺の問いかけにも反応を示さない。

「夏花?」
「え!? あ、え、な、何!?」
「そんなにボーっとしてどうしたんだよ」
「え? いや別に、すごいかわいい子だなーと思って」

 白石さんに見惚れてボーっとしていたということだろうか。いくらなんでも見すぎじゃないかとも思うが、今はそんなことよりも白石さんが引いてくれたこの状況を利用するしかない。

「夏花、今から時間あるか?」
「私は大丈夫だけど、さっきは二人でどこかに行こうとしてたんじゃないの?」
「うん、そこの牛丼屋に」
「うわ……それはないわ……」

 夏花は引きつった表情を見せる。さすがにこれから話すつもりの内容を思うと牛丼屋という選択肢はない。

「本当は今日、夏花に電話しようと思ってたんだ。だからもう少しゆっくりできるところがいいんだけど何か希望はあるか?」
「そうだなー。今は遊びながらお酒を飲みたい気分なんだけど、近場でなんかいいところない?」

 近場で遊んで酒が飲めるところ……?

「確か駅の裏手の路地にそんな店があったような……」

 スマホのマップで位置を確認する。そこからお店のホームページに飛んで、トップ画面を夏花に見せた。

「そうそう! こういうの! コータにしてはセンスあるじゃん」
「なんか俺、馬鹿にされてる?」
「女の子と牛丼食べに行こうとしてた人になにか言う権利があるとでも?」
「牛丼そんなにダメ?」
「ランチまでならギリ許せるくらいかな……」
「まあ、そうかもしれないけど、俺にも都合ってものもあったんだよ」
「はいはい。とりあえず移動しよ」

 夏花はそう言って先に歩き出した。その後姿をみて思う。


 こんなところで偶然出会うわけがない。そんな予感がしていた。
 昔から夏花は偶然を装って俺に会いにくることが度々あったが、そういうときは決まってなにか相談事があるか、ぶちまけたいことがあるときだった。

 もしかしたら、こういうところは昔と全く変わっていないのかもしれない。
 だとすると碧生の話題を出すべきなのか迷うところではあった。

 そんなことを思いながら、俺は反対方向へ歩いていく夏花を呼び止めた。
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