あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出の崩壊

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 それから一時間後、話疲れてカロリーを消費した俺は、追加で頼んだご飯と共に冷め切った肉を頬張っていた。向かいに座る白石さんは少し難しそうな顔をして考え事をしている。

 最初はさわりだけのつもりだった。不仲の二人をどうしたら仲直りさせられるかみたいな話題で終わらせようと思ったのだが、白石さんはそこだけでは終わらせてくれなかった。

 それは? あれは? 昔は? この前は? としつこく問いただす。濁そうと思っても絶対服従の笑顔がそうさせてくれない。どんどん深みまで話は掘り下げられていき、仕舞いには核心的な部分の夏花と碧生に昔何があったのかの詳細まで吐き出されてしまった。
 そこまでくると俺の方も自棄になり、結局昨日のスパでの出来事やその後の電話の内容まで全て曝け出してしまったというオチである。

 氷川さん相手ならともかく、年下後輩の女の子の前で心を丸裸にされたような気分になり、男のプライドはどこかに旅立ってしまった。だから今はとりあえず食べることで自分の気持ちを誤魔化している。

「うーん、そうですねえ……」

 小難しい顔のまま白石さんは切り出す。俺は食べ続けながら耳だけを傾けた。

「私の見解としては、今すぐ二人の仲を修復するのは難しいと思います」

 まあ、当然そうなるだろう。そんな簡単に答えがでるようなことなら、俺はここまで頭を悩ませていない。

「しかし、仲直りさせること自体は難しいと思いません。それにはまず、時間をかけることが大切だと思います」
「じふぁん?」

 思いがけない回答に、つい食べながら返事をしてしまった。

「ええ、時間です。鷹司さんはどうも今すぐどうにかしないと思っているみたいですが、そんなに焦っていてはうまくいくものもダメになってしまいます。まずはじっくり様子を見ましょう」
「様子を見るって、結局は何もしないってことじゃないのか?」
「何もしないわけじゃないですよ。まずは碧生さん? の方ですが、こちらは彼女の望む通りにしてあげた方がいいと思います。会いたいと言われれば会った方がいいですし、電話が来たら極力出てあげましょう。まずは下手な刺激を与えないこと心です」

 俺は食べる手を止め、箸をテーブルに置いた。

「次に夏花さん? の方ですが、とりあえず直接会うのは避けましょう。万が一碧生さんと遭遇してしまった時に言い訳できなくなってしまいますからね。連絡はLINEもしくは電話がいいと思います。毎日とまでは言いませんが、最低でも二日に一回くらいは連絡を取った方がいいでしょう。こちらには、まだちゃんと繋がってると思わせることが肝心です」
「…………それにどんな意味が?」

 俺が首を傾げると、白石さんは深いため息を漏らす。

「だって鷹司さん、お二人と再会してからまだ数回しか会っていないでしょ? それだけで彼女たちの全てを知ったつもりになっているんですか? そんなことはまずあり得ません。きっと、まだ鷹司さんに明かしていない気持ちはたくさんあるはずです。だからそれを、時間をかけてゆっくりと探るんですよ」
「はあ、なるほど」
「それだけじゃありません。特に碧生さんの方に言えることですが、そうやって鷹司さんと会っているうちに、昔を思い出して夏花さんへの気持ちも変わってくるかもしれないですよね? だからやっぱり、ここは焦らず時間をかけていくべきだと思います」
「焦らず、時間をかけて……」

 白石さんの言葉を復唱する。

 なるほど、一理ある。なんてレベルの話じゃない。これしかないと思わせるほど、ベストな回答の提示だった。
 確かに俺は焦っていた。一刻も早くなんとかしないといけないと思い込んでいた。しかしその焦りこそが、俺の悩みの解決を不可能にしているなんて全く考えてもみなかった。

「まあ、私個人の意見にはなってしまうんですが、どうでしょう?」
「いや、凄くいいと思う。これならなんとかなるかもしれない」
「でも絶対に上手くいくという保証はないですからね。少なくとも碧生さんの方がもう少し夏花さんを受け入れる姿勢にならないと先へは進めないと思います。それに碧生さんの精神はまだ不安定のようですから、焦って刺激を与えてしまうとそこで全部ダメになってしまうかもしれませんよ」
「だよな……結局碧生を何とかしないと駄目か。とりあえず出来る限りはやってみるよ」
「はい! 応援してますねっ!」

 白石さんは純度の高い、眩しい笑顔で応えた。

「いやあ、しかし……白石さんがこんなにも的確なアドバイスをくれるなんて思ってもみなかったよ」
「むっ。鷹司さんは私をなんだと思っていたんですか?」
「そうだな……小うるさくて、しつこくて、絡みがウザい後輩、とかかな?」
「うう……予想できてしまう自分が悲しい……でも、ちょっとは見直しましたか?」
「見直したなんてもんじゃない! とても助かったし感謝もしている! 本当にありがとう!」

 俺が笑顔でそう言うと白石さんはフイっと視線を逸らした。

「……そんなに真っすぐ言われると」

 消え入りそうな声で何かを呟いた。

「でも、協力してくれた理由がちょっとな……」
「はっ! あれは冗談ですからね! 悦になんて浸ってないですから! そんな不純な動機でこんな真剣に相談に乗ってないですよ!!」
「じゃあ、なんで?」
「う……それはですね……」
「言えないってことは不純な動機か」
「いや……まあ……最初は興味というか、好奇心というかそんな感じだったんですけどね。でも、鷹司さんの話を聞いているうちに、そんな軽い気持ちは無くなっていました」

 そして白石さんは少し崩れた姿勢を正す。

「鷹司さんはお二人の思い出をとっても大切にしているんだと感じました。そんな思い出が今、手を伸ばせば届きそうなところにある。それを壊したくないって気持ちは、私もよく分かるんです。私にも、忘れられない大切な思い出があるので……」

 白石さんはどこか物憂げな様子で言った。

「白石さんにはどんな思い出があるの?」

 俺の境遇と重ねてくれた思い出に、少しだけ興味を惹かれる。

「私のですか? それはナイショです」

 人差し指を口元に当て、悪戯に微笑む。

「おお? 自分だけ秘密主義か? まあでも、胸の内にしまっておきたい思い出ってあるよな。俺も……出来ればしまったままにしておきたかった……」

 すべてをさらけ出してしまったダメージが再び襲いかかり、ガックリ肩を落とす。

「そんなに落ち込むことですか? とりあえず私の話はまた今度にしましょう。それでもいつか必ず、鷹司さんに話すと約束しますから」
「本当か? じゃあ、そのいつかを気長に待たせてもらうよ」
「そうして下さい。とりあえず今は鷹司さんのことが優先です。何かあったらどんな細かいことでも相談に乗りますので、遠慮なく言ってくださいねっ」

 そう言う白石さんの笑顔を見て、心が軽くなっていくような気がした。だからこの笑顔も信じられる。だから俺は、自分の出来ることを精一杯頑張ろうと心に決めた。
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