あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

文字の大きさ
31 / 44
思い出の崩壊

しおりを挟む
 ゲームが終わり、ようやく訪れた歓談の時間。新郎新婦両サイドのゲストが入り乱れ、それぞれ楽しい時間を過ごす。俺も周りに足並みをそろえて楽しむ姿を取り繕っていたが、心の底では全く楽しめていなかった。

 そんな中、少しだけ新郎の正臣と二人で話す機会があった。

「よう、昴太は最近どうなんだよ?」

 正臣は唐突にそんな質問を投げかけてきた。

「どうって何がだよ?」
「まあ……色々あるけど、今聞きたいのは結婚考えてる彼女とかいないのかってことかな」
「いると思うか?」
「相変わらず、変わってねえな」
「そんな簡単には変われねえだろ」
「変われるよ。俺は変わった」

 その言葉に、胸が強く痛む。

「いやー、俺って学生の頃女なんかいらねーって吹いてたけど、アレ結構マジだったんだよな。単純に面倒臭かったし、男連中で遊んでる方が楽しかった。仕事始めてみんなで遊ぶ機会が減っても、一人の方が楽なんだって、そう思っていた。でも――一人の女性との出会いが俺を変えた」

 正臣はそういいながら新婦の方を見る。

「職場の先輩に合コンに誘われてさ。面倒だけど断れないからしょうがなく行ったんだよ。そこで奥さんと出会ったんだけど、向こうも同じような状況だったみたいで意気投合しちゃってさ。そっから色んな話をしてたんだけど、なんか予想外に盛り上がってそのまま連絡先交換して、それから何回か会ってるうちに、気が付いたら――――俺の方から付き合ってくれって言ってた」
「……学生時代の正臣からは想像もできないな」
「だろー!? まあ、俺自身もビックリしたわけよ。あんなこと言ってたのに、こんなにも簡単に付き合っちまうんだなーって」
「それでお前、子供はどうするつもりなんだよ?」

 正臣は学生の頃、子供が嫌いだから結婚したくない、みたいなことも言っていた。披露宴の話などからまだいないみたいだが、そこらへんはどう折り合いをつけたのだろうか。

「ああ……それな……。付き合ってるときに先の話になって言ったんだ。子供が嫌いだから結婚する気はない。子供が欲しいんだったら別の男を選んだ方がいい。って」
「付き合ってる彼女にそれを話すって正臣らしいな」
「まあ、俺らくらいの歳で付き合ってたら、さすがにそこは無視し続けられなかったしな」
「それで? 奥さんはなんて返事したんだよ?」
「……結婚してもいいと思えるまで、子供がいてもいいと思えるまで待ってる、って言われた」
「それで折れた正臣は結婚することにした、と」
「そんな感じだな。子供を産むってことになったらそんなに何年も待たせられないし、まあ、そういうのも悪くないかなってくらいには思えるようになったよ」

 そういう正臣の横顔は、俺の知る学生の頃とは違う大人の顔つきになっていた。

「昴太も女の話とか全然しなかったし、まあ、俺と同じようなもんなんだろうなって勝手に思ってたけどさ。きっといつか、お前も変われる日が来るよ」
「……そんな日が、来るといいな」
「だから昴太も彼女くらい作れって! 自分を変えてくれるような女との出会いは大事だぞ!」

 正臣はそう言いながら俺の肩を強く叩いた。

「おーい、正臣。こっちにも来いよー」

 少し離れたところから声を掛けたのは宗村だった。

「じゃあ、俺は次にいくよ」

 そして正臣は立ち上がる。

「おい聞いたぞ隆二! もう二人目いるんだってな! これは俺も負けてられねーよなあ!」

 そう言いながら違う輪の中へ溶けていく正臣を見送る。


「無理だよ正臣……俺は変われない」


 俺はそう呟きながら、奥歯を強く噛みしめた。



 それから俺は、明日は仕事で早いからと告げて、二次会の閉幕を待たずに会場を後にした。

 祝いの宴の余韻に浸ることができないまま、暗い道を一人で歩く。
 気持ちは沈み、重く苦しい。胸はずっと締め付けられっぱなしだった。

 改めて、今日一日を振り返る。

 同棲していて、結婚を視野に入れている恭弥。
 卒業、就職と同時に結婚をして、子供が二人目を予定している宗村。
 そして――考え方が一変し、結婚までした正臣。

 数年前まで共に過ごしていた友人たちが、まるで別世界の住人のように感じる。
 皆それぞれ先に進んでいて、大人として成長していた。

 しかし俺は――――俺だけが――何も変わっていない。
 成長を止めた子供のままだった。
 正臣から招待状が届いた時も同じような気持ちだったと思う。

 しかし今回ばかりは、その現実をまざまざと突きつけられた。
 より深く実感し、改めて自分の人生を振り返る。
 すると、ぽっかりと空白のような部分があることに気付いた。

 これは――一体何なんだ?

 いつの頃のものかも分からない。奥のさらに奥にしまい込まれた忘れられた記憶。
 触れようとしても触れらない。思い出そうとしても思い出せない。
 何故、今までこんなものがあることに気付かなかったのだろうか?
 その答えはすぐに出た。
 夏花と碧生。二人との思い出が、この忘れられた記憶の邪魔をしていたんだ。

 ああ――そうか――――

 だから俺は――――あの日、夏花の姿を見るために、劇場まで足を運んだのか。

 本当はあの時、二人の思い出を終わらせるつもりでいた。
 現実を見て、いつまでも過去に縋りついてはいられないんだと自らに言い聞かせるために。

「くそっ――だからって……どうしたらいいんだよ……」

 気付いてしまったこの気持ちに、今はまだ少しだけ、目を逸らしていたかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...