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思い出の崩壊
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ゲームが終わり、ようやく訪れた歓談の時間。新郎新婦両サイドのゲストが入り乱れ、それぞれ楽しい時間を過ごす。俺も周りに足並みをそろえて楽しむ姿を取り繕っていたが、心の底では全く楽しめていなかった。
そんな中、少しだけ新郎の正臣と二人で話す機会があった。
「よう、昴太は最近どうなんだよ?」
正臣は唐突にそんな質問を投げかけてきた。
「どうって何がだよ?」
「まあ……色々あるけど、今聞きたいのは結婚考えてる彼女とかいないのかってことかな」
「いると思うか?」
「相変わらず、変わってねえな」
「そんな簡単には変われねえだろ」
「変われるよ。俺は変わった」
その言葉に、胸が強く痛む。
「いやー、俺って学生の頃女なんかいらねーって吹いてたけど、アレ結構マジだったんだよな。単純に面倒臭かったし、男連中で遊んでる方が楽しかった。仕事始めてみんなで遊ぶ機会が減っても、一人の方が楽なんだって、そう思っていた。でも――一人の女性との出会いが俺を変えた」
正臣はそういいながら新婦の方を見る。
「職場の先輩に合コンに誘われてさ。面倒だけど断れないからしょうがなく行ったんだよ。そこで奥さんと出会ったんだけど、向こうも同じような状況だったみたいで意気投合しちゃってさ。そっから色んな話をしてたんだけど、なんか予想外に盛り上がってそのまま連絡先交換して、それから何回か会ってるうちに、気が付いたら――――俺の方から付き合ってくれって言ってた」
「……学生時代の正臣からは想像もできないな」
「だろー!? まあ、俺自身もビックリしたわけよ。あんなこと言ってたのに、こんなにも簡単に付き合っちまうんだなーって」
「それでお前、子供はどうするつもりなんだよ?」
正臣は学生の頃、子供が嫌いだから結婚したくない、みたいなことも言っていた。披露宴の話などからまだいないみたいだが、そこらへんはどう折り合いをつけたのだろうか。
「ああ……それな……。付き合ってるときに先の話になって言ったんだ。子供が嫌いだから結婚する気はない。子供が欲しいんだったら別の男を選んだ方がいい。って」
「付き合ってる彼女にそれを話すって正臣らしいな」
「まあ、俺らくらいの歳で付き合ってたら、さすがにそこは無視し続けられなかったしな」
「それで? 奥さんはなんて返事したんだよ?」
「……結婚してもいいと思えるまで、子供がいてもいいと思えるまで待ってる、って言われた」
「それで折れた正臣は結婚することにした、と」
「そんな感じだな。子供を産むってことになったらそんなに何年も待たせられないし、まあ、そういうのも悪くないかなってくらいには思えるようになったよ」
そういう正臣の横顔は、俺の知る学生の頃とは違う大人の顔つきになっていた。
「昴太も女の話とか全然しなかったし、まあ、俺と同じようなもんなんだろうなって勝手に思ってたけどさ。きっといつか、お前も変われる日が来るよ」
「……そんな日が、来るといいな」
「だから昴太も彼女くらい作れって! 自分を変えてくれるような女との出会いは大事だぞ!」
正臣はそう言いながら俺の肩を強く叩いた。
「おーい、正臣。こっちにも来いよー」
少し離れたところから声を掛けたのは宗村だった。
「じゃあ、俺は次にいくよ」
そして正臣は立ち上がる。
「おい聞いたぞ隆二! もう二人目いるんだってな! これは俺も負けてられねーよなあ!」
そう言いながら違う輪の中へ溶けていく正臣を見送る。
「無理だよ正臣……俺は変われない」
俺はそう呟きながら、奥歯を強く噛みしめた。
それから俺は、明日は仕事で早いからと告げて、二次会の閉幕を待たずに会場を後にした。
祝いの宴の余韻に浸ることができないまま、暗い道を一人で歩く。
気持ちは沈み、重く苦しい。胸はずっと締め付けられっぱなしだった。
改めて、今日一日を振り返る。
同棲していて、結婚を視野に入れている恭弥。
卒業、就職と同時に結婚をして、子供が二人目を予定している宗村。
そして――考え方が一変し、結婚までした正臣。
数年前まで共に過ごしていた友人たちが、まるで別世界の住人のように感じる。
皆それぞれ先に進んでいて、大人として成長していた。
しかし俺は――――俺だけが――何も変わっていない。
成長を止めた子供のままだった。
正臣から招待状が届いた時も同じような気持ちだったと思う。
しかし今回ばかりは、その現実をまざまざと突きつけられた。
より深く実感し、改めて自分の人生を振り返る。
すると、ぽっかりと空白のような部分があることに気付いた。
これは――一体何なんだ?
いつの頃のものかも分からない。奥のさらに奥にしまい込まれた忘れられた記憶。
触れようとしても触れらない。思い出そうとしても思い出せない。
何故、今までこんなものがあることに気付かなかったのだろうか?
その答えはすぐに出た。
夏花と碧生。二人との思い出が、この忘れられた記憶の邪魔をしていたんだ。
ああ――そうか――――
だから俺は――――あの日、夏花の姿を見るために、劇場まで足を運んだのか。
本当はあの時、二人の思い出を終わらせるつもりでいた。
現実を見て、いつまでも過去に縋りついてはいられないんだと自らに言い聞かせるために。
「くそっ――だからって……どうしたらいいんだよ……」
気付いてしまったこの気持ちに、今はまだ少しだけ、目を逸らしていたかった。
そんな中、少しだけ新郎の正臣と二人で話す機会があった。
「よう、昴太は最近どうなんだよ?」
正臣は唐突にそんな質問を投げかけてきた。
「どうって何がだよ?」
「まあ……色々あるけど、今聞きたいのは結婚考えてる彼女とかいないのかってことかな」
「いると思うか?」
「相変わらず、変わってねえな」
「そんな簡単には変われねえだろ」
「変われるよ。俺は変わった」
その言葉に、胸が強く痛む。
「いやー、俺って学生の頃女なんかいらねーって吹いてたけど、アレ結構マジだったんだよな。単純に面倒臭かったし、男連中で遊んでる方が楽しかった。仕事始めてみんなで遊ぶ機会が減っても、一人の方が楽なんだって、そう思っていた。でも――一人の女性との出会いが俺を変えた」
正臣はそういいながら新婦の方を見る。
「職場の先輩に合コンに誘われてさ。面倒だけど断れないからしょうがなく行ったんだよ。そこで奥さんと出会ったんだけど、向こうも同じような状況だったみたいで意気投合しちゃってさ。そっから色んな話をしてたんだけど、なんか予想外に盛り上がってそのまま連絡先交換して、それから何回か会ってるうちに、気が付いたら――――俺の方から付き合ってくれって言ってた」
「……学生時代の正臣からは想像もできないな」
「だろー!? まあ、俺自身もビックリしたわけよ。あんなこと言ってたのに、こんなにも簡単に付き合っちまうんだなーって」
「それでお前、子供はどうするつもりなんだよ?」
正臣は学生の頃、子供が嫌いだから結婚したくない、みたいなことも言っていた。披露宴の話などからまだいないみたいだが、そこらへんはどう折り合いをつけたのだろうか。
「ああ……それな……。付き合ってるときに先の話になって言ったんだ。子供が嫌いだから結婚する気はない。子供が欲しいんだったら別の男を選んだ方がいい。って」
「付き合ってる彼女にそれを話すって正臣らしいな」
「まあ、俺らくらいの歳で付き合ってたら、さすがにそこは無視し続けられなかったしな」
「それで? 奥さんはなんて返事したんだよ?」
「……結婚してもいいと思えるまで、子供がいてもいいと思えるまで待ってる、って言われた」
「それで折れた正臣は結婚することにした、と」
「そんな感じだな。子供を産むってことになったらそんなに何年も待たせられないし、まあ、そういうのも悪くないかなってくらいには思えるようになったよ」
そういう正臣の横顔は、俺の知る学生の頃とは違う大人の顔つきになっていた。
「昴太も女の話とか全然しなかったし、まあ、俺と同じようなもんなんだろうなって勝手に思ってたけどさ。きっといつか、お前も変われる日が来るよ」
「……そんな日が、来るといいな」
「だから昴太も彼女くらい作れって! 自分を変えてくれるような女との出会いは大事だぞ!」
正臣はそう言いながら俺の肩を強く叩いた。
「おーい、正臣。こっちにも来いよー」
少し離れたところから声を掛けたのは宗村だった。
「じゃあ、俺は次にいくよ」
そして正臣は立ち上がる。
「おい聞いたぞ隆二! もう二人目いるんだってな! これは俺も負けてられねーよなあ!」
そう言いながら違う輪の中へ溶けていく正臣を見送る。
「無理だよ正臣……俺は変われない」
俺はそう呟きながら、奥歯を強く噛みしめた。
それから俺は、明日は仕事で早いからと告げて、二次会の閉幕を待たずに会場を後にした。
祝いの宴の余韻に浸ることができないまま、暗い道を一人で歩く。
気持ちは沈み、重く苦しい。胸はずっと締め付けられっぱなしだった。
改めて、今日一日を振り返る。
同棲していて、結婚を視野に入れている恭弥。
卒業、就職と同時に結婚をして、子供が二人目を予定している宗村。
そして――考え方が一変し、結婚までした正臣。
数年前まで共に過ごしていた友人たちが、まるで別世界の住人のように感じる。
皆それぞれ先に進んでいて、大人として成長していた。
しかし俺は――――俺だけが――何も変わっていない。
成長を止めた子供のままだった。
正臣から招待状が届いた時も同じような気持ちだったと思う。
しかし今回ばかりは、その現実をまざまざと突きつけられた。
より深く実感し、改めて自分の人生を振り返る。
すると、ぽっかりと空白のような部分があることに気付いた。
これは――一体何なんだ?
いつの頃のものかも分からない。奥のさらに奥にしまい込まれた忘れられた記憶。
触れようとしても触れらない。思い出そうとしても思い出せない。
何故、今までこんなものがあることに気付かなかったのだろうか?
その答えはすぐに出た。
夏花と碧生。二人との思い出が、この忘れられた記憶の邪魔をしていたんだ。
ああ――そうか――――
だから俺は――――あの日、夏花の姿を見るために、劇場まで足を運んだのか。
本当はあの時、二人の思い出を終わらせるつもりでいた。
現実を見て、いつまでも過去に縋りついてはいられないんだと自らに言い聞かせるために。
「くそっ――だからって……どうしたらいいんだよ……」
気付いてしまったこの気持ちに、今はまだ少しだけ、目を逸らしていたかった。
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