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思い出の崩壊
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「俺は――思い出に縛られています。以前少しお話をしたと思いますが、中学校の頃、俺のことを好きだと言ってくれた二人の女の子がいたんです。俺はこの二人のことを頻繁に思い出しては当時の情景に心を浸らせていました。俺にとってはとても楽しかった輝かしい思い出……。でも、その二人のことを思い出している自分自身が――――本当は、死ぬほど嫌いだった」
氷川さんは目を細めながら、マティーニを一気に飲み干す。
俺は――決定的な単語を口にして、何かのタガが外れた。
「だっておかしいじゃないですか! 俺だってもう27ですよ! それなのに未だ恋人の一人も作れない! 結婚なんて考えられない! それなのに周りの仲間はどんどん変わって先に進んでいく! 俺だけが! 昔の思い出に縛られたままだった!!」
カラカラになった喉に辛口のアルコールを注ぎ込む。冷静さを取り戻し、口調を抑えた。
「恋愛や結婚に興味がなかったわけではないんです。モテない自分の境遇を卑下して、どこか諦めている部分がなかったとは言えません。でも――そんなことは些細な問題でした。一番の問題は、思い出に縛られて自分の思考がその先に進めないってことだったんです」
「今まで恋愛や結婚を意識すると、どうしても思い出の二人のことが頭に浮かんでいました。最初は未練かなんかだとは思っていたんですが、俺は二人のことが恋愛的に好きだったわけではありません。二人に告白されたことは強く記憶に刻まれていますが、それでもただ楽しかった遠い思い出、くらいにしか思っていませんでした」
「それなのに――――先に進もうとすると、その思い出が邪魔をするんです。記憶が、感情が、強制的に過去へ引き戻される。まるで時間の牢獄に囚われているかのようでした。自分の意志ではどうすることも出来ない。次第に俺は思い出に抗うことを辞めて、思い出の先を妄想するようになっていたんです」
「要するに、思い出の二人と恋愛したり結婚したりする姿を思い浮かべていたんですよ。不思議とそれなら自分の将来がイメージすることは可能でした。まあ、実現しないと思っていたからかもしれませんね。まさか再会することになるなんて思っていなかったんですから」
「転機はやっぱり先日行われた結婚式の招待状をもらった時でした。本当に結婚なんてしないと思っていたヤツだったので、いつも以上に自分の変っていない姿が嫌になったんだと思います。そして気付いたら思い出の子の所在を調べていました。知っていた情報から近くにいる可能性があったんです。すぐに情報が出てきて、その子は舞台役者をやっていました。そして俺は、その舞台を見に行ったんです」
「その時は自分の感情がよく分かっていなかったんですが、今ならハッキリと分かります。俺は――二人との思い出を断ち切りたかった。思い出の姿と現実の姿を比べて、もうあの頃とは違うんだと、実感したかったんだと思います」
「でも俺は――そこで断ち切るどころか思い出の続きを始めてしまった。散々繰り返してきた妄想が現実に変わる方を選んでしまったんです。それで失敗するならそれで良かったのかもしれません。でも、もう一人の思い出の子とも再会して、二人が絶縁状態にあることを知りました。それからの俺は、二人の問題に首を突っ込んで、あの頃の思い出を取り戻そうとしている。あの頃の思い出が――壊れてしまわないように――」
「いや、もう意味分からないですよね? あんなに嫌いだった、忘れたかった、断ち切りたかった思い出を、今は必死に守ろうとしてるんですよ? でも昨日の結婚式の二次会の後、そのすべての行動の理由が、なんとなくですけど分かってしまいました」
「俺には、どうやら忘れている記憶があるみたいなんです。そのことに本当に昨日まで気付きませんでした。それすら気付かせないようにしていたのが二人との思い出。きっと俺があまりにも思い出に縛られていたのは、この記憶を思い出さないようにしていたのかもしれません」
「それでもまだ、その記憶がどんなものかは思い出せないんです。少し冷静になると、やっぱり二人の思い出が邪魔をする。意識が……そっちに引っ張られる。だから俺は、二人との思い出を断ち切ろうと思います。この忘れた記憶を――――取り戻すために」
俺の話を氷川さんは静かに聞いていた。吸うつもりのない電子タバコいじってみたり、マティーニを飲みながら普段は口にしないオリーブをかじってみたりと、氷川さんにしては珍しく落ち着かない雰囲気を感じる。
喋り続けて枯れた喉元に水を流し込んで潤いを取り戻した。
「こんな話ですみません……。俺の話は……以上です……」
あまりにも一方的に話し続けてしまったので、恐縮しながら締めくくる。
こんなものは相談とは呼べない。ただ、自分の胸中をぶちまけただけだった。
誰かに話すことで、俺は自分の気持ちを確認したかった。本当に向かうべき決断を確固たるものにしたかった。その相手は、最も信頼のおける先輩の氷川さんしかいないと思っていた。
俺の決断に、氷川さんはすぐに言葉を返さなかった。
長い沈黙が二人の間に流れる。
「――二人の思い出を断ち切った先に、鷹司君が望むものはそこにあるの?」
沈黙を破って、氷川さんはそんな質問を投げかけた。
「それは……分かりません。いや、むしろ望んでいるものはないのかもしれないですね。恐らく、二人の思い出に縛られていたのは、その忘れられた記憶から逃げるためだったと思うんです。そんなものが、いいものだとはとても思えません」
「それを思い出すことは、鷹司君にとって辛いものじゃないのかしら?」
「そうですね……もしかしたら、とても辛いものなのかもしれません。それでも――俺にとっては大切なもの、忘れたままにしてはいけないものだということは断言できます」
どんな記憶かはやっぱり思い出すことは出来ない。それでもそれは二人との思い出よりも、もっと大切ななにか。それだけは間違いないという確信があった。
「……そう。貴方が決めたことならこれ以上、私に何も言うことはないわ。でも、その二人の問題に白石さんは相談にのってくれていたのでしょ? だったら、その決断も白石さんに伝えるべきだとは思うわ」
その言葉に、白石さんの顔が脳裏に過る。
「それは……出来ません。白石さんは自分にも大切な思い出があると言っていました。だからそこに共感して俺の相談にのってくれていたんです。だから俺の決断は、彼女に対する裏切り行為でもあります。申し訳ないという気持ちはあるんですが、ここから先は自分一人でなんとかしなくてはいけない。これ以上、白石さんを巻き込むわけにはいかないですから」
氷川さんは深いため息を吐く。
「分かったわ。あとは貴方の好きなようにやりなさい」
そう言いながら、少し呆れたように微笑んだ。
「……ありがとうございます」
とにかく俺は、先に進むために動き出すしかなかった。
氷川さんは目を細めながら、マティーニを一気に飲み干す。
俺は――決定的な単語を口にして、何かのタガが外れた。
「だっておかしいじゃないですか! 俺だってもう27ですよ! それなのに未だ恋人の一人も作れない! 結婚なんて考えられない! それなのに周りの仲間はどんどん変わって先に進んでいく! 俺だけが! 昔の思い出に縛られたままだった!!」
カラカラになった喉に辛口のアルコールを注ぎ込む。冷静さを取り戻し、口調を抑えた。
「恋愛や結婚に興味がなかったわけではないんです。モテない自分の境遇を卑下して、どこか諦めている部分がなかったとは言えません。でも――そんなことは些細な問題でした。一番の問題は、思い出に縛られて自分の思考がその先に進めないってことだったんです」
「今まで恋愛や結婚を意識すると、どうしても思い出の二人のことが頭に浮かんでいました。最初は未練かなんかだとは思っていたんですが、俺は二人のことが恋愛的に好きだったわけではありません。二人に告白されたことは強く記憶に刻まれていますが、それでもただ楽しかった遠い思い出、くらいにしか思っていませんでした」
「それなのに――――先に進もうとすると、その思い出が邪魔をするんです。記憶が、感情が、強制的に過去へ引き戻される。まるで時間の牢獄に囚われているかのようでした。自分の意志ではどうすることも出来ない。次第に俺は思い出に抗うことを辞めて、思い出の先を妄想するようになっていたんです」
「要するに、思い出の二人と恋愛したり結婚したりする姿を思い浮かべていたんですよ。不思議とそれなら自分の将来がイメージすることは可能でした。まあ、実現しないと思っていたからかもしれませんね。まさか再会することになるなんて思っていなかったんですから」
「転機はやっぱり先日行われた結婚式の招待状をもらった時でした。本当に結婚なんてしないと思っていたヤツだったので、いつも以上に自分の変っていない姿が嫌になったんだと思います。そして気付いたら思い出の子の所在を調べていました。知っていた情報から近くにいる可能性があったんです。すぐに情報が出てきて、その子は舞台役者をやっていました。そして俺は、その舞台を見に行ったんです」
「その時は自分の感情がよく分かっていなかったんですが、今ならハッキリと分かります。俺は――二人との思い出を断ち切りたかった。思い出の姿と現実の姿を比べて、もうあの頃とは違うんだと、実感したかったんだと思います」
「でも俺は――そこで断ち切るどころか思い出の続きを始めてしまった。散々繰り返してきた妄想が現実に変わる方を選んでしまったんです。それで失敗するならそれで良かったのかもしれません。でも、もう一人の思い出の子とも再会して、二人が絶縁状態にあることを知りました。それからの俺は、二人の問題に首を突っ込んで、あの頃の思い出を取り戻そうとしている。あの頃の思い出が――壊れてしまわないように――」
「いや、もう意味分からないですよね? あんなに嫌いだった、忘れたかった、断ち切りたかった思い出を、今は必死に守ろうとしてるんですよ? でも昨日の結婚式の二次会の後、そのすべての行動の理由が、なんとなくですけど分かってしまいました」
「俺には、どうやら忘れている記憶があるみたいなんです。そのことに本当に昨日まで気付きませんでした。それすら気付かせないようにしていたのが二人との思い出。きっと俺があまりにも思い出に縛られていたのは、この記憶を思い出さないようにしていたのかもしれません」
「それでもまだ、その記憶がどんなものかは思い出せないんです。少し冷静になると、やっぱり二人の思い出が邪魔をする。意識が……そっちに引っ張られる。だから俺は、二人との思い出を断ち切ろうと思います。この忘れた記憶を――――取り戻すために」
俺の話を氷川さんは静かに聞いていた。吸うつもりのない電子タバコいじってみたり、マティーニを飲みながら普段は口にしないオリーブをかじってみたりと、氷川さんにしては珍しく落ち着かない雰囲気を感じる。
喋り続けて枯れた喉元に水を流し込んで潤いを取り戻した。
「こんな話ですみません……。俺の話は……以上です……」
あまりにも一方的に話し続けてしまったので、恐縮しながら締めくくる。
こんなものは相談とは呼べない。ただ、自分の胸中をぶちまけただけだった。
誰かに話すことで、俺は自分の気持ちを確認したかった。本当に向かうべき決断を確固たるものにしたかった。その相手は、最も信頼のおける先輩の氷川さんしかいないと思っていた。
俺の決断に、氷川さんはすぐに言葉を返さなかった。
長い沈黙が二人の間に流れる。
「――二人の思い出を断ち切った先に、鷹司君が望むものはそこにあるの?」
沈黙を破って、氷川さんはそんな質問を投げかけた。
「それは……分かりません。いや、むしろ望んでいるものはないのかもしれないですね。恐らく、二人の思い出に縛られていたのは、その忘れられた記憶から逃げるためだったと思うんです。そんなものが、いいものだとはとても思えません」
「それを思い出すことは、鷹司君にとって辛いものじゃないのかしら?」
「そうですね……もしかしたら、とても辛いものなのかもしれません。それでも――俺にとっては大切なもの、忘れたままにしてはいけないものだということは断言できます」
どんな記憶かはやっぱり思い出すことは出来ない。それでもそれは二人との思い出よりも、もっと大切ななにか。それだけは間違いないという確信があった。
「……そう。貴方が決めたことならこれ以上、私に何も言うことはないわ。でも、その二人の問題に白石さんは相談にのってくれていたのでしょ? だったら、その決断も白石さんに伝えるべきだとは思うわ」
その言葉に、白石さんの顔が脳裏に過る。
「それは……出来ません。白石さんは自分にも大切な思い出があると言っていました。だからそこに共感して俺の相談にのってくれていたんです。だから俺の決断は、彼女に対する裏切り行為でもあります。申し訳ないという気持ちはあるんですが、ここから先は自分一人でなんとかしなくてはいけない。これ以上、白石さんを巻き込むわけにはいかないですから」
氷川さんは深いため息を吐く。
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