あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出の崩壊

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 次の日曜日。俺は夏花を喫茶店に呼び出していた。

 思い出を断ち切るなんて言っても、再会して交流を持ってしまった手前、急に連絡を途絶させるわけにもいかない。もう忘れたいから会わないで欲しい、と断りを入れるのもなんか違う。
 特に碧生は唯一触れる男性として俺に依存している部分はある。事情を知ってしまった以上、今の関係をなかったことにはできないのだ。

 だったら碧生が頼れる関係を新しく作るしかない。壊れかけたものを、直すしかない。
 碧生と夏花の関係を修復するしかない。結局思考はここに戻ってきた。

 しかし今回は自分の思い出を守るためではない。自分の中で二人の思い出に決着をつけるためだ。
 問題はやはり二人の間に誤解が生じているという事。これさえ解消されれば何とかなるかもしれないというのは最初から考えてあったことだ。
 碧生の話を聞いたばかりではそれが上手くいく算段が立たなく、突っ込んでいっても玉砕する可能性が高かった。しかし今は違う。白石さんのアドバイスで時間をかけたお陰で、今はなんとかなるかもしれないというところまで来ている。

 でも確実に上手くいく保証はどこにもない。
 もしかしたら上手くいく必要すら――――ないのかもしれなかった。

「頼む!! どうか教えてくれ!!」

 俺は額をテーブルにつけて、しつこく何度も懇願する。

「ちょっと……こっちまで恥ずかしくなるからせめて顔上げてよ」

 俺が顔を上げると夏花は呆れ顔で腕を組みながらこちら見ていた。

「もう聞く気はないんだと思ってたんだけど、どうして今更それを知りたいの?」

 どうしてと聞かれれば、それはもちろん碧生の誤解を解くためではあるんだが、碧生にそれを伝える前提では話してくれない気がする。だから夏花が話してもいいと思えるような言葉を選んだ。

「ずっと心の奥で引っかかっていたんだ。俺は夏花が碧生のことを売っただなんて思えない。やっぱり夏花にはやむを得ない理由があったんだと信じている。だから言い訳でもなんでもいい。本当のことを教えてくれないか?」

 俺は真っ直ぐ夏花の目を見た。これはこれで紛れもない俺の本心だ。
 少しでも夏花に伝わればと願う。

「はあ……分かったわよ……」

 夏花は諦めたように脱力してコーヒーを一口飲んだ。

「正直、私もあんまり思い出したくない話なんだけどね」

 そう呟いて夏花は話し始めた。

「ことの発端としてコータが引っ越した後、アオイは結構な男子から告白されてたんだよね」
「ああ、その辺の話は聞いた。モテたのは夏花も同じじゃなかったのか?」

 アオイに比べれば私は全然だよ。なんて夏花は謙遜しながら言う。

「もちろんアオイは全て断ったんだけど、それは少なからず男子からの反感を買っていた」
「どうしてそんなことになるんだよ? 碧生は何も悪くないだろ?」
「フラれた者同士が傷をなめ合ってアオイの悪口を言ったり逆恨みをしてたのよ」

 フラれたやつが一人だけならそんなこともないだろうが、それが複数ともなるとそういう状況にもなるのはなんとなく想像がついた。

「アオイはそんなこと全く気付いてなかったけど、私は空気で察していたからできるだけアオイの傍にいるようにしていた。アオイを絶対一人にしないようにしていた。それでなんとかアオイを守ることができたけど、その状況が逆に良くなかった」
「どうして?」
「アオイにフラれた男子たちのヘイトがどんどん溜まっていってしまった。絶対なんとか仕返しをしてやろうと結託させてしまうほどに」

 いくらなんでもフラれたからってそこまで考えるだろうか? いや、男子中学生の考えることだ。数集まればそういう話にまで膨れ上がるのかもしれない。

「コータが転校した後、転入生が来た話は聞いてる?」
「スポーツ万能のイケメンだろ?」
「顔が良いだけのクソ野郎よ」
「でも、夏花そいつと付き合ってたんじゃ……?」
「そういう噂を広められてしまったし、周りがそう信じられるだけの状況を私が作ってしまった……」

 夏花は悔しそうに唇を噛む。

「碧生は夏花がそいつと付き合うために自分を売った、みたいな言い方をしていたけど、実はイマイチ要領を得なかったんだ。なんで碧生を売るとそいつと付き合えるんだ?」
「その転入生はね。実はサッカーがあまり上手ではなかったの。それでもエースという座についていた。イケメンで人気スポーツのエースというステータスを得るために、監督やチームメンバーを買収していたのよ」
「なんでそこまで……?」
「あいつの気持ちなんてわからない。とても裕福な家庭だったみたいだから、そうするだけの金銭は持ち合わせていたみたい。でもそんな悪い噂はあまり広がることはなかった」
「そんな露骨なやり方すぐ広まりそうだけどな。口止め料でも払ってたのか?」
「そう。そいつは噂が広まらないように周りの男子にも口止めをしていた。でもその報酬はお金じゃない。――――アオイへの報復だったのよ」

 そして夏花は急にもごもごしたような態度を取る。

「えっと……それでまあ、そのためにはアオイを守っている私が一番の邪魔ものだったわけで、その私を排除しようとして私が懐柔された……みたいな感じになったんだよね……」
「え? つまりどういうこと?」
「いや、だってホラ……イケメンに優しくされるのって悪い気がしないじゃん?」
「それって例の転入生こと?」
「だってその時はあいつの本性なんて知らなかったし、コータが転校して少し寂しいなーとか思ってた矢先に人気者のイケメンにちょっと特別扱いされると少しだけ気が緩んじゃうというか、確かに顔だけは本当に良かったというか」

 夏花は早口で捲し立てる。

「……まあ、結果として騙されていただけなんだけど……私はその転入生から言い寄られてたんだよね。そしてある日、二人で一緒に帰ろうと誘われた。その時の私は、完全に気持ちが緩みきっていた……」

 夏花は表情に影を落とす。

「そしてその誘いと同時に、アオイに告白したい奴がいるから、放課後体育館倉庫のところへ来て欲しいと言伝を頼まれた。気が緩んでいた私は、その時まだ懲りない奴らがいるもんだ、くらいにしか思わなかった。私はアオイにそのまま伝え、そして――例の事件が起こった」

 碧生にフラれた男子たちは転入生を使って夏花を分断させ、転入生はそれを報酬に周りへの口止めをしていたということか。

「でも、それは碧生を売ったということにはならないんじゃ……?」
「転入生はその時本当に人気があったからね。他にも仲のいい女子は沢山いた。事件の翌日、私が転入生と付き合うためにアオイを犠牲にして付き合ったという噂を流された。それも傷心中のアオイにわざわざ聞こえるように。ここまでが男子たちのアオイに対する報復だった」
「じゃあ、碧生はそのデマを信じて夏花に恨みを持ったってことか?」
「……そうだと思う」

 とりあえず夏花が本気で碧生のことを売ったわけではないということを知って安心した。それだけではなく、夏花は碧生に対して少しの悪意すらなかったことも確認できた。

「でも、夏花がその裏事情を知っているということは結局転入生の本性は露見したわけだろ? 誤解は解けなかったのか?」
「アオイの一件は未遂に終わったけど、さすがに事が大きすぎた。転入生や男子たちの思惑はそこで全部バレてしまったの。そこで私も自分の過ちに気付かされたけど、もう遅かった……。それ以降、アオイは教室に足を踏み入れることはなかったし、私も話をする機会すら与えてもらえなかったから……」

 そういえば碧生も不登校になって浪人したと言っていた。結局、このことが夏花と碧生の友情を壊してしまうだけの結果になってしまったということだ。

「自分の過ち、なんて言うけど夏花は何も悪くないだろ」
「でも、私がずっとアオイを気にかけてればこんなことにはならなかった。騙されていたとはいえ、私にも責任はあるんだよ……」
「そうやってなんでも一人で抱え込むなよ。碧生だって本当は夏花が自分を売ったなんて思っていないはずだ。だからその誤解が解ける日はくるさ」
「そう……かな。ありがとう。そう言ってもらえると、少し楽になった気がするよ」

 そう言って、夏花はコーヒーを一口飲んだ。
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