あの頃の思い出は、いつまでも呪いのように。

gresil

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思い出の終わり

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 気付くと時間は二十三時を過ぎていた。本来なら補導されるような時間だが、公園を出たら周りは田んぼばかりのこの場所に、警察はおろか歩く人すら見られない。

 花火の片づけをして帰路に就こうとしたその時、そこから動くことが出来なくなった。

 俺たちのいる公園に、男性が四人入ってきた。

 雰囲気からして、相当ガラが悪い印象を受ける。不良、ヤンキーなんて言葉では生温い。俺たちの地元には、美晄會びこうかいと呼ばれる族のような集団があった。どんなことをしているかまでは知らないが、かなり悪い評判だった先輩たちがこぞって恐れていたことから、絶対に関りを持ちたくない相手だと常々思っていた。

 その四人組はニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。
 なずな先輩は不安そうに俺の手を握る。俺も黙って、その手を強く握り返した。

「なになに? キミたち中学生? こんなとこで何してんの?」
「おいおい、中学生なんかに構うなって」
「いやでもさあ、この女の子、結構可愛くね?」
「あー、確かに。良い身体してんじゃん」
「こんな時間にこんなところでスケベなことやってたんでしょ? 俺たちも混ぜてよ」

 ジワジワ押し寄せてくる四人に対してなずな先輩は俺の後ろに身を隠し、ふるふると強く首を振る。その身体は小刻みに震えていた。俺も完全に足が竦んでしまっている。押し寄せてくるプレッシャーは半端なかった。

「いや、あの、俺たち今まで花火してて、これから……帰るとこ、なんですけど……」

 震える声で、なんとか言葉を振り絞る。

「あ? お前は帰っていいよ。俺たちが遊びたいのは、女の子だけ」
「そうそう、さっさと消えな」

 四人組がさらに近づき、なずな先輩の身体がビクンと跳ねる。気付いたら前方は完全に塞がれてしまっていて逃げることは出来ない。

「あの、ホントにスイマセン。今日のところは、勘弁してもらえない……ですかね?」
「しつけーな。そういう気分じゃねーんだわ」

 俺の弁明も全く聞き入れる様子はない。四人はさらに距離を詰め、手の届く範囲にまで近づいてきていた。

「ホントにごめんなさい!!! お願いですから!!! お願いですか――――ぁがっ――」

 腹部に強烈な痛みが奔る。

「邪魔だよ。オマエ」

 腹部に痛みを感じた後、無理矢理なずな先輩と引き離され、蹴飛ばされて地面に倒れ込んだ。

「昴太あああああ!!!! いやあああああああああああああーーーーー!!!!!!!」

 なずな先輩の叫び声がする。俺は痛みに耐えながらなんとか立ち上がった。

「なあ、お前。これ以上邪魔しないってんなら痛いことはするつもりねーんだけど、どうする?」

 一人が俺の前に立ちはだかって言った。

 助けなきゃ――なずな先輩を助けなきゃ――――
 俺の頭の中はそれだけしか考えられなくなってた。冷静ではなかった。
 そして俺は――目の前の男の顔面を、思いっきり殴った。

「――――っ!!! てめえ!!!!! ぶっ殺す!!!!!」

 それ以降はあっけないものだった。まるでサンドバッグのように全身を強く殴りつけられた。
 なずな先輩の叫び声が聞こえる。ダメだ――――こんな場所では、誰も助けに来てくれない。

 俺がなんとかしなきゃ。俺が、俺が、俺が――――

 薄着だったなずな先輩のTシャツとショートパンツは簡単に脱ぎ捨てられ、全裸に剥かれた体躯は男四人に弄ばれる。最初は泣き叫んでいたなずな先輩も、殴ると脅されてからは無抵抗になって好き放題されていた。

 そんな光景を見せつけられながら――――何もできないまま、俺は意識を失って倒れた。


 ――――――――――

 ――――――――


 次に意識が戻ったのは、病院のベッドの上だった。全身の痛みに、身体が自由に動かすことが出来ない。視線だけ横に向けると、ベッドの脇にとても暗い表情のなずな先輩が座っていた。

「……なずな先輩」

 声に力が入らない。こちらに気付いたなずな先輩と目が合った。

「あ……起きたんだ。全身打撲で骨に異常はないって。三日くらいで退院できるだろうって」

 なずな先輩は低いトーンで言う。

「俺のことはどうでもいいです。そんなことよりなずな先輩のほうは――――」
「言わないで」

 俺の言葉をか細い言葉で遮る。それでも、俺はそのままにしておけなかった。

「このことはなんて言ってあるんですか? ちゃんと警察に連絡しましたか? こんなこと、許せるわけがないんですから。だから――――」
「救急車を呼んだとき、恐い人に絡まれて暴力を振るわれたって言った。私は何もされてないって言ってある。だから……昴太もそういうことにしておいて……」
「そういうことって……そんなのできるわけがないじゃないですか!!」

 精一杯の声を振り絞る。しかし、なずな先輩はさらに俯いた。

「もう……嫌なんだよ。だって警察に言ったら色々話さなきゃいけなくなるでしょ。また、思い出さなきゃいけなくなるでしょ。そんなのは……本当に嫌……。だったら……このままなかったことにした方がよっぽどいい……」

 なずな先輩は肩を震わせ涙を流す。

 俺が想像しているよりもなずな先輩が負った心の傷は深いようだった。これ以上は蒸し返すことは出来ない。そう思った俺は、自分になにが出来るかを考えた。

 そして俺は――痛む腕をゆっくり伸ばし、なずな先輩の手を握った。

「守れなくてごめんなさい。でも、これからは違います。なずな先輩がどんなに辛くても、どんなに苦しくても、その時は俺が絶対傍にいますから……。だって俺はなずな先輩のことが大好きなんです。そんな大好きな人の心の支えに、俺はなりたい。だから……これからも、なずな先輩の傍に、ずっと居させてください」

 なずな先輩は俺の手を強く握り返した。

「あはっ、なにそれ? 昴太、そんなに私のこと好きだったの?」

 吹き出すように言ったなずな先輩は、少しだけ笑みを浮かべる。

「さっきも言ったけど、私が昴太と一緒にいたのはすずなのためなんだよ。あの子は昴太の事好きだからさ。だからこんな私のためじゃなくて、もっとすずなのことを見てあげてよ」
「嫌です。俺はもう決めました。これからはなずな先輩のことだけを見続けます。先輩が何と言おうとも関係ありません」
「はあ……ずいぶん身勝手な言い分だね。私はちっとも昴太の事、好きじゃないのに」

 冷たい口調でなずな先輩が言い放つ。

「別になずな先輩が俺のことを好きじゃなくてもいいんです。俺がそうしたいだけですから」
「なにそれ……そんなの、重すぎるよ」

 そう言ってなずな先輩は立ち上がった。

「今まで、ありがとう。昴太と過ごした時間、それなりに楽しかったよ」

 優しい笑みでそう言うと、すぐに振り向いて歩き出す。
 そしてそのまま、病室のドアノブに手を掛けた。


「…………さようなら」

 一言残して、静かに病室を後にする。



 振り絞った覚悟を拒絶され、俺の思考は完全に停止していた。全身に残る痛みのせいかもしれないし、それ以上に心が大きなダメージを負ったのかもしれない。
 思考を止めることで、俺はなんとか首の皮一枚をギリギリ繋いでいるような状態だった。
 
 それでも退院するころには持ち直し、新たな決意を胸に抱く。
 
 このまま終わらせることだけは――絶対にしたくない。
 細かいことや難しいことは二の次だ。とりあえず、もう一度なずな先輩と話をしよう。
 しかし俺の決意は、この時すでになんの意味も持たなくなっていた。


 俺が退院するよりも前に――――なずな先輩は自室で首を吊って自殺していた。


 この事実を知った日の夜、俺は狂ったように泣き叫んだ。

 あの時殴られた痛みも。守れなかった後悔も。想いを告げて、受け入れられなかった苦しみも。なずな先輩がいない喪失感も。色んな感情が乱れて訳が分からなくなっていた。

 泣いて。泣いて。ひたすら叫んで泣き続けて。泣き疲れた俺はいつの間にか眠りに就いていた。


 そして夜が明け目を覚ます。

 
 俺は――なずな先輩に関する全てのことを、忘れてしまった。
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