僕が冒険者を辞めなかったのは

香澄京耶

文字の大きさ
1 / 8

ep1 冒険者ギルド

しおりを挟む
 厚みのある冒険者ギルドの扉は少し重い。
 そうして開いた先、一斉にこちらを向く冒険者達の視線に肩が跳ねてしまうのは、いまだに抜けきれない癖のようなものだった。
 それでも、まっすぐ前を向けと教えてくれた人がいるから、今日も背筋を伸ばす。

 視線に敵意はない。
 獣の縄張り監視――きっとそんな感じだ。
 証拠に、姿を認めれば“あいつか”とでもいうように、興味を失ってこちらを見もしない。

 理由はたぶん、単純で。
 皆にとっての異物じゃなければいい。

 癖で胸元に下がった4枚のプレートを握った。
 首から下げるにはちょっと重くて、だけど、手放せない重みだ。

 ギルドの汗と土埃の匂いがする“らしい”空気が好きだ。
 ここに来ると自分も冒険者だと自覚できる。
 
 知り合いは多くないから、どう思われているか確かめたことはない。
 けれど戦いに特化していない身が冒険者に数えられているとは、あまり思えなかった。
 それでも今日もカウンターの前までたどり着く。
 
「フィン君、おはよう。今日も指名依頼があるわよ。」

 柔らかく笑ってくれる受付のリオナにほっとする。
 
 戦えない身は、どうしても依頼に左右される。
 途切れれば、それで稼ぎは止まる。
 継続依頼があると分かっていても、その言葉を聞くまで胸の奥の重さは消えない。

「今日も依頼があってよかったです。今日は、何の採取依頼でしょうか。」

「毎日依頼があるのに、謙虚なんだから。
 安心して自信を持って。うちのギルドでは一番採取が綺麗だって評判なのよ。
 戦闘ばかりが冒険者じゃないからね。採取で状態がいいものって、誰でもは納品出来ないんだから――はい、これがいつもの指名依頼分。」

 リストとともに優しい笑顔を向けられて胸が温かくなる。ここに初めて仲間と来た頃から、リオナはとても優しい。

 「リオナさん、いつもありがとうございます。頑張ります。」
 
 「はい。応援してるからね。
 ……それから、今日は新しい依頼者が増えたよ。これって、すごい事だからね。
 評判を聞きつけてだって――レオルの葉と、キアヌの実、それからヒースの根。
 希少度が高いものは、今日納品できなくても違反にはならないから安心して。」

「ヒースの根ですか……確かに希少なので、ご配慮いただけて助かります。」
 どこかに育ったものはあっただろうか、と思い出していると頭にポンと手を置かれた。

「……ウルネの森でそれらしい葉は見た。」
 唐突な低い声にはっと見上げると、無骨な風体に似合わない優しい瞳がこちらを見ていた。

「レグルスさん……。」
「一緒に行くか?」
「えっ」

 かけられた言葉に焦る。
 何も知らなかった昔ならいざしらず、今は彼がギルドにとってどれだけ重い存在か知っている。まさか採取ごときに付き合って貰えるなんて思っていない。

「ま、まさか。そんな分不相応なこと。依頼料も払えませんし。」
「問題ない。報酬も必要ない。俺が息抜きで行きたいだけだ。」

 隣の椅子にどかりと腰を降ろされてどうしようかと思う。

「体力がバケモノだよねぇ。」
 聞き覚えのある声とともに後ろから手を回されて、つい振り返った先の顔が近くて驚いた。

「アークさん!おはようございます。あの、顔が、」
「んー、おはよう。今日も元気だね。」
 アークの顔が近付いてきて、え、と思った瞬間、レグルスの腕に引き寄せられてひゅっと息が詰まった。
 
「……こいつをからかうな。」
 耳元の低い声にさらに息がつまる。腕に囲われて、鼓動が一つ遅れた。
 
「あ、あの。」
 状況が整理できなくて、アークに視線を向けると面白そうに苦笑される。
 
「……というか、うちは今帰ってきたばかりだから、本当はこれから『おやすみ』なんだけど……レグルスは違ったみたい。」
「えっ!」
 後ろを見やると、レグルスは眉間に皺を寄せてアークを見ていた。
 
「もう行け。」
「ああ、そう。たまには僕もフィンと話したいんだけど、まあいいや。」
 
 肩をすくめたアークは、Bランクパーティー“蒼牙の刃”のリーダーだ。
 最近レグルスはそこに一時的に雇われていると言っていた。

「えと、」
 何か言葉を、と思って開きかけた口元をレグルスの掌が覆った。
 
「次の依頼まで自由だろ、俺は。」
 
「はいはい。明日明後日の休みは確定だし。次の依頼に影響なければ好きにしていいよ。
 もう皆帰ってるし、何より眠いし。……じゃあね、二人とも。」

 ひらひらと振られる後ろ手を見送りながら、何度か頭を下げる。
 口元の硬くて熱い手のひらをどうしようかと悩む。
 アークの言葉通りなら、夜通し仕事をしてきたということになる。

 アークがギルドの扉を閉めた途端、緩んだ手から逃れて真面目に彼と向き合った。

「あの、レグルスさん。」
「……なんだ。」
「身体を休めないといけないって、以前教わりました。」

 真剣に言ったのに、傍で見守っていたリオナが吹き出した。

「そう、そうよね……大好きなレグルスさんが倒れでもしたらね、心配よね。」

 茶化すようなリオナの言葉に、一瞬喉が詰まって――でもその通りだと肩の力を抜いて、小さく頷いた。
 少しばかり情けない気分になってレグルスを見上げると、何の感情も見えない瞳がこちらを見下ろしていた。

「レグルスさん……?」
「心配させて悪かった。俺は大丈夫だ――ウルネの森に一緒に行ってもいいか?」

 幾分優しい声でそう言われてしまうと、拒否する理由などなかった。
 実力差を考えれば遠慮するべきなのに。
 それでも、胸の奥が少し浮いた。
 
「……レグルスさんと、久しぶりに“冒険者”が出来るのであれば、嬉しいです。」

 素直に笑って言えば、レグルスの瞳に柔らかさが混じって嬉しい。
 けれど、同時にほわっと広がった光に驚く。

「え、もしかして、転移のスクロールっ!」
「いい。余ってる。」
「貴重なものですよ……!近いのに!」
「問題ない。」

「いってらっしゃーい。」

 幾分楽しそうなリオナの声が耳に届く。
 強い腕に抱き止められ、ふっと変わる景色を眺めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼は罰ゲームでおれと付き合った

和泉奏
BL
「全部嘘だったなんて、知りたくなかった」

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

カボチャの馬車に乗り損ねたのにはワケがある。

わをん
BL
「もう、これは。友達と言って差し支えないと思う」 「友達は嫌です」 サラリーマンBLです。

腐男子ってこと旦那にバレないために頑張ります

ゆげゆげ
BL
おっす、俺は一条優希。 苗字かっこいいだって?これは旦那の苗字だ。 両親からの強制お見合いで結婚することとなった優希。 優希には旦那に隠していることがあって…? 美形×平凡です。

琥珀の檻

万里
BL
砂漠の王国の離宮「琥珀の間」で、王・ジャファルは、異母弟であるアザルを強引に抱き、自らの所有物であることを誇示していた。踊り子の息子として蔑まれ、日陰の存在として生きてきたアザルにとって、兄は憎悪と恐怖の対象でしかなかった。 しかし、その密事を見つめる影があった。ジャファルの息子であり、次期王位継承者のサリムである。サリムは叔父であるアザルに対し、憧憬を超えた歪な独占欲を抱いていた。 父から子へ。親子二人の狂おしい執着の視線に晒されたアザルは、砂漠の夜よりも深い愛憎の檻に囚われていく。

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

処理中です...