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ep1 冒険者ギルド
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厚みのある冒険者ギルドの扉は少し重い。
そうして開いた先、一斉にこちらを向く冒険者達の視線に肩が跳ねてしまうのは、いまだに抜けきれない癖のようなものだった。
それでも、まっすぐ前を向けと教えてくれた人がいるから、今日も背筋を伸ばす。
視線に敵意はない。
獣の縄張り監視――きっとそんな感じだ。
証拠に、姿を認めれば“あいつか”とでもいうように、興味を失ってこちらを見もしない。
理由はたぶん、単純で。
皆にとっての異物じゃなければいい。
癖で胸元に下がった4枚のプレートを握った。
首から下げるにはちょっと重くて、だけど、手放せない重みだ。
ギルドの汗と土埃の匂いがする“らしい”空気が好きだ。
ここに来ると自分も冒険者だと自覚できる。
知り合いは多くないから、どう思われているか確かめたことはない。
けれど戦いに特化していない身が冒険者に数えられているとは、あまり思えなかった。
それでも今日もカウンターの前までたどり着く。
「フィン君、おはよう。今日も指名依頼があるわよ。」
柔らかく笑ってくれる受付のリオナにほっとする。
戦えない身は、どうしても依頼に左右される。
途切れれば、それで稼ぎは止まる。
継続依頼があると分かっていても、その言葉を聞くまで胸の奥の重さは消えない。
「今日も依頼があってよかったです。今日は、何の採取依頼でしょうか。」
「毎日依頼があるのに、謙虚なんだから。
安心して自信を持って。うちのギルドでは一番採取が綺麗だって評判なのよ。
戦闘ばかりが冒険者じゃないからね。採取で状態がいいものって、誰でもは納品出来ないんだから――はい、これがいつもの指名依頼分。」
リストとともに優しい笑顔を向けられて胸が温かくなる。ここに初めて仲間と来た頃から、リオナはとても優しい。
「リオナさん、いつもありがとうございます。頑張ります。」
「はい。応援してるからね。
……それから、今日は新しい依頼者が増えたよ。これって、すごい事だからね。
評判を聞きつけてだって――レオルの葉と、キアヌの実、それからヒースの根。
希少度が高いものは、今日納品できなくても違反にはならないから安心して。」
「ヒースの根ですか……確かに希少なので、ご配慮いただけて助かります。」
どこかに育ったものはあっただろうか、と思い出していると頭にポンと手を置かれた。
「……ウルネの森でそれらしい葉は見た。」
唐突な低い声にはっと見上げると、無骨な風体に似合わない優しい瞳がこちらを見ていた。
「レグルスさん……。」
「一緒に行くか?」
「えっ」
かけられた言葉に焦る。
何も知らなかった昔ならいざしらず、今は彼がギルドにとってどれだけ重い存在か知っている。まさか採取ごときに付き合って貰えるなんて思っていない。
「ま、まさか。そんな分不相応なこと。依頼料も払えませんし。」
「問題ない。報酬も必要ない。俺が息抜きで行きたいだけだ。」
隣の椅子にどかりと腰を降ろされてどうしようかと思う。
「体力がバケモノだよねぇ。」
聞き覚えのある声とともに後ろから手を回されて、つい振り返った先の顔が近くて驚いた。
「アークさん!おはようございます。あの、顔が、」
「んー、おはよう。今日も元気だね。」
アークの顔が近付いてきて、え、と思った瞬間、レグルスの腕に引き寄せられてひゅっと息が詰まった。
「……こいつをからかうな。」
耳元の低い声にさらに息がつまる。腕に囲われて、鼓動が一つ遅れた。
「あ、あの。」
状況が整理できなくて、アークに視線を向けると面白そうに苦笑される。
「……というか、うちは今帰ってきたばかりだから、本当はこれから『おやすみ』なんだけど……レグルスは違ったみたい。」
「えっ!」
後ろを見やると、レグルスは眉間に皺を寄せてアークを見ていた。
「もう行け。」
「ああ、そう。たまには僕もフィンと話したいんだけど、まあいいや。」
肩をすくめたアークは、Bランクパーティー“蒼牙の刃”のリーダーだ。
最近レグルスはそこに一時的に雇われていると言っていた。
「えと、」
何か言葉を、と思って開きかけた口元をレグルスの掌が覆った。
「次の依頼まで自由だろ、俺は。」
「はいはい。明日明後日の休みは確定だし。次の依頼に影響なければ好きにしていいよ。
もう皆帰ってるし、何より眠いし。……じゃあね、二人とも。」
ひらひらと振られる後ろ手を見送りながら、何度か頭を下げる。
口元の硬くて熱い手のひらをどうしようかと悩む。
アークの言葉通りなら、夜通し仕事をしてきたということになる。
アークがギルドの扉を閉めた途端、緩んだ手から逃れて真面目に彼と向き合った。
「あの、レグルスさん。」
「……なんだ。」
「身体を休めないといけないって、以前教わりました。」
真剣に言ったのに、傍で見守っていたリオナが吹き出した。
「そう、そうよね……大好きなレグルスさんが倒れでもしたらね、心配よね。」
茶化すようなリオナの言葉に、一瞬喉が詰まって――でもその通りだと肩の力を抜いて、小さく頷いた。
少しばかり情けない気分になってレグルスを見上げると、何の感情も見えない瞳がこちらを見下ろしていた。
「レグルスさん……?」
「心配させて悪かった。俺は大丈夫だ――ウルネの森に一緒に行ってもいいか?」
幾分優しい声でそう言われてしまうと、拒否する理由などなかった。
実力差を考えれば遠慮するべきなのに。
それでも、胸の奥が少し浮いた。
「……レグルスさんと、久しぶりに“冒険者”が出来るのであれば、嬉しいです。」
素直に笑って言えば、レグルスの瞳に柔らかさが混じって嬉しい。
けれど、同時にほわっと広がった光に驚く。
「え、もしかして、転移のスクロールっ!」
「いい。余ってる。」
「貴重なものですよ……!近いのに!」
「問題ない。」
「いってらっしゃーい。」
幾分楽しそうなリオナの声が耳に届く。
強い腕に抱き止められ、ふっと変わる景色を眺めた。
そうして開いた先、一斉にこちらを向く冒険者達の視線に肩が跳ねてしまうのは、いまだに抜けきれない癖のようなものだった。
それでも、まっすぐ前を向けと教えてくれた人がいるから、今日も背筋を伸ばす。
視線に敵意はない。
獣の縄張り監視――きっとそんな感じだ。
証拠に、姿を認めれば“あいつか”とでもいうように、興味を失ってこちらを見もしない。
理由はたぶん、単純で。
皆にとっての異物じゃなければいい。
癖で胸元に下がった4枚のプレートを握った。
首から下げるにはちょっと重くて、だけど、手放せない重みだ。
ギルドの汗と土埃の匂いがする“らしい”空気が好きだ。
ここに来ると自分も冒険者だと自覚できる。
知り合いは多くないから、どう思われているか確かめたことはない。
けれど戦いに特化していない身が冒険者に数えられているとは、あまり思えなかった。
それでも今日もカウンターの前までたどり着く。
「フィン君、おはよう。今日も指名依頼があるわよ。」
柔らかく笑ってくれる受付のリオナにほっとする。
戦えない身は、どうしても依頼に左右される。
途切れれば、それで稼ぎは止まる。
継続依頼があると分かっていても、その言葉を聞くまで胸の奥の重さは消えない。
「今日も依頼があってよかったです。今日は、何の採取依頼でしょうか。」
「毎日依頼があるのに、謙虚なんだから。
安心して自信を持って。うちのギルドでは一番採取が綺麗だって評判なのよ。
戦闘ばかりが冒険者じゃないからね。採取で状態がいいものって、誰でもは納品出来ないんだから――はい、これがいつもの指名依頼分。」
リストとともに優しい笑顔を向けられて胸が温かくなる。ここに初めて仲間と来た頃から、リオナはとても優しい。
「リオナさん、いつもありがとうございます。頑張ります。」
「はい。応援してるからね。
……それから、今日は新しい依頼者が増えたよ。これって、すごい事だからね。
評判を聞きつけてだって――レオルの葉と、キアヌの実、それからヒースの根。
希少度が高いものは、今日納品できなくても違反にはならないから安心して。」
「ヒースの根ですか……確かに希少なので、ご配慮いただけて助かります。」
どこかに育ったものはあっただろうか、と思い出していると頭にポンと手を置かれた。
「……ウルネの森でそれらしい葉は見た。」
唐突な低い声にはっと見上げると、無骨な風体に似合わない優しい瞳がこちらを見ていた。
「レグルスさん……。」
「一緒に行くか?」
「えっ」
かけられた言葉に焦る。
何も知らなかった昔ならいざしらず、今は彼がギルドにとってどれだけ重い存在か知っている。まさか採取ごときに付き合って貰えるなんて思っていない。
「ま、まさか。そんな分不相応なこと。依頼料も払えませんし。」
「問題ない。報酬も必要ない。俺が息抜きで行きたいだけだ。」
隣の椅子にどかりと腰を降ろされてどうしようかと思う。
「体力がバケモノだよねぇ。」
聞き覚えのある声とともに後ろから手を回されて、つい振り返った先の顔が近くて驚いた。
「アークさん!おはようございます。あの、顔が、」
「んー、おはよう。今日も元気だね。」
アークの顔が近付いてきて、え、と思った瞬間、レグルスの腕に引き寄せられてひゅっと息が詰まった。
「……こいつをからかうな。」
耳元の低い声にさらに息がつまる。腕に囲われて、鼓動が一つ遅れた。
「あ、あの。」
状況が整理できなくて、アークに視線を向けると面白そうに苦笑される。
「……というか、うちは今帰ってきたばかりだから、本当はこれから『おやすみ』なんだけど……レグルスは違ったみたい。」
「えっ!」
後ろを見やると、レグルスは眉間に皺を寄せてアークを見ていた。
「もう行け。」
「ああ、そう。たまには僕もフィンと話したいんだけど、まあいいや。」
肩をすくめたアークは、Bランクパーティー“蒼牙の刃”のリーダーだ。
最近レグルスはそこに一時的に雇われていると言っていた。
「えと、」
何か言葉を、と思って開きかけた口元をレグルスの掌が覆った。
「次の依頼まで自由だろ、俺は。」
「はいはい。明日明後日の休みは確定だし。次の依頼に影響なければ好きにしていいよ。
もう皆帰ってるし、何より眠いし。……じゃあね、二人とも。」
ひらひらと振られる後ろ手を見送りながら、何度か頭を下げる。
口元の硬くて熱い手のひらをどうしようかと悩む。
アークの言葉通りなら、夜通し仕事をしてきたということになる。
アークがギルドの扉を閉めた途端、緩んだ手から逃れて真面目に彼と向き合った。
「あの、レグルスさん。」
「……なんだ。」
「身体を休めないといけないって、以前教わりました。」
真剣に言ったのに、傍で見守っていたリオナが吹き出した。
「そう、そうよね……大好きなレグルスさんが倒れでもしたらね、心配よね。」
茶化すようなリオナの言葉に、一瞬喉が詰まって――でもその通りだと肩の力を抜いて、小さく頷いた。
少しばかり情けない気分になってレグルスを見上げると、何の感情も見えない瞳がこちらを見下ろしていた。
「レグルスさん……?」
「心配させて悪かった。俺は大丈夫だ――ウルネの森に一緒に行ってもいいか?」
幾分優しい声でそう言われてしまうと、拒否する理由などなかった。
実力差を考えれば遠慮するべきなのに。
それでも、胸の奥が少し浮いた。
「……レグルスさんと、久しぶりに“冒険者”が出来るのであれば、嬉しいです。」
素直に笑って言えば、レグルスの瞳に柔らかさが混じって嬉しい。
けれど、同時にほわっと広がった光に驚く。
「え、もしかして、転移のスクロールっ!」
「いい。余ってる。」
「貴重なものですよ……!近いのに!」
「問題ない。」
「いってらっしゃーい。」
幾分楽しそうなリオナの声が耳に届く。
強い腕に抱き止められ、ふっと変わる景色を眺めた。
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