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ep8 星誓の月
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王都、グランデル。
立派な正門をここまで落ち着いた気持ちで潜ったのは初めてかもしれない。
門兵にぺこりと頭を下げると、気軽に手を振り返された。
王都について初めて門を潜って3年。
いつのまにか、全ての景色が日常になっていた。
門を潜った後に見える、この広大な草原が好きだ。
今から冒険が始まるとわくわくした始めの頃の気持ちが蘇る。
「フィン。」
耳馴染んだ声が聞こえて驚く。
「レグルスさん!」
駆け寄ろうとすると、手で制された。
「……見送りに来ただけだ。――行ってこい。」
それだけで意図が分かって泣きそうになる。
ぐっと堪えて大きく頷いた。
「行ってきます!」
フードをかぶって首元のベルトを締める。
僕の髪色は光を浴びると目立ってしまうから、獣に狙われやすい。
自分の気配を薄くする魔法をかける。
今日はいつもより、慎重に。
注意深く探索魔法をかけながら進む。
寝起きは心臓が落ち着かなかったけれど、今は不思議なくらい心が凪いでいる。
魔物に遭わないように慎重に避けて、採取をしていく。
満足する程度の量を揃えて、日が傾いた空を見上げる。
――綺麗だなあ。
草木の匂いも、土の匂いも、森の向こうに広がる草原も。
全てが、今生きている事実だ。
心持ちゆっくりと足を進めながら街に戻った。
ふと見上げると、朝と同じように、レグルスが門の外で腕を組んで待っていてくれた。
「……終わったか。」
「はい!」
頷いて、門をくぐる。
依頼者のガネルの店へ向かって納品を済ませた。
採取系の依頼は鮮度を優先して、直接納品を要望する店も多い。
「ん。全部だな。」
ガネルは今日も口数少なく納品書にサインをした。
それでも、それが信頼の証だと今は知っている。
「はい。ありがとうございます。」
背を向けて、珍しく呼び止められた。
「……ぼうず。冒険者、辞めるのか。」
まさかそんな事を聞かれるなんて思っていなくて、目を瞬いた。
もしかしたら、今日のことを知っているのかもしれない。
「……まだ、分かりません。」
正直に伝えると、そうか、と返される。
足を一歩踏み出したところで、
「お前の品質は一番いい。」
一言、そう言われて何よりも嬉しくなった。
「ガネルさん、いつもありがとうございます。」
「ん。」
きっと、無骨な彼の一番の応援の言葉だと思った。
店の外で待っていてくれたレグルスは、何も言わない。
無言で二人で歩く街道が柔らかく見えて、隣の存在がそれだけ大きいのだと、なんとなく思った。
力を込めてギルドの扉を押した――いつもより、少し、軽く感じる。
集まる目線がいつもと違う。
黒龍の件以降、少しだけ皆が僕を見る視線が変わった。
それでも、今日はなおさら違うように思うのは僕の気持ちの問題だろうか。
ぽん、と複数の手が肩や背中に乗った。
“蒼牙の刃”の皆だ――行っておいで、と皆の目線が促してくれる。
感謝を込めて頷いた。
心臓が鳴る。
――今日が、“星誓の月”でいられる最後の日だ。
「……フィン君、お疲れ様。」
リオナの優しい顔がこちらを向く。
ガネルのサインの入った書類と、他の依頼のものを納品して、ほっと息をついた。
一日が問題なく終わることが、どれだけ大切なのか、今は知っている。
「おめでとう。“星誓の月”Cランクへ昇格よ。」
リオナが笑って、Cランクと記載されたパーティーカードを渡してくれた。
咄嗟に手が出せなかった。
じっとそれを見つめて、肩に置かれた手にはっとして見上げると、レグルスの優しい瞳が促すようにこちらを見ていた。
震える手でカードを受け取る。
実感が、湧かない。
それでも何度も、何度もカードを見直して――
だん、という音に肩が揺れた。
段々と大きくなってきたそれに振り返る。
そこにいる冒険者の皆を見て、音の正体に気づいた。
足の踏み鳴らし。
――死者を讃える、冒険者の礼だった。
大きくなる音に涙が溢れた。
全員と関わっていた訳ではないのに。
この場にいる人たちの足の踏み鳴らしが、ギグルの、キノの、リースの魂に届きそうな気がした。
わああん、と。
堪えられずに、まるで子供みたいに泣いた。
ろくにお礼の言葉も出ずに、ただ泣きじゃくった。
皆が肩を叩いてくれて、頭を撫でてくれて、もみくちゃにされて。
僕は生きて、頑張って良かったのだと、本当に思った。
立派な正門をここまで落ち着いた気持ちで潜ったのは初めてかもしれない。
門兵にぺこりと頭を下げると、気軽に手を振り返された。
王都について初めて門を潜って3年。
いつのまにか、全ての景色が日常になっていた。
門を潜った後に見える、この広大な草原が好きだ。
今から冒険が始まるとわくわくした始めの頃の気持ちが蘇る。
「フィン。」
耳馴染んだ声が聞こえて驚く。
「レグルスさん!」
駆け寄ろうとすると、手で制された。
「……見送りに来ただけだ。――行ってこい。」
それだけで意図が分かって泣きそうになる。
ぐっと堪えて大きく頷いた。
「行ってきます!」
フードをかぶって首元のベルトを締める。
僕の髪色は光を浴びると目立ってしまうから、獣に狙われやすい。
自分の気配を薄くする魔法をかける。
今日はいつもより、慎重に。
注意深く探索魔法をかけながら進む。
寝起きは心臓が落ち着かなかったけれど、今は不思議なくらい心が凪いでいる。
魔物に遭わないように慎重に避けて、採取をしていく。
満足する程度の量を揃えて、日が傾いた空を見上げる。
――綺麗だなあ。
草木の匂いも、土の匂いも、森の向こうに広がる草原も。
全てが、今生きている事実だ。
心持ちゆっくりと足を進めながら街に戻った。
ふと見上げると、朝と同じように、レグルスが門の外で腕を組んで待っていてくれた。
「……終わったか。」
「はい!」
頷いて、門をくぐる。
依頼者のガネルの店へ向かって納品を済ませた。
採取系の依頼は鮮度を優先して、直接納品を要望する店も多い。
「ん。全部だな。」
ガネルは今日も口数少なく納品書にサインをした。
それでも、それが信頼の証だと今は知っている。
「はい。ありがとうございます。」
背を向けて、珍しく呼び止められた。
「……ぼうず。冒険者、辞めるのか。」
まさかそんな事を聞かれるなんて思っていなくて、目を瞬いた。
もしかしたら、今日のことを知っているのかもしれない。
「……まだ、分かりません。」
正直に伝えると、そうか、と返される。
足を一歩踏み出したところで、
「お前の品質は一番いい。」
一言、そう言われて何よりも嬉しくなった。
「ガネルさん、いつもありがとうございます。」
「ん。」
きっと、無骨な彼の一番の応援の言葉だと思った。
店の外で待っていてくれたレグルスは、何も言わない。
無言で二人で歩く街道が柔らかく見えて、隣の存在がそれだけ大きいのだと、なんとなく思った。
力を込めてギルドの扉を押した――いつもより、少し、軽く感じる。
集まる目線がいつもと違う。
黒龍の件以降、少しだけ皆が僕を見る視線が変わった。
それでも、今日はなおさら違うように思うのは僕の気持ちの問題だろうか。
ぽん、と複数の手が肩や背中に乗った。
“蒼牙の刃”の皆だ――行っておいで、と皆の目線が促してくれる。
感謝を込めて頷いた。
心臓が鳴る。
――今日が、“星誓の月”でいられる最後の日だ。
「……フィン君、お疲れ様。」
リオナの優しい顔がこちらを向く。
ガネルのサインの入った書類と、他の依頼のものを納品して、ほっと息をついた。
一日が問題なく終わることが、どれだけ大切なのか、今は知っている。
「おめでとう。“星誓の月”Cランクへ昇格よ。」
リオナが笑って、Cランクと記載されたパーティーカードを渡してくれた。
咄嗟に手が出せなかった。
じっとそれを見つめて、肩に置かれた手にはっとして見上げると、レグルスの優しい瞳が促すようにこちらを見ていた。
震える手でカードを受け取る。
実感が、湧かない。
それでも何度も、何度もカードを見直して――
だん、という音に肩が揺れた。
段々と大きくなってきたそれに振り返る。
そこにいる冒険者の皆を見て、音の正体に気づいた。
足の踏み鳴らし。
――死者を讃える、冒険者の礼だった。
大きくなる音に涙が溢れた。
全員と関わっていた訳ではないのに。
この場にいる人たちの足の踏み鳴らしが、ギグルの、キノの、リースの魂に届きそうな気がした。
わああん、と。
堪えられずに、まるで子供みたいに泣いた。
ろくにお礼の言葉も出ずに、ただ泣きじゃくった。
皆が肩を叩いてくれて、頭を撫でてくれて、もみくちゃにされて。
僕は生きて、頑張って良かったのだと、本当に思った。
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