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ep7 代償
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目を開いて真っ先に視界に入ったのは、責めるような赤錆色の瞳だった。
レグルスさん。
そう言葉に出したつもりが、はくはくと口が動くだけで声にならなかった。
「――?――!」
レグルスが何かを言っているのに、聞こえない。
なんの反応もしない僕の顔を見て彼も察したのかもしれない。
少しだけ泣きそうな顔をしたように思って首を振った。
彼にはそんな顔は似合わない。
『気分はどうだ。』
紙に書かれた綺麗な文字に頷く。
そういえばレグルスの書く文字を見る機会などそうなかった。
こんな状況なのに嬉しくなってしまう。
『黒龍は倒した。』
やっぱりレグルスは格好いい。
拍手をしたいのに、指ひとつ動かなかった。
『お前のおかげで死傷者が出なかった。』
何度も首を縦に振ると気持ちが伝わったようで、優しい瞳がこちらを向く。
『あとはフィンが回復するだけだ。今は休め。』
いつもの熱い手のひらが頬を撫でてきて、ひどく心地よかった。
『傍にいる。』
安心しろというように頭を撫でられて、レグルスに時間を使わせたくないと思う気持ちがどこかに行ってしまった。
今はわがままも許されるのかもしれない。
安心してまた瞳を閉じた。
しばらく高熱が続いた。
その間は声も出せず耳も聞こえなくて、看病をしてくれていたレグルスは大変だったと思う。
それでも、何日目かの朝に、隣に寝ているレグルスの顔を見て声が出た。
「……レグルスさん。」
その瞬間にばっと目が開いて、近い距離で見つめられて照れてしまう。
夢現だった間中、そばに居てくれたのは知っている。
少し疲れたような顔をしていて心配になった。
「……すみません、心配をかけてしまって。」
「――俺の声は、聞こえるか。」
「はい。」
強い力で抱きしめられて、鼓動が鳴った。
どれくらい眠っていたのか分からないけれど、身体が臭うんじゃないだろうかと、咄嗟にそんな事を思う。
けれど、いつまでたっても腕の力は抜けなかった。
「怒ってます……?」
そろりと、聞いてみる。
「少し。」
短く言われて固まった。
「お前が無事で良かった。」
少し震えているレグルスの腕に胸が高鳴った。
存在感を訴える心臓に落ち着けと言い聞かせる。
「黒龍、倒してくださったんですね。」
「お前のおかげだ。」
「そんな、僕なんてなにも。」
「フィン。自分の価値を見誤るな。」
強い瞳に射抜かれる。
彼が言うなら――少しは、自分を褒めていいのかもしれない。
「頑張りました。」
泣き笑いのようになってしまった。
優しい赤錆色の瞳がこちらを向く。
「ああ――誰よりも、頑張った。」
褒めるように頬を撫でられて、そのまま顔が近づいて――え、と思う間に扉が大きな音を立てて開いた。
「あ。お邪魔だった?……お見舞いに来たんだけど。」
“蒼牙の刃”のメンバーが、こちらを見て固まっていた。
***
レグルスはベッドサイドの椅子で機嫌悪くそっぽを向いている。
それが気になりつつ、ちらちらと見てしまうけれど、レグルスの視線はこちらを向かない。
「フィン君。起きられるようになって良かった。まずはリーダーとしてお礼を言わせて欲しい。」
「あ、いいえ、そんな!」
手あげて首を振ると、アークが真剣な顔をしていた。
「大事な事だよ。君が尽力してくれたのは、評価されるべきだ。」
「……ありがとう、ございます。」
なんだか身が縮こまる思いだったけど、背筋を伸ばして頭を下げた。
ふっと笑うアークに頭を撫でられた。
「お礼を言うべきはこちらだよ。本当にありがとう。」
「私たちも、感謝してるわ。怪我人が多くて混乱していたから――本当に、私たちにとっても初めてのことで。」
息を吐いたミレイがこちらを見る。
「事態が好転したと思ったら、フィン君が血まみれで、本当に驚いたのよ。」
「……すみません。」
「いいの、それだけ頑張ってくれたんだもの。無事で良かったわ。……レグルスが、そのあと大変だったけど。」
「いやー鬼のようでしたよねえ。俺、正直黒龍よりも怖かったかも。」
飄々とした様子でディノが言う。彼はパーティーの中で一番年下らしく、いつも軽快に話すのが印象的だ。
「確かに。黒龍なんかどうでもいいといった感じだったな。」
屈強な肉体を持ったビインが頷く。
「わたし、なんだか愛を感じましたあ。」
ほんわりと言うシイナにぼっと顔が赤くなった。
「あ、愛って。」
思わず言うと、メンバーが顔を見合わせたあとに、一斉にレグルスに顔を向けた。
レグルスは相変わらず不機嫌を隠さずにそっぽを向いていた。
「……用は済んだか。」
低い声に“蒼牙の刃”の皆は肩をすくめた。
「これ以上レグルスの機嫌が悪くなってもいけないし、僕たちはこれで。」
「フィン君、お大事にね。」
「またな!」
頭を下げていると、「ああ、そうだ。」とアークが思い出したように声を上げた。
「今回のことで、君のランクが上がるみたいだから――“星誓の月”のランクが上がるのも、すぐのことじゃないかな。」
はっとアークの顔を見る。
「本当は、1人でパーティーなんて、続けられないんだけどね。よっぽど誰かの口添えがあったんだと思うけど――」
「アーク!!」
鋭い声に、誰がそれを支えてくれたのかなんて分かってしまった。
「レグルスさん……」
いったい、いつから、どれくらい。
僕の知らないところでこの人は支えてくれたんだろう。
「レグルス。気が向いたら、またうちに参加してくれよ――まあ、無理そうだし、期待はしてないけど。」
ひらひらと手を振るアークが去って、パタンと閉じた扉と共に沈黙が落ちた。
「レグルスさん。」
ぽろりと溢れた涙を腕で拭った。
いつも泣いてばかりで泣き虫だと思われているかもしれない。
それでも彼の前では感情を制御できない。
「たくさん、助けていただいてありがとうございます……」
「――勝手に、すまない。」
「いいえ……いいえ。いつも、たくさん、考えていただいて。」
できる限り笑って、感謝を伝えたかった。
「ありがとうございます。」
本当は勢いのまま想いを伝えてしまいたいくらい、心が温かかった。
なんとなく、沈黙が落ちる。
嫌な沈黙ではなくて、温かい気持ちのまま穏やかな空気だった。
ふと、気になったことを聞いた。
「僕は、どれくらい寝てましたか?」
「……1ヶ月。」
「えっ?!」
それは、あまりにも。ばっと顔を見ると笑っている――もしかして。
「……嘘だ。1週間程度だ。」
それでも長いとは思うけど、だけど。
「冗談なんて普段言わないのに。」
「お前のせいで心臓が痛くなった。仕返しだ。」
初めて見る苦しげな表情に胸が痛んだ。
「どこか悪いところは。」
問われて、首を振る――ああ、でも。
「魔力を感じないかもしれません。」
手を開いて閉じて、じっと見つめてみる。
多分、一時的な後遺症だと思うけれど。
「は?」
低い声にびくりと肩が跳ねる。
「……なぜ、最初に言わない。」
びりと空気が変わった気がした。
ゆっくりとレグルスの顔をみると、初めて見る怒りのようなものが見てとれて、慌てて言葉を重ねた。
「芯のようなものは残ってるんです!だから、たぶん時間が必要なだけで!」
はあ、と吐き出された息にほっと胸を撫で下ろす。
「……無理をしすぎだ。」
レグルスは呆れたような顔をしていて、少し俯いてしまった。
途端に頭に手を乗せられて、顔をあげる。
「でも――よく頑張った。」
朝日にきらめいた顔が、珍しく優しく笑んでいた。
レグルスさん。
そう言葉に出したつもりが、はくはくと口が動くだけで声にならなかった。
「――?――!」
レグルスが何かを言っているのに、聞こえない。
なんの反応もしない僕の顔を見て彼も察したのかもしれない。
少しだけ泣きそうな顔をしたように思って首を振った。
彼にはそんな顔は似合わない。
『気分はどうだ。』
紙に書かれた綺麗な文字に頷く。
そういえばレグルスの書く文字を見る機会などそうなかった。
こんな状況なのに嬉しくなってしまう。
『黒龍は倒した。』
やっぱりレグルスは格好いい。
拍手をしたいのに、指ひとつ動かなかった。
『お前のおかげで死傷者が出なかった。』
何度も首を縦に振ると気持ちが伝わったようで、優しい瞳がこちらを向く。
『あとはフィンが回復するだけだ。今は休め。』
いつもの熱い手のひらが頬を撫でてきて、ひどく心地よかった。
『傍にいる。』
安心しろというように頭を撫でられて、レグルスに時間を使わせたくないと思う気持ちがどこかに行ってしまった。
今はわがままも許されるのかもしれない。
安心してまた瞳を閉じた。
しばらく高熱が続いた。
その間は声も出せず耳も聞こえなくて、看病をしてくれていたレグルスは大変だったと思う。
それでも、何日目かの朝に、隣に寝ているレグルスの顔を見て声が出た。
「……レグルスさん。」
その瞬間にばっと目が開いて、近い距離で見つめられて照れてしまう。
夢現だった間中、そばに居てくれたのは知っている。
少し疲れたような顔をしていて心配になった。
「……すみません、心配をかけてしまって。」
「――俺の声は、聞こえるか。」
「はい。」
強い力で抱きしめられて、鼓動が鳴った。
どれくらい眠っていたのか分からないけれど、身体が臭うんじゃないだろうかと、咄嗟にそんな事を思う。
けれど、いつまでたっても腕の力は抜けなかった。
「怒ってます……?」
そろりと、聞いてみる。
「少し。」
短く言われて固まった。
「お前が無事で良かった。」
少し震えているレグルスの腕に胸が高鳴った。
存在感を訴える心臓に落ち着けと言い聞かせる。
「黒龍、倒してくださったんですね。」
「お前のおかげだ。」
「そんな、僕なんてなにも。」
「フィン。自分の価値を見誤るな。」
強い瞳に射抜かれる。
彼が言うなら――少しは、自分を褒めていいのかもしれない。
「頑張りました。」
泣き笑いのようになってしまった。
優しい赤錆色の瞳がこちらを向く。
「ああ――誰よりも、頑張った。」
褒めるように頬を撫でられて、そのまま顔が近づいて――え、と思う間に扉が大きな音を立てて開いた。
「あ。お邪魔だった?……お見舞いに来たんだけど。」
“蒼牙の刃”のメンバーが、こちらを見て固まっていた。
***
レグルスはベッドサイドの椅子で機嫌悪くそっぽを向いている。
それが気になりつつ、ちらちらと見てしまうけれど、レグルスの視線はこちらを向かない。
「フィン君。起きられるようになって良かった。まずはリーダーとしてお礼を言わせて欲しい。」
「あ、いいえ、そんな!」
手あげて首を振ると、アークが真剣な顔をしていた。
「大事な事だよ。君が尽力してくれたのは、評価されるべきだ。」
「……ありがとう、ございます。」
なんだか身が縮こまる思いだったけど、背筋を伸ばして頭を下げた。
ふっと笑うアークに頭を撫でられた。
「お礼を言うべきはこちらだよ。本当にありがとう。」
「私たちも、感謝してるわ。怪我人が多くて混乱していたから――本当に、私たちにとっても初めてのことで。」
息を吐いたミレイがこちらを見る。
「事態が好転したと思ったら、フィン君が血まみれで、本当に驚いたのよ。」
「……すみません。」
「いいの、それだけ頑張ってくれたんだもの。無事で良かったわ。……レグルスが、そのあと大変だったけど。」
「いやー鬼のようでしたよねえ。俺、正直黒龍よりも怖かったかも。」
飄々とした様子でディノが言う。彼はパーティーの中で一番年下らしく、いつも軽快に話すのが印象的だ。
「確かに。黒龍なんかどうでもいいといった感じだったな。」
屈強な肉体を持ったビインが頷く。
「わたし、なんだか愛を感じましたあ。」
ほんわりと言うシイナにぼっと顔が赤くなった。
「あ、愛って。」
思わず言うと、メンバーが顔を見合わせたあとに、一斉にレグルスに顔を向けた。
レグルスは相変わらず不機嫌を隠さずにそっぽを向いていた。
「……用は済んだか。」
低い声に“蒼牙の刃”の皆は肩をすくめた。
「これ以上レグルスの機嫌が悪くなってもいけないし、僕たちはこれで。」
「フィン君、お大事にね。」
「またな!」
頭を下げていると、「ああ、そうだ。」とアークが思い出したように声を上げた。
「今回のことで、君のランクが上がるみたいだから――“星誓の月”のランクが上がるのも、すぐのことじゃないかな。」
はっとアークの顔を見る。
「本当は、1人でパーティーなんて、続けられないんだけどね。よっぽど誰かの口添えがあったんだと思うけど――」
「アーク!!」
鋭い声に、誰がそれを支えてくれたのかなんて分かってしまった。
「レグルスさん……」
いったい、いつから、どれくらい。
僕の知らないところでこの人は支えてくれたんだろう。
「レグルス。気が向いたら、またうちに参加してくれよ――まあ、無理そうだし、期待はしてないけど。」
ひらひらと手を振るアークが去って、パタンと閉じた扉と共に沈黙が落ちた。
「レグルスさん。」
ぽろりと溢れた涙を腕で拭った。
いつも泣いてばかりで泣き虫だと思われているかもしれない。
それでも彼の前では感情を制御できない。
「たくさん、助けていただいてありがとうございます……」
「――勝手に、すまない。」
「いいえ……いいえ。いつも、たくさん、考えていただいて。」
できる限り笑って、感謝を伝えたかった。
「ありがとうございます。」
本当は勢いのまま想いを伝えてしまいたいくらい、心が温かかった。
なんとなく、沈黙が落ちる。
嫌な沈黙ではなくて、温かい気持ちのまま穏やかな空気だった。
ふと、気になったことを聞いた。
「僕は、どれくらい寝てましたか?」
「……1ヶ月。」
「えっ?!」
それは、あまりにも。ばっと顔を見ると笑っている――もしかして。
「……嘘だ。1週間程度だ。」
それでも長いとは思うけど、だけど。
「冗談なんて普段言わないのに。」
「お前のせいで心臓が痛くなった。仕返しだ。」
初めて見る苦しげな表情に胸が痛んだ。
「どこか悪いところは。」
問われて、首を振る――ああ、でも。
「魔力を感じないかもしれません。」
手を開いて閉じて、じっと見つめてみる。
多分、一時的な後遺症だと思うけれど。
「は?」
低い声にびくりと肩が跳ねる。
「……なぜ、最初に言わない。」
びりと空気が変わった気がした。
ゆっくりとレグルスの顔をみると、初めて見る怒りのようなものが見てとれて、慌てて言葉を重ねた。
「芯のようなものは残ってるんです!だから、たぶん時間が必要なだけで!」
はあ、と吐き出された息にほっと胸を撫で下ろす。
「……無理をしすぎだ。」
レグルスは呆れたような顔をしていて、少し俯いてしまった。
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