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御曹司は懊悩する(栗生視点)
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すっかり出来上がってしまい、猫のようにふにゃふにゃの軟体になった美也ちゃんが、熱い体をすりすりと擦り寄せてくる。その温かさや柔らかな感触を感じながら、僕は身の内側から湧き出る情欲と戦っていた。
「……困ったな。本当に、困った」
僕の腰に腕を回してべったりと貼りつこうとする美也ちゃんを、やんわりと剥がしてため息をつく。
ぐいぐいと飲んでいたからお酒には強いのだろうと、勝手に思っていたのだけれど……。自分の限界値を、把握できていなかっただけなのかもしれないな。
――据え膳なのだから、食べてしまえばいい。
そんな思考がちらりと過る。だけどそれを、僕は無理やり振り払った。
『想い人』と密室で二人きりになれたのだ。『あわよくば』なんて気持ちがなかったと言えば、真っ赤な嘘になる。
だけどそれは美也ちゃんに理性が残っていて、怒らせずに押しきれそうであれば……という。あくまでそんな想定だった。
「このまま食べてしまいたいけど。たぶん、処女だしなぁ」
僕が調べた範囲では、彼女の過去に男の影は存在しなかった。それを知った時には、心からの歓喜を覚えたものだ。
目が覚めたら処女が奪われていました……なんてことになったら。
美也ちゃんはきっと僕を許さないだろう。結婚の件も白紙に戻されてしまうかもしれない。
せめて婚姻届の提出後であれば、『夫婦だから』と押し切れたのかもしれないけれど……
「美也ちゃん、ほら。しっかりして」
断腸の思いでそっと体を押し返す。すると美也ちゃんはきょとりとした顔でこちらを見つめた。お酒のせいで頬が赤く、黒の瞳が潤んで艶めかしい。直視していると理性が持つ自信がなくて、僕は美也ちゃんから視線を逸らした。
「栗生さん、チョコ。さっきのチョコください~!」
「うんうん、わかったから」
チョコレートを摘み上げ、口元へと持っていく。すると美也ちゃんは……僕の指ごとチョコをぱくりと食べた。舌の感触が皮膚にダイレクトに伝わり、小さな呻きが口から零れてしまう。僕の指に付着したチョコレートを、美也ちゃんは夢中で吸い上げた。
……君はどれだけ、僕の理性を試せば気が済むんだ!
ちゅうちゅうと指を吸い上げた後に、もっととねだるように美也ちゃんは口を開く。
「仕方ないなぁ……」
またチョコレートを摘んで、大きく開いた口の中に放り込む。すると彼女は嬉しそうに笑いながら、それを咀嚼した。
……可愛いな。小動物に餌づけをしてるみたいだ。
美也ちゃんと僕は、会社では紛うことなき『疎遠』である。
部署も違うし、彼女は僕との人間関係に興味がないのだから。……事実とはいえ、言ってて悲しくなるな。
こんなに近くで無防備な彼女を観察することは当然はじめてで、僕の胸は高鳴った。
そして悪戯心が――胸に湧く。
チョコレートを咥えて、口元を指差す。すると美也ちゃんは躊躇なく、僕の唇に唇を近づけた。
「ん……っ」
甘味にかぶりつくようにして、唇にむしゃぶりつかれる。柔らかな唇は角度を変えて何度も押しつけられて、かしかしと歯が唇に当たった。
唇と唇の間でチョコレートが溶けて、その滴りを追うように美也ちゃんの舌が動く。その感触を僕はたっぷりと堪能した。
垂れ落ちたチョコレートで彼女のシャツがべとりと汚れて、少し申し訳ない気持ちになる。口づけの擬似行為のようなもの交わしながらスマホを手に取り、『家の者』に『女性用のスーツとシャツなど一式を用意して、ホテルに持ってきてくれ』とメッセージを送る。これで、どれだけ汚れても大丈夫だ。
「美也ちゃん、可愛いね」
唇を離して囁きながら髪を撫でると、猫みたいに瞳が細められる。口の端についたチョコレートを舐め取れば、彼女はくすぐったそうに笑い声を立てた。
――このまま、僕だけしか鍵を持っていない檻に閉じ込めてしまいたい。
そんな思考に支配されそうになり、なけなしの気力を振り絞りブレーキをかけて踏み止まる。美也ちゃんが僕に依存するまでは、『快適な生活を提供してくれる、優しい栗生さん』でいないと。がっつきすぎて、もう怖がられている気もするけれど……
とにかく。
逃げられるわけには――いかないのだ。
「……困ったな。本当に、困った」
僕の腰に腕を回してべったりと貼りつこうとする美也ちゃんを、やんわりと剥がしてため息をつく。
ぐいぐいと飲んでいたからお酒には強いのだろうと、勝手に思っていたのだけれど……。自分の限界値を、把握できていなかっただけなのかもしれないな。
――据え膳なのだから、食べてしまえばいい。
そんな思考がちらりと過る。だけどそれを、僕は無理やり振り払った。
『想い人』と密室で二人きりになれたのだ。『あわよくば』なんて気持ちがなかったと言えば、真っ赤な嘘になる。
だけどそれは美也ちゃんに理性が残っていて、怒らせずに押しきれそうであれば……という。あくまでそんな想定だった。
「このまま食べてしまいたいけど。たぶん、処女だしなぁ」
僕が調べた範囲では、彼女の過去に男の影は存在しなかった。それを知った時には、心からの歓喜を覚えたものだ。
目が覚めたら処女が奪われていました……なんてことになったら。
美也ちゃんはきっと僕を許さないだろう。結婚の件も白紙に戻されてしまうかもしれない。
せめて婚姻届の提出後であれば、『夫婦だから』と押し切れたのかもしれないけれど……
「美也ちゃん、ほら。しっかりして」
断腸の思いでそっと体を押し返す。すると美也ちゃんはきょとりとした顔でこちらを見つめた。お酒のせいで頬が赤く、黒の瞳が潤んで艶めかしい。直視していると理性が持つ自信がなくて、僕は美也ちゃんから視線を逸らした。
「栗生さん、チョコ。さっきのチョコください~!」
「うんうん、わかったから」
チョコレートを摘み上げ、口元へと持っていく。すると美也ちゃんは……僕の指ごとチョコをぱくりと食べた。舌の感触が皮膚にダイレクトに伝わり、小さな呻きが口から零れてしまう。僕の指に付着したチョコレートを、美也ちゃんは夢中で吸い上げた。
……君はどれだけ、僕の理性を試せば気が済むんだ!
ちゅうちゅうと指を吸い上げた後に、もっととねだるように美也ちゃんは口を開く。
「仕方ないなぁ……」
またチョコレートを摘んで、大きく開いた口の中に放り込む。すると彼女は嬉しそうに笑いながら、それを咀嚼した。
……可愛いな。小動物に餌づけをしてるみたいだ。
美也ちゃんと僕は、会社では紛うことなき『疎遠』である。
部署も違うし、彼女は僕との人間関係に興味がないのだから。……事実とはいえ、言ってて悲しくなるな。
こんなに近くで無防備な彼女を観察することは当然はじめてで、僕の胸は高鳴った。
そして悪戯心が――胸に湧く。
チョコレートを咥えて、口元を指差す。すると美也ちゃんは躊躇なく、僕の唇に唇を近づけた。
「ん……っ」
甘味にかぶりつくようにして、唇にむしゃぶりつかれる。柔らかな唇は角度を変えて何度も押しつけられて、かしかしと歯が唇に当たった。
唇と唇の間でチョコレートが溶けて、その滴りを追うように美也ちゃんの舌が動く。その感触を僕はたっぷりと堪能した。
垂れ落ちたチョコレートで彼女のシャツがべとりと汚れて、少し申し訳ない気持ちになる。口づけの擬似行為のようなもの交わしながらスマホを手に取り、『家の者』に『女性用のスーツとシャツなど一式を用意して、ホテルに持ってきてくれ』とメッセージを送る。これで、どれだけ汚れても大丈夫だ。
「美也ちゃん、可愛いね」
唇を離して囁きながら髪を撫でると、猫みたいに瞳が細められる。口の端についたチョコレートを舐め取れば、彼女はくすぐったそうに笑い声を立てた。
――このまま、僕だけしか鍵を持っていない檻に閉じ込めてしまいたい。
そんな思考に支配されそうになり、なけなしの気力を振り絞りブレーキをかけて踏み止まる。美也ちゃんが僕に依存するまでは、『快適な生活を提供してくれる、優しい栗生さん』でいないと。がっつきすぎて、もう怖がられている気もするけれど……
とにかく。
逃げられるわけには――いかないのだ。
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