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御曹司は懊悩する(栗生視点)

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 大野さんが『初恋』だと自覚した僕は、すぐさま動いた。
 彼女がどういう人物で、どんな人生を歩んで、どういう考え方を持ち、どういうものに惹かれるのか。人を使ってそれをしっかりと調べ上げ、なにを『餌』にすれば僕のものになってくれるのかを吟味する。
 そして調べれば調べるほど、僕の手持ちの『武器』のほとんどは彼女には通用しないのだと。そう痛感するようになった。
 大野さんはいわゆる『オタク』で、その一部に存在する『生身の人間に興味がない』という人種らしい。
『たまたま』取引先にいた、彼女の『お友達』から話を引き出したところ、『あの子、二次元のキャラクターにしか興味がないんで。あとは舞台の役者さんとか。それも役者さんっていうフィルターがかかってるからで……基本的には三次元には興味がないんだと思います』と笑いながら教えてくれた。
 そしてその言葉の通り、いくら探っても彼女の過去の男性遍歴は出てこなかったのだ。
 そのことを知った時、僕は喜びで震えた。彼女に、汚い手で触れた男はいないのだから。
『お友達』からは他にもいろいろな話を聞いた。
 例えば大野さんが『趣味を存分にできる環境での、引きこもり生活』に憧れていることとか。
 僕の持っている『武器』の中の、『資産』はどうにか使えそうだ。そのことに心底安堵する。
 こんなにもなにかに興味を惹かれるのははじめてで、手に入れないと後悔すると本能が叫んでいる。

 ――多少強引な手段を使ってでも、僕は彼女を手に入れたい。

 *

 腕の中の美也ちゃんが、窮屈そうにもぞもぞと動く。その口元にはチョコレートがべったりとついていて、僕はそれをティッシュで拭った。……後で濡らした布で拭わないと、このベタベタは落ちきれないな。そう思いつつも、できる限り丁寧に拭き取ってしまう。
 ふだんしっかりしている彼女の世話を焼くのは、存外に楽しい。
 美也ちゃんは眠りと現実の狭間にいるようで、うとうとしながら頭を左右に揺らしている。そんな無防備な様子を見ていると、愛おしさが胸にこみ上げた。

 ――『初恋』が、腕の中にいるんだ。

 そのことが嬉しくて、華奢な体を強く抱きしめる。すると彼女の口から、不快そうな唸り声が漏れた。

「美也ちゃん、眠いの?」
「……眠い。そんで暑い」

 不機嫌そうな声が、まだ甘さを纏う唇から零れる。彼女は僕を押しのけようと腕をぐいぐいと突っ張る。だけど僕はそれを無視した。

「そっか。でもべとべとしてるから、軽く体を拭いてから寝ようね」

 軽い体を抱き上げて、ソファの上にそっと寝かせる。横になった美也ちゃんは、すぐに寝息を立てはじめた。そんな彼女を尻目にバスルームへと向かい、湯桶にお湯を張って、タオルを手にしてから戻る。
 そしてチョコレートを拭き取るために……ジャケットをそろそろと脱がせた。

 ――これはすべて善意から行っていることで、不可抗力というやつだ。

 綺麗に拭き取る間に、じっくりと観察したり、触ってみたり、ちょっと痕をつけたりしてしまったとしても……。不可抗力の範囲内だと主張したい。
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