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令嬢13歳・令嬢たちの後夜祭・前

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「じゃあ、俺とマクシミリアンは着替えてきていいッスか? 後夜祭で踊るのに執事の格好はないっしょ?」

 ハウンドがそう言ってウインクをしながらマクシミリアンの背中を押す。
 衣装チェンジ……! マクシミリアンの新しい姿を見れるのは、わたくしも楽しみだわ!

「ハウンド、別に私はこのままで……」
「まーまー。行くッス行くッス」

 彼はハウンドにぐいぐいと背中を押されながら教室を出て行こうとする。
 そんな彼にわたくしは声をかけた。

「マクシミリアン。ジョアンナも後夜祭に誘っておいて、お付きの女の子も!」
「……はい」

 マクシミリアンはわたくしの言葉を聞いて、ものすごく渋々といった顔で頷きつつハウンドと教室を立ち去った。
 ハウンドとマクシミリアンは、なんだかんだで仲がいいわよね。
 ハウンドやジョアンナと話している時のマクシミリアンはちょっとだけ年相応で可愛いなぁ、なんて正直思ってしまう。わたくしと話している時はあんなにやらしいのにな。
 ……一体どんな格好で帰ってくるんだろう。マクシミリアンはともかくハウンドは変な仮装じゃなければいいけど。

「じゃあ僕もおめかししてこようかな? 後夜祭へは寮から直接行くから、後で会おうね」

 ユウ君もニコニコしながら自室へと戻っていく。ユウ君は学園の使用人寮に住んでいるのよね……伯爵様なのに。それを言うとハウンドは公爵様で、マクシミリアンは侯爵様なのに使用人寮に住んでいるわけだけど。
 途中からそうなったマクシミリアンはともかくユウ君やハウンドに関しては学園がよく許可を出したものである。
 身の危険はないのかしら?

「フィリップ様は制服のままですの?」
「ビアンカが着替えるなら俺も着替えてくるが。せっかくマクシミリアンがいないこの空間にビアンカといられるんだから、寮に帰るのはもったいないだろう」

 ……相変わらずというかなんというか。
 わたくしは仮装喫茶の衣装のまま踊るつもりでいるので、ちょこちょこと獣人薬も接種してずっとウサギのお耳のままだ。

「……着替えはしませんわね。せっかくの学園祭なので、学園祭の思い出の衣装で踊りたいので」
「そうか。ならゆっくりできるな」

 そう言ってこちらへ伸ばそうとしたフィリップ王子の手を、ミルカ王女が素早く手刀で叩き落とした。

「おっと、私の存在を忘れちゃいけねぇ」

 ……ミルカ王女、貴女どこの時代劇の登場人物なの。

「恋路の邪魔はいけませんよ、ミルカ王女」
「ふふふ。そのお言葉そのまま返すわよ、フィリップ王子」

 二人が目線で火花を散らす。うう……怖い怖い。
 リーベッヘ王国とパラディスコ王国の国際問題にならなきゃいいけど……。

「……ベルリナ様はお着替えしませんの?」
「わ……私は、その。このままでいいわ」

 ベルリナ様に話題を振ってみると彼女はそう言いながら、ちらりとフィリップ王子の方を見た。そうよね、せっかくの想い人と過ごせる時間は誰だって長い方がいいだろう。
 そうやってすっかり少なくなった人数でテーブルを囲みまったりと過ごしていると。

「お嬢様ぁ! お誘いありがとうございます!」

 ピンク色のふわりと裾が広がった可愛らしいドレスを身にまとったジョアンナが、にこにこしながらこちらへとやってきた。ドレスといっても貴族のように華美なものではなく、平民向けの前世のパーティードレスに近いものだ。
 か……可愛い!! ジョアンナは常々美人だとは思っていたけれど、おしゃれをすると本当にその美貌が際立つ。
 ジョアンナの側にはお付きの女の子も立っており『ヒナキでございます』とぺこりと頭を下げた。
 彼女は牡丹の柄が入った黒い着物を着ていて、この世界とのアンバランスさになんだか不思議な気持ちになる。素性が気になる子だなぁ。

「わージョアンナ可愛い! やっぱり美人はいいなぁ。ハウンドと交換したいわ」

 ミルカ王女が残酷なことを言いながらジョアンナを褒め称える。……ミルカ王女、ハウンドが聞いたら多分泣いちゃうから!

「……ミルカ、それはないだろう?」

 そう言って教室に入ってきたのは、……えっと。あれ? これってハウンドよね?
 うん、たぶんおそらくきっとハウンドだ。
 彼のいつもは細かく三つ編みをし後ろでポニーテールにしている金髪は解かれ、肩の辺りで白いリボンで結ばれ前に流されている。
 トレードマークのようになっている沢山のピアスも外されて、左の耳朶に赤い石が一つだけ光っていた。
 白い詰襟の礼服を身に着けたハウンドらしき人物……ハウンド(仮)は、その美貌に上品な笑みを浮かべ美しい緑色の瞳を細める。
 チャラパリピホストは一体どこへ行ったの?
 これじゃだだの超絶美形の貴公子様じゃない!!

「あら、今晩のハウンドは猫かぶりモードなのね」
「嫌だな、俺はいつでもこうだろう? それよりもミルカ。ジョアンナと俺を交換するとは聞き捨てならないね」

 そう言いながらハウンドはミルカ王女の顎に指を軽くかけ顔を自分に向けさせると、妖艶に微笑んだ。
 口調まで変わってる。本当に誰なの、貴方。

「ふふ、ごめんなさい。やっぱりハウンドお兄様がいいわ」

 ミルカ王女はハウンドと視線を絡め楽しそうに笑う。
 ……なんだろうこの、熟年夫婦を見ているような気持ちは。それに『ハウンドお兄様』? 従兄だからそういう呼び名でもおかしくないのか。
 フィリップ王子とベルリナ様も口をぽかんと開けてハウンドとミルカ王女の方を見つめている。
 そんな皆に、ハウンドは少し面白がるような視線を投げて微笑んだ。

「セルバンデス卿ももうすぐいらっしゃるので、お待ちくださいね」

 そっか、マクシミリアンも正装で来るんだ。それを想像すると途端に心が浮き立ってそわそわとしてしまう。
 ああ、絶対に素敵よね。どうしよう! そんなのもっと好きになってしまう。

「……お待たせしました」

 マクシミリアンの声がしたので、わたくしはすごい勢いで扉に目を向けた。
 するとそこには……ハウンドと対の、黒地に銀で豪奢に刺繍が入った詰襟の礼服を着たマクシミリアンが立っていた。しかも狼耳と尻尾はそのまま……!

「……あ……ああ……」

 思わず口から奇怪な声が漏れてしまう。でも許して! すごくカッコいいんだもの!
 マクシミリアンはこちらの反応を見て少し満足そうな笑みを浮かべる。
 そして優美な足運びで近づいてくると、華麗な動作で膝を折りわたくしの手を取った。

「ビアンカ嬢。今夜は私と踊ってくださいませ」

 そう言いながら彼は美しい唇を手の甲に押し当て長い口づけをした。
 ……す……好き!!!
 本当は大声で叫びたいけれど我慢して心の中で叫ぶ。

「ええ、ぜひ。ぜひ踊ってくださいませ、セルバンデス卿!」

 本当は抱きついて胸にぐりぐりと頭を押しつけたい。だけどここは人前だから……本当にもどかしいわ!!
 仮にもわたくしはご令嬢なのだ、そんなはしたないことはできないもの。
 口を尖らせながらマクシミリアンを見つめると、彼は立ち上がりそっと耳元に口を寄せて囁いた。

「帰ったら……沢山抱きしめてあげますから」

 ……うう、わたくしの欲望なんてバレバレですよね。真っ赤になって両手で顔を隠すと、その手に優しく唇が触れる感触がした。
 フィリップ王子からは剣呑な目が、ベルリナ様からは諫めるような目が向けられている気がするけれど……き、気にしないぞ!

 ああ、こんな素敵なマクシミリアンとダンスができるなんて!
 後夜祭が楽しみだわ!
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