もののけ執事の今日のお夜食

夕日(夕日凪)

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深夜、遭遇、もののけ執事4

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 台所の方から、なにかを調理する音が聞こえてくる。

 ……今のうちに、逃げればいいんじゃ?

 そんな考えも一瞬過ぎったけれど……
 追いかけてこられたら、とか。そもそもここが家なんだし逃げるところなんてないよね、とか。
 警察に駆け込んでも信じてもらえるはずがない、とか。
 ぐるぐると考えているうちに、私は逃げるタイミングを見失ってしまった。
 足音が近づいてきて、襖がカラリと開けられる。ゆっくりとそちらに視線を移動させると、そこには片手に銀のお盆を持った夜音さんが立っていた。お盆の上にはクローシュ……だっけ。西洋料理で料理に被せる、銀の半円が被せられている。祖母の台所にそんなものは……あったっけ。私が確認した時にはなかったように思うから、夜音さんの私物なのかもしれない。

「今日はほとんどなにも食べていないということですので。少し重めに作りましたが、食べられますか」
「あ、はい。平気です。この時間に食べることも多いので」
「……こんな時間にですか?」
「仕事が忙しい時は食事を忘れて熱中することが多くて。気がつけば深夜になってて、夜食が一日のご飯になることも多いんです」
「それは、健康を害しそうな生活ですね」

 夜音さんは眉間に皺を寄せる。その不快げな表情に私は萎縮しそうになる。ちゃんとしてそうな人? だから、私みたいな生活は信じられないんだろうな。だけど毎日のように締め切りが来る生活なので、仕方がない……と思って欲しい。
 大口案件がなくなった今、毎日締め切り生活に戻れるのかは不明だけれど。
 ……そのことを考えると憂鬱になるなぁ。

「はは、そんな生活が癖になってて」
「せめて二食は食べてください。時々作りに来ますので」
「え……作りに?」
「とにかく、今はこれを食べてください。簡単なものですけど」

 小さく息を吐きながら、夜音さんはお盆を座卓に置く。そしてクローシュを流麗な仕草でさっと取った。

「わぁ……!」

 クローシュの中身を見て私は感嘆の声を上げた。
 これは……カオマンガイだ! 鶏のだしで炊いたご飯に鶏肉を乗せ、甘辛いソースをかけたその料理を、東京にいる時は近所のタイ料理店でよく食べていた。
 ほかほかのご飯に、鶏肉と薄くスライスした玉ねぎが入ったソースがかかっている。
 そのいい香りを嗅いでいると、お腹がまた「ぐう」と鳴った。なんて自己主張が強いお腹なんだ。

「すごいですね! カオマンガイをぱぱっと作っちゃうなんて!」

 彼への恐怖も忘れて、私はついはしゃいだ声を上げてしまった。
 美味しいものは大好きだ。仕事の疲れや辛いことも、美味しいものを食べると癒やされる。いい食事は、人生の清涼剤だ。

「そんな顔も、できるんじゃないですか」
「……え?」
「なんでも。ほら、食べてください。ナンプラーなどが足りなかったので、ソースは酢醤油と玉ねぎを和えたものにしています。これでも美味しいと思いますよ」
「ありがとうございます。いただきます!」

 少し急かすように勧められ、箸を手に取る。そしてほかほかのご飯と鶏肉を一緒に口に運ぶと……

「んっ!」

 良い塩加減の鶏肉。出汁がよく染み込んだ白米。酢醤油と玉ねぎが合わさった、酸っぱさと辛味が上手く合わさったソース。それらの見事なバランスに、私は目を瞠った。お店の甘辛いソースもいいけれど、これも美味しい!

「美味しいです!」
「……それは、良かったですね」

 思わず満面の笑みで夜音さんを見ると、彼は少し照れくさそうに口元に笑みを浮かべた。
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