本の下敷きで死んだ私が転生したら、言葉が魔法になる世界だった

Kinokonoyama

文字の大きさ
1 / 5

1

しおりを挟む
 目覚め

 死ぬ瞬間というのは、案外あっけないものだと思った。
 図書館の閉館時間まで、あと15分。宮本澪は返却棚の整理をしていた職員に頼まれて、奥の書庫で本を探していた。普段は入れないそのエリアに一人で放り込まれたのは、常連として顔を覚えられていたからだ。
 棚の上段、届かない位置に目当ての本が見えた。踏み台を引っ張り出して、つま先で立つ。指先がほんの少し背表紙に触れた、その瞬間だった。
 ぐらり、と。
 古い書棚が傾いた。止める間も、逃げる間もなかった。本の滝が澪の上に降り注いで、最後に棚そのものが——
 痛みは、なかった。
 気がついたら、何もかもが消えていた。
* * *

 最初に感じたのは、草の匂いだった。
 次に、鳥の声。
 それから、背中に触れる土の感触。
 澪はゆっくりと目を開けた。空が見えた。見慣れない青さだった。日本の空より、少し深い——そんな感想を抱いて、すぐに自分が地面に倒れていることに気がついた。
「……え」
 声が出た。自分の声だった。生きている、と思った次の瞬間、書棚の映像がフラッシュバックして、全身が粟立った。
 起き上がろうとして、手をついた土が柔らかく沈む。見下ろすと、見知らぬ森の地面だった。落ち葉と苔と、名前も知らない草花。
「……どこ、ここ」
 呟いた瞬間、ざわり、と空気が揺れた気がした。
 気のせいかもしれない。でも確かに、言葉を発したとき、周囲の空気が微かに反応した。まるで澪の声を、世界が聞いていたかのように。
 そんなわけがない、と思いながら、澪はゆっくり立ち上がった。体は普通に動く。痛みもない。傷もない。なぜか靴は日本で履いていたものではなく、素朴な革靴に変わっていた。服も変わっていた。麻のような素材のシンプルなワンピース。
「……転生、とか」
 口に出してみて、自分でも馬鹿げていると思った。でも他に説明のしようがない。本の下敷きになって死んで、気づいたら森にいる。それが現実なら、答えは一つしかない。
 澪はしばらくその場に立ったまま、ぼんやりと木々を見上げた。
 宮本澪、17歳。高校2年生。特技は読書と、人の邪魔にならないこと。
 クラスで浮いているわけじゃなかった。ただ、いてもいなくても同じような存在だった。誰かに意地悪をされたわけでも、友達がいなかったわけでもない。ただ、誰かに必要とされた記憶が、あまりない。
 図書館だけが違った。あそこにいるときだけ、澪は自分の居場所を疑わなかった。本の中の言葉たちは、澪が何者であるかを問わなかった。ページを開けば、いつでも迎えてくれた。
 その図書館で死んだ。我ながら、らしいと思う。
 澪はため息をついた。
 足元に小石が転がっていた。何気なく、蹴り飛ばそうとして——ふと、手で拾い上げた。ただの石だ。丸くて、平たい。こういう石を川に投げると、水切りができる。
 川なんてどこにもないのに、そんなことを考えた。
「浮け」
 独り言だった。意味もなく、ただ無意識に口から出た。
 石が、浮いた。
「……え」
 澪は固まった。石は宙に浮いたまま、くるくると回っている。手のひらくらいの、丸みを帯びた石が、明らかに物理法則を無視してそこにある。
 数秒後、石はゆっくりと地面に落ちた。
「……今、何が」
 声が震えた。落ちた石を拾い上げて、じっと見つめる。普通の石だった。何の変哲もない、森によくありそうな石。
 でも確かに、浮いた。

 澪が「浮け」と言った、その瞬間に。
 偶然だ、と思いたかった。でも身体の奥で、何かが引っかかった。うまく言葉にならない、小さな疑問として。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! アルファポリス恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 *他サイトでも公開中 なろう日間総合ランキング2位に入りました!

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

過程をすっ飛ばすことにしました

こうやさい
ファンタジー
 ある日、前世の乙女ゲームの中に悪役令嬢として転生したことに気づいたけど、ここどう考えても生活しづらい。  どうせざまぁされて追放されるわけだし、過程すっ飛ばしてもよくね?  そのいろいろが重要なんだろうと思いつつそれもすっ飛ばしました(爆)。  深く考えないでください。

ざまぁされるための努力とかしたくない

こうやさい
ファンタジー
 ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。  けどなんか環境違いすぎるんだけど?  例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。  作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。  ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。  恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。  中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。  ……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

処理中です...