本の下敷きで死んだ私が転生したら、言葉が魔法になる世界だった

Kinokonoyama

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森を抜けた先に、小さな村があった。
 石造りの家が10数軒、畑と井戸を囲むように建っている。中世ヨーロッパ風——というより、澪が読んだ異世界ファンタジーの挿絵に近い景色だった。
 村の入り口で立ち止まっていると、声をかけられた。
「ねえ、あなた。どこから来たの?」
 振り返ると、少女が立っていた。年齢は澪より少し下——15歳くらいだろうか。淡い亜麻色の髪と、薄紫の瞳。小柄で華奢な体型だが、その目には好奇心と、かすかな警戒心が混在していた。
「あ、えっと……」
 言葉に詰まる。この子に何語で話しかけたらいいんだろう、と思ったが、そもそも今自分が話しているのが何語なのかもわからない。気づかないうちに現地の言葉に適応していたらしかった。
「森から出てきた? 一人で?」
 少女は澪の反応を待たずに続ける。人懐っこい話し方だが、近寄ってはこない。微妙な距離を保っている。
「……うん、一人で」
「迷子?」
「まあ、そんなような」
 少女はしばらく澪を観察してから、ふっと表情を緩めた。
「変な人だね。でも悪い人には見えない」
「……ありがとう、たぶん」
「私はシア。この村の……まあ、住人」
 一瞬だけ、陰が差した。住人、という言葉の前に何かを飲み込んだような間があった。澪は気づいたが、聞かなかった。聞けるほど、まだ近くない。
「私は……エリア」
 とっさに出た名前だった。宮本澪、と名乗るのは違う気がした。ここは日本じゃない。それに、死んだ書庫の名前が「エリアA」だった。最後に目に焼き付いた文字を、そのまま借りた。それだけの理由だった。
「エリア? 珍しい名前ね」
「そう、かな」
「うん。でも、綺麗な名前だと思う」
 シアは屈託なく言って、初めて一歩踏み出した。
「お腹、空いてない? 私の家、たいしたものないけど——」
 その言葉が終わる前に、複数の足音が近づいてきた。
 男が二人。その後ろに、腕を組んだ中年の女。村人たちだった。表情に温かさはない。最初から、結論を決めて来た顔だった。
「シア。また余所者を連れ込もうとしてたな」
 男の一人がシアの腕を掴んだ。乱暴に、引きずるように。
「何度言ったらわかる。呪われた子はこの村にいるな。出て行け」
「離して、痛い——」
「うるさい」
 シアの声を遮って、男はそのまま村の外へ向かって歩き出した。もう一人の男がエリアの前に立ちふさがる。
「あんたも余所者だろ。関わるな」
 エリアは固まった。
 争いは苦手だ。声を荒げたことなんて、生まれてこのかたほとんどない。自分の意見を強く言った記憶もない。こういうとき、いつも澪は黙って、やり過ごしてきた。
 でも——シアが、痛い、と言った。
 その声が、頭の中でリフレインした。
「——離せ」
 気づいたら、口から出ていた。
 低い声だった。自分の声とは思えないくらい、静かで、重かった。
 空気が変わった。
 シアの腕を掴んでいた男の手が、ぴたりと止まった。止まったというより——動けなくなった。男の顔から血の気が引いていく。もう一人の男も、エリアに向けていた視線を外せなくなったように、そのまま硬直した。
「な……なんだ、これ」
 男の声が震えた。
 エリアにも、何が起きているのかわからなかった。ただ、自分の「離せ」という言葉が空気を震わせて、男たちの体を縛ったのだということだけは、感覚でわかった。
 怒りがまだ胸にあった。それが言葉を押し出した。
「シアに触るな」
 また、空気が揺れた。男がよろめいて、後退った。まるで見えない壁に押し返されたように。
「——っ、化け物め!」
 男は叫んで、踵を返した。もう一人も、腕を組んでいた女も、我先にと村の中へ逃げ込んでいく。あっという間だった。
 静寂が戻った。
 エリアはしばらく、その場に立ち尽くした。手が、かすかに震えていた。怒りのせいか、それとも別の何かのせいか、自分でもわからなかった。
「……エリア」
 シアが、呆然とした顔で立っていた。解放された腕を、もう片方の手でさすっている。
「今、何をしたの?」
「……わからない」
 正直に答えた。嘘をつく気になれなかった。
 シアはしばらくエリアを見つめてから、ゆっくりと表情を崩した。泣くのかと思ったが、違った。笑っていた。目に少し光を浮かべながら、それでも笑っていた。
「ありがとう」
 小さな声だった。でも確かに届いた。
 エリアは何も言えなかった。ただ、自分の手のひらをそっと見た。
 さっき、何が起きたんだろう。
 答えは出なかった。でも、考え続けるには、お腹が空きすぎていた。
「……行こう」
 エリアはシアに言った。
「お腹、空いた」
 シアはぷっと笑った。さっきまでの影が、少しだけ薄くなった気がした。
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