それは確かに真実の愛

宝月 蓮

文字の大きさ
4 / 5

番外編① 大嫌いなあの子(不快描写あり、閲覧注意)

しおりを挟む
「ルーツィエ、相変わらずモジャモジャ頭だな」
「ですから、私の髪のことをそう言うのはやめてください」
「何だよ。冗談だから良いじゃないか」
 ルーツィエの髪質を揶揄うヤーコブ。
 その様子を少し遠くから見ている者がいた。
(何よ。ヤーコブ様から相手にされているのだから、そのくらいのことで不満を漏らさないでよ)
 カプリヴィ伯爵令嬢――ベティーナ・ウルゼル・ツー・カプリヴィはムスッとした様子でルーツィエを睨む。

 ベティーナはヤーコブと交流があり、彼に想いを寄せていた。
 しかし、肝心のヤーコブはルーツィエに好意を寄せている。
 それでも、ヤーコブと関わりたいが為、ベティーナは友人としてヤーコブの側にいることを選んだ。

(どうしてあの子なんかがヤーコブ様に好意を寄せられるの? わたくしの方が見た目も能力も令嬢として上なのに)
 ベティーナは鏡に映る自分を凝視した。

 真っ直ぐ伸びた栗毛色の髪にヘーゼルの目。ルーツィエは少しあどけなさが残る顔立ちだが、ベティーナは大人びた美しさがある。
 社交もルーツィエよりベティーナの方が得意で顔も広い。

 だからヤーコブがルーツィエに好意を寄せる理由が全く分からなかった。
 それと同時にベティーナは嫉妬心に支配され、ルーツィエへの憎悪が日に日に増していく。

 夜会ではヤーコブにエスコートされているにも関わらず明らかに嫌そうな表情のルーツィエを見てベティーナは眉を顰める。
(ヤーコブ様にエスコートされておいてその表情は何なの!? わたくしならば喜んでお受けするのに! わたくしが望んでも立てない場所にあんな態度だなんて……!)
 そう思いつつ、何とか淑女の仮面を被るベティーナ。
 
 夜会も中盤に差し掛かり、ようやくヤーコブと合流出来たベティーナ。しかし、ヤーコブは壁の花になっているルーツィエの元へ向かうと言うので、ベティーナもついて行くことにした。
「ルーツィエ、もう一曲踊らないか?」
「疲れていますので、遠慮いたします」
「疲れてるって言うけど、次の曲は激し目だから髪がモジャモジャになるのが嫌だとか?」
 相変わらずヤーコブはルーツィエとの接点を求めるかのようにルーツィエを揶揄からかう。
「ですから、髪のことをそう言うのはやめてくださいと何度も言っていますよね」
 ルーツィエは不満を表に出していた。
「おいおいルーツィエ、そんなことで怒るなって」
 ヤーコブはルーツィエと話せるのが嬉しようでその場を盛り上げたいらしい。
「ルーツィエ嬢、こいつも冗談で言ってるだけですよ」
 ベティーナとヤーコブの共通の友人である令息は困ったようにそう言った。
 だからベティーナもその流れに乗ることにした。
「その通りでございますわ、ルーツィエ様。彼も悪気があるわけではないのですよ。そのように空気を悪くしないでいただきたいですわ」
 普段の恨みを込めて、ルーツィエを悪者に仕立て上げた。

 しかしそんなある日、ルーツィエがやらかしてくれた。
 ヤーコブの婚約者になったルーツィエは何と第三公子クラウスと手を組み、公然の場でヤーコブを陥れた。
 これには流石のベティーナも驚いた。
 普段のルーツィエの様子から、ここまで大それたことをするなど予想していなかったのだ。
(大人しそうでこんな大事おおごと起こさなさそうな子だと思っていたのに……)
 その時は、怒りよりも驚きが優っていたベティーナだった。

 結局、クラウスの父であるライナルト公がやって来て、ヤーコブにはレルヒェンフェルト伯爵家乗っ取りの意思はないことが証明された。
 クラウスは騒ぎを起こしたので廃嫡、そして何とルーツィエはクラウスについて行く選択をしたのだ。
 それを社交界の中心にいる侯爵令嬢が賛美したことで、ルーツィエとクラウスを祝うムードになる。そして、ヤーコブは完全に立場を失ってしまった。

 ベティーナはルーツィエへの怒りも抱いたが、ある意味チャンスではないかと思った。
 ヤーコブが完全にルーツィエに振られたとなると、もしかしたら自分のことを見てくれるのではないかと淡い期待を抱いたベティーナ。
 しかしヤーコブにアプローチする前に、ベティーナに困難が降りかかるなど、予想だにしていなかった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 ある日の夜会にて。
 ベティーナは異変を感じた。
 ヤーコブは参加していないものの、今までベティーナと交流があった者達がベティーナをあからさまに避けるのだ。
 おまけにベティーナに向けられるのは好奇の目や嘲笑。
(どうして? こんなこと一度もなかったのに……)
 ベティーナは完全に戸惑っていた。
 ダンスに誘ってくれる者もおらず、ただ壁の華になるだけ。
 しばらくすると、二人の令息がベティーナの元へやって来る。
「おやおや? 失敗作ヤーコブの友人カプリヴィ嬢ではありませんか」
「ヤーコブと一緒にいたということは、貴女も令嬢の失敗作ですね」
 ニヤニヤと下卑た笑みの令息達。
「貴方達、失礼よ」
 キッとヘーゼルの目を鋭くするベティーナ。
 しかし令息達が怯むことはない。
「嫌だなあ、冗談ですよ」
「そうそう、カプリヴィ嬢達がお好きな冗談」
 令息二人はゲラゲラと笑う。
 ベティーナは悔しそうに顔を真っ赤にする。
「貴女は失敗作ヤーコブと一緒になって、ティルピッツ伯爵家夫人となられたルーツィエ様を揶揄っていたでしょう。ルーツィエ様が嫌がったのにも関わらず冗談だと言って」
「失敗作ヤーコブにも同じことをしたら、あいつは絶望したような表情になったからそれはそれで傑作だったけど」
 相変わらずゲラゲラと笑っている令息二人。
「まあ、ご覧になって。ベティーナ様、なりふり構わず男漁りかしら?」
「流石は失敗作と一緒にルーツィエ様に嫌がらせをしていただけあるわね。品がないわ」
 令嬢達はベティーナを見てクスクスと笑っている。
 誰もベティーナを助けてはくれなかった。

 ルーツィエがクラウスと共に騒ぎを起こした夜会以降、ヤーコブ本人だけでなくヤーコブと交流があるかつルーツィエを揶揄っていたことに加担していた者達も社交界で嘲笑されていた。
 おまけにリヒネットシュタイン公国は娯楽に飢えた国なので、こうしたゴシップを求める貴族が多かったのだ。

 こうして、ヤーコブもベティーナも、社交界に姿を現すことが出来なくなってしまった。もし社交界復帰したいのならばルーツィエに謝ってからだと言われたのだが、肝心のルーツィエがヤーコブ達ともう二度と関わりたくないと拒絶したことで、社交界復帰はほぼ不可能。もうどうしようもなかった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 ある曇りの日、ベティーナは気分転換に街に出たところ、ヤーコブを見かけた。
 彼は生家を追い出されたらしく、かなりやつれている様子だった。
「ヤーコブ様」
 ベティーナは思い切ってヤーコブに話しかける。
「ベティーナ嬢か……」
 ヤーコブは力なく口角を上げる。ペリドットの目には覇気がなかった。
「色々と大変でしたね。その……ルーツィエ様の一件以降、社交界で……」
「ベティーナ嬢も嫌がらせのようなものを受けているんだな……。俺のせいですまない」
「いえ、ヤーコブ様が謝ることでは。それに、ルーツィエ様にも問題がありますわ。ティルピッツ伯爵閣下となられた元第三公子殿下や影響力のある侯爵令嬢達に守られてばかりでわたくし達を拒絶しておりますし。大体、ヤーコブ様と婚約していたのに元第三公子殿下に乗り換えるなんて」
 ベティーナはルーツィエへの不快感を隠そうともしなかった。

 ルーツィエはヤーコブと婚約していたが、ヤーコブの言動が酷いということで同情され、クラウスとの件は許容されたのだ。現在ルーツィエは社交界で真綿に包まれるよう守られながら、新たな髪型を生み出すなど大きく活躍していた。
 ベティーナはそれに対して怒りを感じていた。

「ルーツィエは何も悪くない。悪いのは……ルーツィエへの対応を間違えた俺だ」
 ヤーコブはため息をついて自嘲した。
「ヤーコブ様……」
 ベティーナは何も言えなくなる。
 ヤーコブの中には、まだルーツィエがいるのだ。
「ヤーコブ様、せっかくですし、気分転換しません? 貴族達が来ない隠れ家的なカフェを見つけましたの」
「すまない、ベティーナ嬢。この件は完全に俺が悪い。でも……正直、女性を信じるのが怖くなってるんだ。だから……君のことも……」
 ヤーコブは申し訳なさそうに口ごもる。
 女性不信に陥ってしまったのだ。
「そんな……」
 ベティーナはショックを受け、上手く言葉を紡げなくなった。
「だから、今後俺を見かけても、無視してくれて構わない」
 ヤーコブはそう言い、トボトボとその場を去って行った。
(そんな……ヤーコブ様……)
 ベティーナはその場に立ち尽くしていた。
 ポツリポツリと雨が降り始める。
(わたくしはただ、ヤーコブ様が好きなだけなのに……!)
 悔しさとやるせなさで、ヘーゼルの目から涙が零れる。
(全部……全部ルーツィエ様のせいよ! あの子さえいなければ……!)
 激しい怒りが沸々と湧き上がる。
 しかし、行き場のない怒りは雨に吸い込まれるしかなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

政略でも愛は生まれるのです

瀬織董李
恋愛
渋々参加した夜会で男爵令嬢のミレーナは、高位貴族の令嬢達に囲まれて婚約にケチを付けられた。 令嬢達は知らない。自分が喧嘩を売った相手がどういう立場なのかを。 全三話。

【完結】さようなら、私の初恋

蛇姫
恋愛
天真爛漫で純粋無垢な彼女を愛していると云った貴方 どうか安らかに 【読んでくださって誠に有難うございます】

【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす

春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。 所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが── ある雨の晩に、それが一変する。 ※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。

“妖精なんていない”と笑った王子を捨てた令嬢、幼馴染と婚約する件

大井町 鶴(おおいまち つる)
恋愛
伯爵令嬢アデリナを誕生日嫌いにしたのは、当時恋していたレアンドロ王子。 彼がくれた“妖精のプレゼント”は、少女の心に深い傷を残した。 (ひどいわ……!) それ以来、誕生日は、苦い記憶がよみがえる日となった。 幼馴染のマテオは、そんな彼女を放っておけず、毎年ささやかな贈り物を届け続けている。 心の中ではずっと、アデリナが誕生日を笑って迎えられる日を願って。 そして今、アデリナが見つけたのは──幼い頃に書いた日記。 そこには、祖母から聞いた“妖精の森”の話と、秘密の地図が残されていた。 かつての記憶と、埋もれていた小さな願い。 2人は、妖精の秘密を確かめるため、もう一度“あの場所”へ向かう。 切なさと幸せ、そして、王子へのささやかな反撃も絡めた、癒しのハッピーエンド・ストーリー。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...