軽薄公爵のお気に入り

宝月 蓮

文字の大きさ
1 / 5

ゼーラント伯爵家の姉妹

しおりを挟む
 ドレンダレン王国王都マドレスタムにある、ゼーラント伯爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。
「イリス、よく似合っているわ」
「ありがとうございます、リンデお姉様」
 姉のリンデに褒められて、イリスは思わず頬を赤く染めた。

 今年十五歳になるイリス・パウリーナ・ファン・ゼーラントは、ゼーラント伯爵家の次女として生まれた。
 真っ直ぐ伸びた艶やかなブロンドの髪は編み込まれ、花が咲いたようなハーフアップになっている。
 パチパチと、アメジストのような紫の目を瞬きするイリス。ほんのりと化粧も施してもらい、イリスは少しだけ大人になった気分である。
 そして侍女達に手伝ってもらいながら着替えた、淡いピンクのAラインドレス。

「お姉様、晩餐会、緊張しますわ」
「大丈夫よ、イリス。今回の晩餐会、主催は私の婚約者ニールスの家、つまりラノワ伯爵家なのよ。だからそこまで緊張しなくても大丈夫。ラノワ伯爵家の晩餐会だからこそ、お父様とお母様は私達だけでの参加を認めてくださるのだし」
 リンデはニッと明るい笑みをイリスに向けてくれた。

 リンデ・ヘンドリカ・ファン・ゼーラント。イリスより二つ年上の姉で、ゼーラント伯爵家長女。リンデはゼーラント伯爵家を継ぐ立場にある。
 イリスと同じ、艶やかで真っ直ぐ伸びたブロンドの髪は、シニョンにまとめられている。そして、イリスと同じアメジストのような紫の目。
 イリスとリンデ、同じ親を持つ血の繋がった姉妹だが、顔立ちはあまり似ていない。
 リンデは凛として美しく、大人びた顔立ちだ。おまけにスラリと背も高い。一方イリスは背丈が低くやや幼さが残り、美しいと言うよりも可愛らしいという言葉が似合う顔立ち。
(お姉様みたいに大人っぽい美人になりたかったわ)
 イリスは姉のリンデが少し羨ましかった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 イリスはリンデに連れられ、ラノワ伯爵家の王都の屋敷タウンハウスまでやって来た。
 ゼーラント伯爵家の馬車を降りる時からイリスは少し緊張している。
「リンデお姉様、何か不作法をしてしまったら申し訳ございません」
 イリスはガチガチの状態だった。
「もうイリス、心配し過ぎよ。この前の成人デビュタントの儀できちんと出来たのだから、きっと大丈夫」
 ドレンダレン王国の貴族令嬢は、十五歳になる年に王宮で開催される成人デビュタントの儀に出席して社交界デビューをする。
「イリスはまだ社交界デビューしたばかりだから、ラノワ伯爵家みたいな付き合いのある家の夜会や晩餐会、それからサロンに少しずつ参加して慣れていけば良いのよ。それに、何かあったら私が絶対に守ってあげるわ」
「お姉様……」
 リンデの頼もしい笑みに、イリスはホッと胸を撫で下ろす。
(私、いつもお姉様に守られてばかりね)
 昔から、イリスはゼーラント伯爵家でリンデから守られて生きてきた。
 リンデがいるとホッと安心する反面、いつまでもリンデに頼りきりなのは少しだけ申し訳なく感じるイリスであった。

「リンデ、イリス嬢」
 不意に名前を呼ばれ、イリスは背筋をピンと伸ばす。
 声の主を見たリンデは表情を柔らかくした。
「ニールス」
「ようこそ、我が家の晩餐会へ」
 朗らかな声の男性だ。夜風に彼の栗毛色の癖のない髪がなびいている。ムーンストーンのようなグレーの目は優しげで、柔和な顔立ちである。
 彼はニールス・ファーレンテイン・ファン・ラノワ。今年十八歳になるラノワ伯爵家の三男で、リンデの婚約者だ。
 ニールスはゼーラント伯爵家に婿入りする立場である。
「こちらこそ、お招きありがとう。ニールス」
「ご招待いただきありがとうございます、ニールス卿」
 リンデに続き、少し慌てた様子でお礼を述べるイリスである。
「ああ。さあ、リンデもイリス嬢も、中に入って楽しんで」
 ニールスに言われ、イリスはリンデと共にラノワ伯爵家の王都の屋敷タウンハウスに入るのであった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 晩餐会ではサラダとスープ、そして牛肉を甘酸っぱいソースで煮込んだメイン料理が運ばれて来た。
 イリスはゼーラント伯爵家で家庭教師から習った通りのマナーでメイン料理を食べる。
(美味しい……! 牛肉は柔らかくて、甘酸っぱいソースとよく絡んでいるわ)
 料理の美味しさで、イリスの緊張は少しだけ解れていた。
「そう言えばこの前、ヴィルヘルミナ女王陛下ご懐妊のニュースがありましたわよね」
 晩餐会に来ていた一人の婦人がそう話を切り出した。
「ええ、本当にめでたいことですわ。それに、ヴィルヘルミナ女王陛下達が革命を起こして、今までこのドレンダレン王国を支配していたベンティンク悪徳王家を処刑してくれたから、国が穏やかになりましたわ」
 また別の婦人がそう口にする。
(ベンティンク悪徳王家……)
 イリスは食べながら婦人達の話に耳を傾ける。
「革命が起こったのは一年程前でしたね。あの時、このドレンダレン王国の正当な王家の血を引くヴィルヘルミナ女王陛下の存在が分かり、どれだけ皆安堵したことか」
(そうよね。去年までドレンダレン王国は、ベンティンク悪徳王家が支配していた。厳しい言論統制、ベンティンク家に逆らう者達は非人道的な拷問を受けた末、処刑。淀んだ国だったわ)
 イリスは表情を曇らせる。
「そう言えば、ラノワ伯爵家とゼーラント伯爵家の方々は、革命推進派として活躍なさったとか?」
「あ……」
 突然家の話を振られ、イリスはピクリと肩を震わせた。
「ええ、父と母は元々ベンティンク家のやり方に反対しておりましたので」
 リンデは何てことないかのようにスラスラと答えている。
「僕の両親もです。それに、リンデのゼーラント伯爵家とはその件で前から協力体制を結んでいましたから」
 リンデの隣に座るニールスもそう答えた。
 二人は顔を見合わせて微笑んでいた。
(私もお姉様みたいに話を振られてすぐに答えられるようになりたいわ)
 イリスは少し恥ずかしくなりながら肩をすくめていた。

 その時、デザートのアップルタルトが運ばれて来た。

(それにしても……)
 イリスは周囲を見渡す。
 晩餐会に参加している者達は、誰もが明るい表情をしていた。
(去年まではこんな風になるなんて、誰も思わなかったでしょうね。まだベンティンク悪徳王家に支配されていた時期だったから。それに、ヴィルヘルミナ女王陛下がまさかドレンダレン王国の正当な王家……ナッサウ王家のお方だなんて思わなかったわ。生まれてすぐ秘密裏にエフモント公爵家に逃がされていたと聞いたけれど)
 イリスが生まれた時、ドレンダレン王国は既にベンティンク家によるクーデターで国が乗っ取られている状態だった。
 各地に秘密警察が配置され、自分たちの会話が誰に聞かれているか分からない状況。少しでもベンティンク家に逆らえば、拷問の末に処刑されてしまう。処刑ではなくとも、国中あちこちで誰かが殺されていることが日常茶飯事だった。
 そんな状況だったので、革命によりドレンダレン王国を取り戻そうとしていたイリスの両親は当然ながら死と隣り合わせだったのだ。
 自分達がベンティンク家に処刑されても、イリスとリンデだけは守る手段も立てていたらしい。

 イリスはチラリとリンデの方に目を向ける。
 リンデはニールスと談笑していたが、イリスの視線に気付き、ニコリと微笑んでくれる。
「イリス、どうかしたの?」
「あ、いえ、お姉様」
 イリスは少し慌ててアップルタルトを食べる。
 りんごの甘酸っぱさとシナモンの香りが口の中に広がった。
(リンデお姉様は、お父様とお母様にもしものことがあった場合も考えて私を守ろうとしてくれているのよね)
 イリスはアップルタルトをもう一口食べる。
(でも、いずれ私はゼーラント伯爵家を出てどこかに嫁がなければならない身。いつまでもリンデお姉様に守ってもらうのではなく、自分の身は自分で守らないと。しっかりしないといけないわね)
 テーブルの下で拳を握り、そう決意するイリスだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫が勇者に選ばれました

プラネットプラント
恋愛
勇者に選ばれた夫は「必ず帰って来る」と言って、戻ってこない。風の噂では、王女様と結婚するらしい。そして、私は殺される。 ※なろうでも投稿しています。

政略結婚した夫に殺される夢を見た翌日、裏庭に深い穴が掘られていました

伊織
恋愛
夫に殺される夢を見た。 冷え切った青い瞳で見下ろされ、血に染まった寝室で命を奪われる――あまりにも生々しい悪夢。 夢から覚めたセレナは、政略結婚した騎士団長の夫・ルシアンとの冷えた関係を改めて実感する。 彼は宝石ばかり買う妻を快く思っておらず、セレナもまた、愛のない結婚に期待などしていなかった。 だがその日、夢の中で自分が埋められていたはずの屋敷の裏庭で、 「深い穴を掘るために用意されたようなスコップ」を目にしてしまう。 これは、ただの悪夢なのか。 それとも――現実に起こる未来の予兆なのか。 闇魔法を受け継ぐ公爵令嬢と、彼女を疎む騎士団長。 不穏な夢から始まる、夫婦の物語。 男女の恋愛小説に挑戦しています。 楽しんでいただけたら嬉しいです。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

禁断の関係かもしれないが、それが?

しゃーりん
恋愛
王太子カインロットにはラフィティという婚約者がいる。 公爵令嬢であるラフィティは可愛くて人気もあるのだが少し頭が悪く、カインロットはこのままラフィティと結婚していいものか、悩んでいた。 そんな時、ラフィティが自分の代わりに王太子妃の仕事をしてくれる人として連れて来たのが伯爵令嬢マリージュ。 カインロットはマリージュが自分の異母妹かもしれない令嬢だということを思い出す。 しかも初恋の女の子でもあり、マリージュを手に入れたいと思ったカインロットは自分の欲望のためにラフィティの頼みを受け入れる。 兄妹かもしれないが子供を生ませなければ問題ないだろう?というお話です。

処理中です...