軽薄公爵のお気に入り

宝月 蓮

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若き軽薄公爵

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 晩餐会に来ていた者達は全てのメニューを食べ終わり、自由時間となる。
 イリスはリンデと共にラノワ伯爵夫妻や関わりのある家の者達に挨拶をした後、自由に交流することにした。

「そう言えば、イリス様はご存知でして? 軽薄公爵のこと?」
「軽薄公爵……ですか?」
 年が近い令嬢に話を振られ、イリスはきょとんと首を傾げる。
 聞きなれない言葉であった。恐らく誰かの二つ名のようなものなのだろうと予想するイリスだ。
「ええ、そうですわ。未婚の若い令嬢から未亡人とまで浮き名を流すルーヴェン公爵閣下ですの」
「十七歳の若き公爵ですわ」
「まあ、リンデお姉様と同い年ですわ……! その年でもう公爵家のご当主だなんて……!」
 イリスはアメジストの目を見開き、驚いていた。
「イリス様は確かまだご婚約者はいらっしゃらないのですよね?」
 令嬢に聞かれ、イリスは「ええ」と頷く。
「でしたらお気を付けくださいね。軽薄公爵は婚約者のいない令嬢ならば手を出すと噂がありますの」
「実はその軽薄公爵、この晩餐会にもいらしてますのよ。わたくし先程軽薄公爵が未亡人であられるスティルム伯爵夫人や、まだ婚約者がいらっしゃらないティール子爵家のファムケ様と口付けを交わしているところを見てしまいましたの」
 令嬢達は話題に上がっている軽薄公爵を非難するかのように顔をしかめている。
「口付け……!」
 イリスはその言葉に頬をりんごのように真っ赤にした。
「スティルム伯爵夫人はともかく、ファムケ様はこの先どうなるのでしょう?」
「軽薄公爵と口付けを交わしたとなると、縁談は見込めませんわね」
「ファムケ様はティール子爵家の六番目の子、末娘だから別にどこかに嫁ぐ必要はないと聞いておりますわ。だから軽薄公爵と口付けをしたのかもしれませんわね」
「まあ……!」
 令嬢達の口から飛び出る噂話に、イリスは相変わらず頬をりんごのように真っ赤に染めたままである。
「それに軽薄公爵は令嬢の純潔を散らして楽しんでいるという噂もありますわ。独身時代に楽しんでおこうという魂胆かしら?」
「そんな……!」
 イリスは令嬢達の噂話を聞き、肩をピクリと震わせた。
(ルーヴェン公爵閣下……軽薄で……純潔を散らす……。少し怖いわね。他の方の話によると、結婚はしていないみたいだし……)
 イリスは真っ赤な顔から一変して青ざめていた。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 しばらく令嬢達と会話をした後、イリスはラノワ伯爵家の王都の屋敷タウンハウスのバルコニーに出て、夜風に当たっていた。
 アメジストの目に映る月は、柔らかな光を放っている。
 バルコニーから見えるラノワ伯爵家の王都の屋敷タウンハウスにある庭園の色とりどりの花々は、柔らかな月の光に照らされていた。
 ふわりと吹く春の夜風は、ほんのりと冷たさを含んでいる。イリスは夜風に少しだけ身震いをした。
 そして庭園の花々に目を向けると、色とりどりの花々は夜風でゆっくりと揺れていた。イリスのブロンドの髪もなびいている。

「そういったことは結構ですから」
「ええ? つれないなあ」
 近くで話し声が聞こえ、イリスはピクリと肩を震わせた。
 声の方向に目を向けると、バルコニーの入り口付近に男女の姿が見えた。
 男性は女性を引き寄せ、グッと顔を近付ける。
「というか君の目の色……とても綺麗なエメラルドだ。俺と同じだね」
「離してください! しつこいです!」
 女性は怒りを露わにし、男性を振り払いスタスタとその場を後にするのであった。
(あんな風に女性に言い寄る男性もいるのね……)
 一連の様子を見ていたイリスの表情は引きつっていた。
(社交界、何だか怖いわ)
 イリスがそう思った矢先、先程女性に言い寄っていた男性と目が合ってしまった。
 男性のエメラルドのような緑の目は、しっかりとイリスを捉えていたようだ。
 柔らかな癖のある赤毛に、整った甘い顔立ちである。
 男性は一瞬だけエメラルドの目を見開き、その後甘い笑みを浮かべてイリスの方へ向かって来る。
(どうしよう……。こちらに来るわ)
 イリスの表情は引きつったままである。
「こんばんは、良い夜だね。さっきは恥ずかしいところを見られてしまったね」
 少しも恥ずかしいとは思っていないような口ぶりの男性だ。
(えっと……)
 イリスは男性に話しかけられて戸惑っていた。
「俺はヤン。ヤン・クラース・ファン・ルーヴェンだ」
 男性――ヤンは甘いマスクをまとい、イリスを見つめている。
(ルーヴェン……!? まさか先程話題に上がった軽薄公爵のことなの……!?)
 イリスはピクリと肩を震わせた。
「君の名前を教えてくれるかな? 可愛らしい天使さん」
 甘くとろけるような笑みのヤン。確かにこの笑みに惚れてしまう人はいそうである。
 しかし、そのエメラルドの目の奥には、寂しさと影、そして何かを恐れているように感じたイリス。
(どうして……このお方はそんな目をしているのかしら……?)
 イリスは思わずヤンから目を離せなくなっていた。
「どうしたんだい? もしかして俺に見惚れてる?」
 ニヤリと笑うヤン。
「えっと……」
 イリスは思わず後ずさりをする。
(このお方は軽薄公爵のはず……。でも、公爵閣下だから名乗らないのは失礼になるわよね。だけど、私カーテシーも何もしていないわ。このまま名乗っても良いのかしら?)
 戸惑いを隠せないイリスである。
 どうしたら良いのか分からず、頭がパンクしそうだ。

「ルーヴェン公爵閣下! その子から離れてください!」
 その時、凛としていて聞き馴染んだ声がバルコニーに響いた。
「リンデお姉様……!」
 リンデの声に、イリスは少しだけホッと胸を撫で下ろした。
 イリスのその表情には安堵が見える。
 リンデはイリスの元へ駆け寄って来た。
「イリス、大丈夫? 何かされていない?」
 イリスをヤンから引き離し、庇うように立つリンデ。彼女のアメジストの目は、ヤンに対する敵愾心が含まれていた。
「えっと、大丈夫です、お姉様。ありがとうございます。……お姉様はルーヴェン公爵閣下とお知り合いなのですか?」
「いいえ。でも、噂は聞いているわ。色々と不誠実だとね」
 イリスに説明しながら、リンデはキッとヤンを睨んでいた。
「やれやれ、随分なご挨拶だね」
 ヤンは困ったように苦笑している。
「私の妹にまで手を出そうとする貴方にする挨拶なんてありませんから」
 ピシッとリンデはそう言い放った。
「イリス、行きましょう。ここは危険だわ」
 イリスはリンデに手を引かれ、バルコニーから離れるのであった。
(あのお方が軽薄公爵……。確かに軽薄そうなお方だったけど……)
 イリスはヤンのエメラルドの目の奥に感じた寂しさや影、そして何かを恐れているような感じを思い出した。
(どうしてあんな目をしているのかしら?)
 イリスは少しだけヤンのことが気になったのであった。
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