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オルデンブルク公爵家での生活

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(緊張しますわね……)
 ローザリンデは深呼吸をした。
 この日はローザリンデとルートヴィヒの結婚式当日である。
「姉上、本当にオルデンブルク公爵家に嫁がれてしまうのですね」
 寂しげな笑みを浮かべるイグナーツ。
 現在部屋には純白のウェディングドレスを着たローザリンデの他に、イグナーツ、エーデルトラウト、ランプレヒトがいた。両親やユリウス、ティアナ、シルヴィア、クラリッサは少し前までいたが、それぞれ用事があり現在は部屋にいない。またすぐに戻るみたいだが。
「イグナーツ、会えなくなるわけではございませんわ。お手紙も書きますし」
 ローザリンデは柔らかく微笑む。
「本当ですか!?」
 パアッとイグナーツの表情が明るくなる。
「ええ」
「絶対にですよ! 約束です!」
「兄上、煩いです。絵に集中出来ません」
 迷惑そうな表情のランプレヒト。ローザリンデと同じストロベリーブロンドの髪にアンバーの目で、やはり鼻から頬周りにはそばかすがある。顔立ちはどちらかというとエマ似だ。ランプレヒトはウェディングドレス姿のローザリンデの絵を描いていた。
「ラミーはこんな時にも絵を描くのか」
 そう苦笑するのはエーデルトラウト。髪色と目の色、そしてそばかすもローザリンデと同じである。彼は目元はパトリック似、鼻と口元はエマ似だ。
「写真もありますが、折角ですし絵にもしておきたいのですよ」
 少しムスッとするランプレヒト。
「ありがとうございます、ラミー。わたくしは貴方の絵がとても好きですわ」
 ローザリンデは嬉しそうにアンバーの目を細めた。
「本当に、ランプレヒトは絵の才能があるね。姉上がそこにいるみたいだ」
 イグナーツはフッと笑う。
「僕も姉上の結婚式までに作曲を間に合わせたかったんですけどね」
 エーデルトラウトは残念そうな表情だ。
「またエディが作った曲を聴かせてくださいね」
 ローザリンデはふふっと微笑んだ。
「はい!」
 エーデルトラウトは元気よく頷く。
 ローザリンデは弟達と少し話したことにより、緊張がほぐれていた。





ーーーーーーーーーーーーーー





 慌ただしくはあったが、つつがなく結婚式を終えたローザリンデ。
(……少し疲れましたわ)
 ローザリンデはふうっと息をつき、寝室のベッドにちょこんと座っていた。
 オルデンブルク公爵家で用意された、真っ白でふわふわと肌触りがいいネグリジェ。入浴時にはオルデンブルク家の侍女達から肌を磨き上げられた。そして香油まで塗られ、ローザリンデは甘くエキゾチックで官能的なイランイランの香りを纏っている。また、髪の手入れもされたので、ストロベリーブロンドの髪は艶やかであった。
『これで若旦那様は更に若奥様に夢中になることでしょう』
 オルデンブルク家の侍女達はワクワクし、張り切った様子でローザリンデを磨き上げていた。
(わたくしはお飾りの妻でございますのに……。でも、オルデンブルク家の使用人の方々は全く悪意がない様子でしたし……)
 うーん、とローザリンデは不思議そうに首を傾げる。
(一応新婚初夜ではございますが、オルデンブルク卿……旦那様とお呼びした方がいいのでしょうか? 旦那様はエーベルシュタイン女男爵閣下を愛していらっしゃるし、わたくしとの初夜は必要なのでしょうか? ねや教育は受けておりますが……実際にとなると少し怖いですわね)
 ローザリンデは軽くため息をついた。
 その時、扉がノックされ、ガチャリと開く。
「あ……」
 ルートヴィヒはローザリンデの姿を見るなり、タンザナイトの目を零れ落ちそうなくらい見開く。顔はりんごのように真っ赤に染まり、まるで酸素が足りていない水槽内の魚のように口をパクパクとさせ絶句していた。
(まさかいらっしゃるとは思いませんでした)
 ローザリンデは予想外だったので驚いていた。しかし、ルートヴィヒは恐る恐る後退りをする。
「む、無理だ……俺には無理だ!」
 そのままルートヴィヒはバタンと扉を閉めて出て行くのであった。
(拒絶されてしまいましたわ……。やはり愛していない女性を抱くことは出来ないということでございますのね)
 ローザリンデの方もまだ覚悟が出来ていなかったので、少しホッとしていた。
(白い結婚でもいいではありませんか。オルデンブルク公爵家との繋がりは有益ですし)
 そう自分に言い聞かせるが、ローザリンデはほんの少し寂しさを感じるのであった。






ーーーーーーーーーーーーーー





 翌朝、ローザリンデがゆっくりと目を開けると、見慣れない天井が目に入る。
(そうですわ、ここはオルデンブルク公爵城でしたわね)
 ランツベルク家にいた頃よりも早く目を覚ましたローザリンデだ。
 もうこの年の社交シーズンに入っているが、ローザリンデとルートヴィヒはまだオルデンブルク公爵領にいた。ランツベルク辺境伯領とは違い、王都ネルビルからは近いので他家の王都の屋敷タウンハウスや王宮で開催される夜会には日帰りで参加が可能である。ちなみに、ルートヴィヒの両親であるオルデンブルク公爵と公爵夫人は王都の屋敷タウンハウスにいる。
 その時、扉がノックされた。
 ローザリンデが「どうぞ」と言うと、オルデンブルク家の侍女が入って来る。
「おはようございます、若奥様。あら……? 若旦那様はどちらに?」
 侍女は怪訝そうな表情である。
「分かりませんわ」
 ローザリンデはほんのり寂しそうな笑みだ。
(オルデンブルク卿……旦那様とお呼びしていいのかは分からないけれど、彼はわたくしの顔も見たくないのでございますわね)
 昨晩拒絶されたことを思い出したローザリンデ。
「まさか……若旦那様は昨晩からいらしてないのでしょうか?」
「そうなりますわね」
 ローザリンデは何も感じていないように柔らかく微笑む。
「そんな……! まさか若旦那様がここまでヘタレだったとは……!」
 侍女は絶句していた。後半のルートヴィヒに対する失礼な言葉は誰にも聞こえない程の小さな声だったが。
「改めまして、若奥様の身の回りのお世話を担当いたします、ヨランデと申します。何かございましたら遠慮なく私にお申し付けください。もちろん、若旦那様に関する不満や愚痴もお聞きいたします!」
 ヨランデは最後の方は前のめりになっていた。ローザリンデは少し後ずさる。
「あ、ありがとうございます、ヨランデ。オルデンブルク公爵家の方々は使用人も含めてよくしていただいておりますから、大丈夫でございますわ」
 その後、ローザリンデはヨランデにより身支度をされて朝食を済ます。その後はオルデンブルク公爵家の家政をこなすローザリンデ。
「若奥様、もう奥様に匹敵する出来でございます!」
「我々使用人のことまで考えていただけるとは……!」
 オルデンブルク公爵家の使用人達はローザリンデの仕事ぶりに感動していた。
(これなら、家政の方は安心して出来ますわ)
 緊張していたが、使用人達の反応により少し自信がついたローザリンデだ。
 そして自室に戻る。お飾りの妻だから待遇には期待出来ないことも覚悟していたが、ローザリンデの為に用意された部屋はとても広く、上質な家具が揃えられていた。
 その時、ローザリンデはテーブルの上にブーケが置かれていることに気付く。
(朝見たときにはございませんでしたわ)
 ローザリンデは不思議に思い、ブーケを手に取る。白い薔薇と鈴蘭の可愛らしいブーケだ。メッセージカードも付いていた。ルートヴィヒからである。
『これを君に』
 シンプルにそれだけ書かれていた。
(昨夜のお詫びでございましょうか……?)
 ローザリンデは不思議そうに首を傾げていた。
 その時、扉の向こう側から音が聞こえた。ローザリンデは気になって扉を開けると、そこにいたのはルートヴィヒ。
「あ……」
 ルートヴィヒはタンザナイトの目を泳がせて挙動不審である。
「そ、それはっ!」
 ルートヴィヒはローザリンデがブーケを持っていることに気付く。
「あの、旦那様」
 ローザリンデは恐る恐るルートヴィヒに呼びかける。
「っ! 旦那様……だと!?」
 ルートヴィヒはタンザナイトの目を見開いていた。
「申し訳ございません、そうお呼びしない方がよろしかったでしょうか?」
 ローザリンデのアンバーの目は少し不安そうである。
「いや……君の好きに呼べばいい。それよりそのブーケ……」
「ええ。旦那様、素敵なブーケをありがとうございます。ですが、昨夜のことは気にしておりませんので、どうかお構いなく」
 ローザリンデは柔らかに微笑む。
「そ、そういうわけにはいかない」
 ルートヴィヒは頬をりんごのように赤く染め、そのまま立ち去った。
(……どういうことでしょう?)
 ローザリンデの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
 その日以降、寝室を共にすることはないが、毎日ローザリンデの自室のテーブルにルートヴィヒからプレゼントが置かれていた。ある時はお菓子、ある時はアクセサリー、そして更には『既製品で申し訳ない。いずれ仕立て屋を呼んで君専用のドレスを作らせる』とメッセージ付きでドレスまで用意されていることもあった。
(旦那様……一体どういうおつもりなのでしょう?)
 ルートヴィヒの意図が全く読めないローザリンデであった。
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