上 下
17 / 46

7ー3

しおりを挟む
 フィリップへの怒りを収めてから少し離れた天幕に入っていくと、フィリップはすでに机に地図を広げ、なにやら考え込んでいるようだった。黙っていれば王族の風格漂うその容姿に内心溜め息を吐きながら、机に近づいて行く。その側にはベルガー辺境伯も一緒だった。細身の長身であるベルガーはとても辺境伯の任に就いているようには見えない容姿だったが、私兵のみでグロースアーマイゼ国の侵攻を食い止めていた所を見る限りでは出来る男なのだと思えた。短い髪に詰め襟のシャツ、細身の革のパンツがよく似合っている。額から眉にかけてある古い傷が、この華奢な男が辺境伯なのだと唯一思わせる戦闘の痕だった。

「アル君、確か君の妻はモンフォール家のご令嬢だったよね。何かモンフォール領について聞いた事はないかな」
「……特には。何かお気づきになられたのですか?」

 共に地図を覗き込むと、そこにはジュブワ王国の詳細が記載されている。よく目にする物よりもより細かく色分けや点線が入っている箇所もある。その中で一際大きな領地に目をやった。
ーーモンフォール領。
 緑色で縁取られた広い領地。他にも赤や青、黄色に白など、領地毎に色分けされているが、モンフォール家の領地はその中でも群を抜いて広かった。しかし昨年の災害ではそれが仇になったとも言える。モンフォール家、その家の歴史は古い。本来なら裕福であったはずの伯爵家だが、その広さ・人口の多さゆえ、災害で被った被害を取り戻すのは安易ではなく、領民全ての食料を確保するのはモンフォール家だけでは不可能だった。国王の命によって国庫が開かれ、その担保として本来価値のなくなってしまった広大な領地を差し出したも同然の処置に、他の貴族からはモンフォール家は早々に領地と領民を切り捨てたと酷い噂が王都に流れていた。
 フィリップはトントンと指で緑で縁取られた領地を指差した。

「モンフォール家の土地はね、遥か昔は黄金の大地と呼ばれていたんだよ」
「黄金の大地、ですか?」
「まあ聞いた事がないのも無理はないよね。王族にしか伝わっていない事も多いから。でもまさにそうだろう? あの土地で出来る作物の事を言えばそれも納得だろう」
「確かに、あの土地で作られる食べ物は全て価値のある出来でしたからね。一時は莫大な財産を築いたとも聞いております」
「あの土地には様々な噂が流れているんだよ。本当に地下に財宝が眠っているとか、鉱脈があるとか、それこそ作物がよく育つ土の事を指しているとか、ね」
「しかしそれがグロースアーマイゼ国が攻め入る理由になるでしょうか。それこそ戦争になれば大地そのものが駄目になってしまいます。そもそも、もう昨年の大洪水でかなり大きな損害を受けているのですから、攻め入ってまで手に入れるような重要な土地ではないように思いますが……」

 フィリップはベルガー辺境伯をちらりと見てから頷いた。

「……これはもしかしたら緊急事態かもしれないな。これからモンフォール領に向けて進軍する。陛下には早馬を出してくれ」
「フィリップ様、一体何がお分かりになったのですか」
「大洪水だよ。あの災害で地表の大部分が流され削り取られたはずだよね。災害の事はグロースアーマイゼ国の耳にも入っているだろうから、もし噂が本当なら……モンフォール領の下には」
「フィリップ様?」

 アルベルトは不安を乗せて口を開いた。しかしフィリップは硬く口を閉ざすと地図を巻き取ってしまった。

「ベルガー辺境伯、ここからモンフォール領まではどのくらいだろうか」
「ここからですと、六日で領地には入れます。しかしあそこは広い土地なので、中心部には更に一日から一日半は掛かるでしょうね」
「それなら先に偵察部隊を出そうか。引き続きベルガー辺境伯にはこのままこの地を守って欲しい。奴らが戻って来ないとも限らないからね。そして近隣の巡回も忘れないように」
「かしこましました」
「アル君は新婚だったよね。奥さんに手紙でも書いておく? 家にはしばらく戻れなくなるかもしれないよ」

 冗談めいた口振りにアルベルトは眉根を寄せた。

「構いません。知らせるような事は互いにありませんから」
「そうなんだ? それならいいんだけど。アル君を連れ回していると奥さんに恨まれたくないしね」

 アルベルトは曖昧な返事をしながらフィリップに付き従い天幕を出ていった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

元社畜の付与調律師はヌクモリが欲しい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:241pt お気に入り:139

【完結】勇者のハーレム要員など辞退します

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,491pt お気に入り:2,440

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:9,272pt お気に入り:3,022

公爵様と行き遅れ~婚期を逃した令嬢が幸せになるまで~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:3,116pt お気に入り:26

男ふたなりな嫁は二人の夫に愛されています

BL / 連載中 24h.ポイント:2,002pt お気に入り:137

鏡の中の君へ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:668pt お気に入り:0

処理中です...