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20 結婚が全てではないのです
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久しぶりのベルトラン家は、モンフォールの屋敷に比べると、とても静かだった。使用人達は息を殺しているのか気配がない。それでいて寝室は綺麗に整えられていた。
この部屋に入るのは、これで二度目。一度目は初夜の時だった。アルベルトもじっとベッドを見つめたまま立ち尽くしている。そして遠慮がちに扉を閉めた。
「別にこの部屋でなくともいいんだぞ」
「何故ですか? 私がこの部屋がいいと言ったんです」
一度目とは違い、今日は二人一緒に入ったからか、緊張感が増して手足は冷え切っていた。
「でも、ここには良い思い出はないだろう? 私もカティも。出来る事ならあの夜を取り消したいとずっと思っていたんだ」
カトリーヌは愛称呼びをしてくれるまでになったアルベルトの手を引きながらベッドの縁に腰掛けた。及び腰になっているのはむしろアルベルトの方なのかもしれない。カトリーヌは大きな手をそっと両手で掴むと、自分の頬に持っていった。
「私はあの夜を取り消したいと思った事はありません。だって、あの夜にフェリックスを授かったのですから」
するとアルベルトは痛むように顔を歪めた。
「そういう意味ではなく……」
「分かっております。色々な事がありましたが、その全てがあるから、今こうして幸せだと感じる事が出来るのだと思っています」
「カティは今幸せか?」
「もちろんですよ。アルベルト様はそうではないのですか?」
拗ねて見せると、アルベルトは慌てたように抱き締めてきた。
「そんな事はない! 私はずっと幸せだと思っていた。カティとフェリックス、それに沢山の家族がいて、本当に幸せなんだ。申し訳ないくらいに」
「誰に申し訳ないんです?」
「強いて言うなら、モンフォール領で犠牲になった者達や戦争で死んでいった者達にだろうか。王族や貴族の争いに巻き込まれた名も知らない者達を思うと、無性に苦しくなる時がある」
カトリーヌはそっと腕を回すと、広い背中を抱き締め返した。
「幸せになる事が申し訳ないと思っておられるのですね」
返事はないが、大きな背中は震えていた。
「私は忘れない事が大事だと思うのです。失った命の分、私達が生きている限り努力をしてきましょう。でも幸せになる事を拒まないでください。アルベルト・ベルトランという人だけが私とフェリックスを幸せに出来るのですから」
「誓おう。カトリーヌとフェリックスを幸せにするよ。そして生きている限り、出来る限りの事をすると」
アルベルトは不意に腕の力を緩めると、カトリーヌの首筋に顔を埋めた。息が掛かって恥ずかしくなってしまう。するとアルベルトはそこで深呼吸をしたようだった。
「この香り、また使っているんだな」
「以前残していった物は使用期限が過ぎているとかで処分されてしまっていて、ルドルフが用意していてくれたんです」
「そういう所まで細かいからな。でも今回は良い仕事をしてくれた。この香りはカティに良く似合っている」
そう言ってもう一度深呼吸してくる。しかし今度は不意に熱い舌で舐められてしまった。
「ふ、ン」
口から出てしまった声に思わず口元を押さえると、アルベルトはその手を掴んできた。
「そういう声も私は聞いた事がなかったんだ。今日は沢山聞かせてほしい。今日だけじゃなく、これからもずっと……」
返事をする間もなく口づけが降ってくる。カトリーヌは受け止めるのが精一杯で、息を吸うものやっとだった。ようやく唇が離れた頃には、息が乱れ、いつの間にかベッドに押し倒されていた。
「あの、灯りは?」
「消したくない。出来ればこのままがいいんだが、嫌か?」
灯りは割と多く置かれており、蝋燭の橙色の灯りに照らされたアルベルトは、目を背けたくなるほどの色気を纏っていた。脱ぎ捨てられたガウンを視線を追っていると、するりと肩からガウンが落とされる。顕になった胸をとっさに押さえると、アルベルトはその上から何度も口づけをしてきた。腕の上から押されるような刺激に段々ともどかしさが募っていく。ふっと力が抜けた瞬間、アルベルトによって両手はシーツに縫い留められてしまった。羞恥と期待で心臓が暴れていると、アルベルトは顕になった頂きに吸い付いてきた。何度も何度も丁寧に愛撫され、腰を、脇腹を、腿を撫でられていると、自然と腰が揺れて初めてしまう。
「やめ、アルベルト、さまぁ!」
ちゅぽんと音を立ててようやく胸から離れたアルベルトは、嬉しそうに顔を上げると軽い口づけするなり、下がっていってしまう。少し硬い髪の毛がお腹に触れ、そして両膝を抱えられると、熱くてぬめりのあるものが秘部に押し当てられた。
「ッは、そこはやめて、アルベルト様」
必死で頭を離そうとするのに、ぎっちりと押さえられた足は動かす事が出来なく、動けば動く程にまるでアルベルトに敏感な部分を押し付けているみたいになってしまっている。突然湧き上がった感覚に抵抗する間もなく、絶頂を迎えてしまったカトリーヌは、恥ずかしさのあまり両腕で顔を隠した。
「もうやめて欲しい? カティの嫌がる事はしたくない。私はもう十分に幸せだから今日はここまででもいいが?」
するとカトリーヌは顔を真赤にしたまま、首を振った。
「そんなの駄目です! ちゃんと、アルベルト様と一つに、なりたいんです……」
最後の方は消え入りそうな声になってしまった。それでもアルベルトは嬉しそうに返事をすると、上に覆い被さってきた。
「カティ、私を見て」
そう言われて腕を外すと、目の前にアルベルトの顔があった。それと同時に秘部に熱くて質量のある物が押し当てられてくる。思わず息を止めると、アルベルトは深い口付けをしてきた。夢中になっている間に、それはどんどん中に入り、これでもかと押し広げてくる。カトリーヌは圧迫感で喉を鳴らすと、アルベルトは苦しそうに謝ってきた。
「すまない、痛むだろうか? 少しだけ我慢できるか? それとも、もう……」
とっさにアルベルトの身体にしがみついて、自らも腰を押し付けた。本当は怖い。これが奥まで届いたらと思うと、抜いてと叫んでしまいそうだった。それでもアルベルトの辛そうな顔は見ていたくなくて、必死で首にしがみついた。そして何より、愛する者に抱かれたいという女の本能が心とお腹の奥に燻っているようにも思えた。
「ああ、カティ! 愛している!」
一気に推し進められたアルベルトの物が最奥に到達した瞬間、カトリーヌは一瞬火花が散ったように頭が真っ白になった。その後は夢中だった。何度も求めてくるアルベルトを受け入れながら、カトリーヌが眠りについたのは、明け方近くだった。
不意に頭を撫でられる感覚に目が覚めると、目の前にはアルベルトの顔があった。横になったままこちらを見ていたアルベルトは、少し恥ずかしそうに笑っていた。
「起こしてしまったかな。愛らしくてつい……」
そう言うと、額に口づけをされる。そしてまた頭を撫でられた。
「眠らなかったのですか?」
「もったいなくてな」
「これから沢山見られますよ」
「そうだけど、愛しくて目が冴えてしまっているようだ」
気持ちを認めてからのアルベルトの愛情には際限がなかった。フェリックスも元々自分の気に入った人や物には執着するくせがあるようで、アルベルトを見ているとフェリックスの性格はアルベルト譲りなのかと納得してしまうのだった。
「なぜ笑うんだ?」
「フェリックスと似ていると思いまして」
「私が? フェリックスと? 確かに髪は私似だが、顔はむしろカティにだろう?」
「容姿のお話ではなく、性格の事です」
アルベルトはピンときていないようで、考え込んでいた。
「一つ気になっていた事があるんだが、聞いてもいいだろうか」
「今更遠慮しないでください」
「……私がベルガー領へ遠征に行っている時、手紙をやり取りしていたが、ある日を堺にルドルフの筆跡になったようだが、あれはどんな意味があったんだろうかと、ずっと気になっていたんだ」
カトリーヌは不意に視線を外して目を閉じた。
「あれは、アルベルト様からのお手紙がそうだったからです」
「私からの手紙が?」
「いつかを堺に、アルベルト様ではない筆跡に変わっていたようでしたので、私もそうしてしまいました」
今思えばなんて小さな抵抗だったのかと思う。それでもあの時は少しでも同じ事をし返す事で、小さい矜持を保ちたかったのかもしれない。
「あぁ、あれは確かに私の字ではなかったな。あの時は剣を握り過ぎていたせいか、ペンを持つと震えてしまって上手く字を書く事が出来なかったんだ」
「怪我をされていたのですか?」
とっさに腕に触れるとおかしそうに笑った。
「そうではなくて、いや、小さい怪我は毎日していたが、剣を持ってから細いペンに持ち帰ると、どうしても筋肉が痙攣してしまって、職業病ってやつかもしれないな。今はもちろん問題ないから心配しないでくれ」
「そんな、それなのに私ったら……」
「でも理由が分かって良かったよ。それも含めて私が伝えれば良かったんだ。すまない事をしたな」
カトリーヌはアルベルトにしがみついていた。
「謝らないで下さい! 私が悪いんです! アルベルト様に嫌われていると思い、勝手にそうしてしまったんですから」
「私達は沢山のすれ違いをしてきてしまったようだな。これからは何でも話し合っていこう」
「はい、アルベルト様。愛しております」
「私もだ。愛しているよ、カティ」
強く抱き締められて、カティは再び幸せな眠りの中に入っていった。
モンフォール領を馬で駆け抜けていく姿に、竪穴から出てきた騎士達は驚きながらその背中を追っていた。
「あれってカトリーヌ様だろう? お一人でいいんだろうか」
その後に続いて出てきたカールは驚いている騎士達に笑いながら言った。
「あれではアルベルト様もお大変ですね」
言葉とは裏腹に嬉しそうなカールは、地下空間の最終確認をしてようやく国民へのお披露目の準備が整った事に安堵の息を吐いていた。
「カール! 間もなく陛下が領地入りされるから屋敷に戻るようにって旦那様がお呼びよ」
男の使用人の後ろに乗ってきたエルザを見るなり、カールはぴくりと眉を動かした。
「わざわざエルザまで来たのか? 一人で良かったんじゃないか?」
すると馬に乗っていた使用人は困ったように後ろを見た。
「男の嫉妬はみっともないですよね」
「「嫉妬?!」」
二人同時に声が重なる。そして互いに顔を真赤にするとそっぽを向いてしまった。
あのグロースアーマイゼ国との一騒動があってから半年後、アルベルトの帰還を待って国王陛下は王位を退き、フィリップが国王になって一年が過ぎようとしていた。
エルザはカールの馬の後ろに乗り直すと、いつの間にか並走してきたカトリーヌに手を振った。
「お嬢様! お早く戻られないと、陛下がご到着されますよ! アルベルト様も!」
エルザは大声を上げると、カトリーヌは手を振り返して馬を早めた。
「まさか少し習っただけで乗馬があれほどに上達するとは、恐るべしお嬢様ね」
「俺はまだアルベルト様とお嬢様が結婚していない事の方が驚きだけどな」
するとエルザは後ろで小さく笑った。
「お嬢様のご希望らしいわよ。きっとアルベルト様はやきもきしているでしょうね」
「もしかしてお嬢様に理由を聞いたのか? 教えてくれよ! 俺だって心配しているんだぞ!」
「あなたに心配されなくてもお嬢様とアルベルト様は大丈夫よ」
前の方から小さな文句が聞こえてくる。エルザは微笑みながらカールのお腹に回す腕にそっと力を込めた。
ーー意地悪している訳じゃないのよ? だって、まだまだアルベルト様と恋人でいたいんだもの。私達には二人で愛を育む時間がまるでなかったのよ。そこは反省してもらわないとね。
そういうカトリーヌはとても幸せそうに笑っていた。
「ちゃんとアルベルト様がカトリーヌ様を満足させられたら、きっと結婚出来るわ」
「えぇ! アルベルト様でもまだ駄目って、お嬢様は厳し過ぎるだろ」
「いいから早くお屋敷に戻りましょう」
カールは前に回っているエルザの手の甲を擦ると、馬を早めた。
この部屋に入るのは、これで二度目。一度目は初夜の時だった。アルベルトもじっとベッドを見つめたまま立ち尽くしている。そして遠慮がちに扉を閉めた。
「別にこの部屋でなくともいいんだぞ」
「何故ですか? 私がこの部屋がいいと言ったんです」
一度目とは違い、今日は二人一緒に入ったからか、緊張感が増して手足は冷え切っていた。
「でも、ここには良い思い出はないだろう? 私もカティも。出来る事ならあの夜を取り消したいとずっと思っていたんだ」
カトリーヌは愛称呼びをしてくれるまでになったアルベルトの手を引きながらベッドの縁に腰掛けた。及び腰になっているのはむしろアルベルトの方なのかもしれない。カトリーヌは大きな手をそっと両手で掴むと、自分の頬に持っていった。
「私はあの夜を取り消したいと思った事はありません。だって、あの夜にフェリックスを授かったのですから」
するとアルベルトは痛むように顔を歪めた。
「そういう意味ではなく……」
「分かっております。色々な事がありましたが、その全てがあるから、今こうして幸せだと感じる事が出来るのだと思っています」
「カティは今幸せか?」
「もちろんですよ。アルベルト様はそうではないのですか?」
拗ねて見せると、アルベルトは慌てたように抱き締めてきた。
「そんな事はない! 私はずっと幸せだと思っていた。カティとフェリックス、それに沢山の家族がいて、本当に幸せなんだ。申し訳ないくらいに」
「誰に申し訳ないんです?」
「強いて言うなら、モンフォール領で犠牲になった者達や戦争で死んでいった者達にだろうか。王族や貴族の争いに巻き込まれた名も知らない者達を思うと、無性に苦しくなる時がある」
カトリーヌはそっと腕を回すと、広い背中を抱き締め返した。
「幸せになる事が申し訳ないと思っておられるのですね」
返事はないが、大きな背中は震えていた。
「私は忘れない事が大事だと思うのです。失った命の分、私達が生きている限り努力をしてきましょう。でも幸せになる事を拒まないでください。アルベルト・ベルトランという人だけが私とフェリックスを幸せに出来るのですから」
「誓おう。カトリーヌとフェリックスを幸せにするよ。そして生きている限り、出来る限りの事をすると」
アルベルトは不意に腕の力を緩めると、カトリーヌの首筋に顔を埋めた。息が掛かって恥ずかしくなってしまう。するとアルベルトはそこで深呼吸をしたようだった。
「この香り、また使っているんだな」
「以前残していった物は使用期限が過ぎているとかで処分されてしまっていて、ルドルフが用意していてくれたんです」
「そういう所まで細かいからな。でも今回は良い仕事をしてくれた。この香りはカティに良く似合っている」
そう言ってもう一度深呼吸してくる。しかし今度は不意に熱い舌で舐められてしまった。
「ふ、ン」
口から出てしまった声に思わず口元を押さえると、アルベルトはその手を掴んできた。
「そういう声も私は聞いた事がなかったんだ。今日は沢山聞かせてほしい。今日だけじゃなく、これからもずっと……」
返事をする間もなく口づけが降ってくる。カトリーヌは受け止めるのが精一杯で、息を吸うものやっとだった。ようやく唇が離れた頃には、息が乱れ、いつの間にかベッドに押し倒されていた。
「あの、灯りは?」
「消したくない。出来ればこのままがいいんだが、嫌か?」
灯りは割と多く置かれており、蝋燭の橙色の灯りに照らされたアルベルトは、目を背けたくなるほどの色気を纏っていた。脱ぎ捨てられたガウンを視線を追っていると、するりと肩からガウンが落とされる。顕になった胸をとっさに押さえると、アルベルトはその上から何度も口づけをしてきた。腕の上から押されるような刺激に段々ともどかしさが募っていく。ふっと力が抜けた瞬間、アルベルトによって両手はシーツに縫い留められてしまった。羞恥と期待で心臓が暴れていると、アルベルトは顕になった頂きに吸い付いてきた。何度も何度も丁寧に愛撫され、腰を、脇腹を、腿を撫でられていると、自然と腰が揺れて初めてしまう。
「やめ、アルベルト、さまぁ!」
ちゅぽんと音を立ててようやく胸から離れたアルベルトは、嬉しそうに顔を上げると軽い口づけするなり、下がっていってしまう。少し硬い髪の毛がお腹に触れ、そして両膝を抱えられると、熱くてぬめりのあるものが秘部に押し当てられた。
「ッは、そこはやめて、アルベルト様」
必死で頭を離そうとするのに、ぎっちりと押さえられた足は動かす事が出来なく、動けば動く程にまるでアルベルトに敏感な部分を押し付けているみたいになってしまっている。突然湧き上がった感覚に抵抗する間もなく、絶頂を迎えてしまったカトリーヌは、恥ずかしさのあまり両腕で顔を隠した。
「もうやめて欲しい? カティの嫌がる事はしたくない。私はもう十分に幸せだから今日はここまででもいいが?」
するとカトリーヌは顔を真赤にしたまま、首を振った。
「そんなの駄目です! ちゃんと、アルベルト様と一つに、なりたいんです……」
最後の方は消え入りそうな声になってしまった。それでもアルベルトは嬉しそうに返事をすると、上に覆い被さってきた。
「カティ、私を見て」
そう言われて腕を外すと、目の前にアルベルトの顔があった。それと同時に秘部に熱くて質量のある物が押し当てられてくる。思わず息を止めると、アルベルトは深い口付けをしてきた。夢中になっている間に、それはどんどん中に入り、これでもかと押し広げてくる。カトリーヌは圧迫感で喉を鳴らすと、アルベルトは苦しそうに謝ってきた。
「すまない、痛むだろうか? 少しだけ我慢できるか? それとも、もう……」
とっさにアルベルトの身体にしがみついて、自らも腰を押し付けた。本当は怖い。これが奥まで届いたらと思うと、抜いてと叫んでしまいそうだった。それでもアルベルトの辛そうな顔は見ていたくなくて、必死で首にしがみついた。そして何より、愛する者に抱かれたいという女の本能が心とお腹の奥に燻っているようにも思えた。
「ああ、カティ! 愛している!」
一気に推し進められたアルベルトの物が最奥に到達した瞬間、カトリーヌは一瞬火花が散ったように頭が真っ白になった。その後は夢中だった。何度も求めてくるアルベルトを受け入れながら、カトリーヌが眠りについたのは、明け方近くだった。
不意に頭を撫でられる感覚に目が覚めると、目の前にはアルベルトの顔があった。横になったままこちらを見ていたアルベルトは、少し恥ずかしそうに笑っていた。
「起こしてしまったかな。愛らしくてつい……」
そう言うと、額に口づけをされる。そしてまた頭を撫でられた。
「眠らなかったのですか?」
「もったいなくてな」
「これから沢山見られますよ」
「そうだけど、愛しくて目が冴えてしまっているようだ」
気持ちを認めてからのアルベルトの愛情には際限がなかった。フェリックスも元々自分の気に入った人や物には執着するくせがあるようで、アルベルトを見ているとフェリックスの性格はアルベルト譲りなのかと納得してしまうのだった。
「なぜ笑うんだ?」
「フェリックスと似ていると思いまして」
「私が? フェリックスと? 確かに髪は私似だが、顔はむしろカティにだろう?」
「容姿のお話ではなく、性格の事です」
アルベルトはピンときていないようで、考え込んでいた。
「一つ気になっていた事があるんだが、聞いてもいいだろうか」
「今更遠慮しないでください」
「……私がベルガー領へ遠征に行っている時、手紙をやり取りしていたが、ある日を堺にルドルフの筆跡になったようだが、あれはどんな意味があったんだろうかと、ずっと気になっていたんだ」
カトリーヌは不意に視線を外して目を閉じた。
「あれは、アルベルト様からのお手紙がそうだったからです」
「私からの手紙が?」
「いつかを堺に、アルベルト様ではない筆跡に変わっていたようでしたので、私もそうしてしまいました」
今思えばなんて小さな抵抗だったのかと思う。それでもあの時は少しでも同じ事をし返す事で、小さい矜持を保ちたかったのかもしれない。
「あぁ、あれは確かに私の字ではなかったな。あの時は剣を握り過ぎていたせいか、ペンを持つと震えてしまって上手く字を書く事が出来なかったんだ」
「怪我をされていたのですか?」
とっさに腕に触れるとおかしそうに笑った。
「そうではなくて、いや、小さい怪我は毎日していたが、剣を持ってから細いペンに持ち帰ると、どうしても筋肉が痙攣してしまって、職業病ってやつかもしれないな。今はもちろん問題ないから心配しないでくれ」
「そんな、それなのに私ったら……」
「でも理由が分かって良かったよ。それも含めて私が伝えれば良かったんだ。すまない事をしたな」
カトリーヌはアルベルトにしがみついていた。
「謝らないで下さい! 私が悪いんです! アルベルト様に嫌われていると思い、勝手にそうしてしまったんですから」
「私達は沢山のすれ違いをしてきてしまったようだな。これからは何でも話し合っていこう」
「はい、アルベルト様。愛しております」
「私もだ。愛しているよ、カティ」
強く抱き締められて、カティは再び幸せな眠りの中に入っていった。
モンフォール領を馬で駆け抜けていく姿に、竪穴から出てきた騎士達は驚きながらその背中を追っていた。
「あれってカトリーヌ様だろう? お一人でいいんだろうか」
その後に続いて出てきたカールは驚いている騎士達に笑いながら言った。
「あれではアルベルト様もお大変ですね」
言葉とは裏腹に嬉しそうなカールは、地下空間の最終確認をしてようやく国民へのお披露目の準備が整った事に安堵の息を吐いていた。
「カール! 間もなく陛下が領地入りされるから屋敷に戻るようにって旦那様がお呼びよ」
男の使用人の後ろに乗ってきたエルザを見るなり、カールはぴくりと眉を動かした。
「わざわざエルザまで来たのか? 一人で良かったんじゃないか?」
すると馬に乗っていた使用人は困ったように後ろを見た。
「男の嫉妬はみっともないですよね」
「「嫉妬?!」」
二人同時に声が重なる。そして互いに顔を真赤にするとそっぽを向いてしまった。
あのグロースアーマイゼ国との一騒動があってから半年後、アルベルトの帰還を待って国王陛下は王位を退き、フィリップが国王になって一年が過ぎようとしていた。
エルザはカールの馬の後ろに乗り直すと、いつの間にか並走してきたカトリーヌに手を振った。
「お嬢様! お早く戻られないと、陛下がご到着されますよ! アルベルト様も!」
エルザは大声を上げると、カトリーヌは手を振り返して馬を早めた。
「まさか少し習っただけで乗馬があれほどに上達するとは、恐るべしお嬢様ね」
「俺はまだアルベルト様とお嬢様が結婚していない事の方が驚きだけどな」
するとエルザは後ろで小さく笑った。
「お嬢様のご希望らしいわよ。きっとアルベルト様はやきもきしているでしょうね」
「もしかしてお嬢様に理由を聞いたのか? 教えてくれよ! 俺だって心配しているんだぞ!」
「あなたに心配されなくてもお嬢様とアルベルト様は大丈夫よ」
前の方から小さな文句が聞こえてくる。エルザは微笑みながらカールのお腹に回す腕にそっと力を込めた。
ーー意地悪している訳じゃないのよ? だって、まだまだアルベルト様と恋人でいたいんだもの。私達には二人で愛を育む時間がまるでなかったのよ。そこは反省してもらわないとね。
そういうカトリーヌはとても幸せそうに笑っていた。
「ちゃんとアルベルト様がカトリーヌ様を満足させられたら、きっと結婚出来るわ」
「えぇ! アルベルト様でもまだ駄目って、お嬢様は厳し過ぎるだろ」
「いいから早くお屋敷に戻りましょう」
カールは前に回っているエルザの手の甲を擦ると、馬を早めた。
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