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2ー1 全ての始まり
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七百年以上前
小国シュヴァルツシルト王国の都は、炎に包まれていた。
突然王都を囲っていた壁は炎によって突き破られ、人々を焼き尽くし、生きているかのようにうねりながら道を進み、家々に燃え広がっていく。逃げる間はなく、戦う相手はいなかった。炎は一人の女が握る石から放たれていた。
砂漠に住む蛮族の娘。炎によって開かれた道を進みながら迷う事なく王宮へと入り、すでに王と王妃は息絶えていた。色とりどりのタイルで鮮やかに模様が描かれた壁には血飛沫が飛び、床に血が広がっていく。その血を踏んだ足が、指跡を残して窓に向かう。血に染まった短剣を持ちながら、黒髪を束ねた女は燃える都を見下げて吠えた。目尻から頬に入った入れ墨が三本、黒い涙の様に見えた。
「ヴィー?」
王の間に辿り着いた三人の兄妹達は、床に倒れている両親に駆け寄った。
「遅かったね、オルフェン。あんたの親は殺してしまったよ」
三つ上の兄と五つ下の妹は、泣きながら息絶えている両親の体を抱き上げ、嗚咽を漏らしている。オルフェンは呆然としたままゆっくりと振り返った。
「……ヴィー、何があった」
ヴィーと呼ばれた女はオルフェンを睨み付けた。
「先に襲ってきたのはお前達だ! 私達部族を野蛮だと決めつけ村を襲ってきた!」
「誓って襲っていない! 現に俺達は夫婦になろうと……」
「黙れ! もう騙されないぞ! お前は私を裏切った。私に近づき、父に取り入り、我が部族の秘宝が欲しかっただけだろう!」
「違う! ヴィー、信じてくれ!」
オルフェンを睨み付ける黒い瞳が赤く染まる。その後、青と緑、そして金色が混じり合っていく。体からは湯気のような陽炎が立ち昇り始めた。
「まさか、まさかヴィー、秘宝を持っているのか」
「そうしなければお前達に奪われていた」
「そんな事したら体が壊れてしまう!!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! もう何も聞きたくない! 村は滅んだ! 男達は殺され、女達は汚された。全部お前達のせいだ!」
陽炎が大きくなる。オルフェンは後ろにいる兄妹達を立たせた。
「お前達は逃げろ」
「オルフェンもうヴィーは駄目だ、行こう!」
「オルフェン兄様早く! ヴィーはもう秘宝に取り込まれています、諦めましょう!」
「いいから二人で逃げろ!」
「置いていけません!」
「大丈夫、誰も逃しはしないよ」
秘宝を握っている手が窓から都に向かって伸びる。その手の先から竜巻のような火柱が上がった。火は勢いを増し、空を旋回して地上に落ちていく。
「あぁぁ! 湧き上がってくる。お前達にも復讐しなくてはね。私達一族が受けた悲しみと苦しみを、増幅させて、嫌という程に味あわせてやろう!」
掌がこちらに向く。手の甲に彫られた入れ墨の縁が光った。
「どんな力も使えるの。試してみる?」
「やめろ、ヴィルヘルミナ!」
オルフェンは走り出すと差し出された腕ごと抱き締めた。
「兄様!」
「オルフェン!」
声と幾つもの光が重なると同時に、王宮は激しい光に包まれた。
体の痛みに目が覚めたオルフェンは、瓦礫の上で半身を起こした。立ち込めている焦げた臭いに顔を顰める。そして周囲を見て呆然とした。
王宮の中にいたはずが建物は瓦礫と化し、高い山となっている。眼下には燃えていたはずの都が水に沈み、大地には底の見えない亀裂が走っていた。家々は崩れて飲まれ、そこに水が吸い込まれる様に落ちていく。あまりに酷い、信じられない光景だった。
「ヴィー? ヴィルヘルミナ!」
声はこだまの様に遠くに消えていく。視線を彷徨わせた先、下の方で水に半身を漬けた妹を見つけた。瓦礫を駆け下りていく。足がもつれて転びながら、妹の首に恐る恐る触れた。
ーー生きている!
引っ張り上げようとして、足が水の中で瓦礫に埋れているのが見えた。オルフェンは冷たい水に入りながら力を入れたが全く動かない。その時、大きな手が重なった。
「兄上……」
大きな手はいとも簡単に水の中の瓦礫を持ち上げた。
「早くしろ!」
瓦礫の下から妹を引きずり出す。うっすらと目が開き、青い唇が微笑んだ。
「兄様達、良かった。ご無事ね」
そして足先に当たる水を見下げ、その下に続く大きな水溜りに悲鳴を上げた。これだけ大量の水を見た事がない。突然現れたのは、王都が沈む程の巨大な湖だった。
「いや! あっちにいって!」
オルフェンの体にしがみつくと、水は言葉を理解したかのように水位を下げていく。大量の水は大地の亀裂に飲まれるようにして引いていった。
「……どうなっているんだ」
「体の中に妙な力を感じないか?」
オルフェンはしばらく意識を体内に向けたあと、顔を上げた。
「なんだこれは」
腹の中に蠢くのはまるで太さの違う蛇の様。気持ち悪くて腹を掻くが、その行為はただ嫌な感覚を自覚しただけだった。
「ヴィーは? ヴィーを見ていないか!」
「オルフェン、ヴィルヘルミナの事は忘れろ。見つけ出して殺さなくてはならない」
「ヴィーを殺す? ふざけるな!」
「よく見てみろ! 全員死んだんだ。国を殺された! 全部ヴィルヘルミナがやったんだぞ。民と、父上と母上の仇を取るんだ!」
遠目からでも分かる程、瓦礫と化した家々の間には幾つもの死体が見え隠れしている。崩れた王宮を背に、三人の兄妹は失った王国を前に立ち尽くすしかなかった。
小国シュヴァルツシルト王国の都は、炎に包まれていた。
突然王都を囲っていた壁は炎によって突き破られ、人々を焼き尽くし、生きているかのようにうねりながら道を進み、家々に燃え広がっていく。逃げる間はなく、戦う相手はいなかった。炎は一人の女が握る石から放たれていた。
砂漠に住む蛮族の娘。炎によって開かれた道を進みながら迷う事なく王宮へと入り、すでに王と王妃は息絶えていた。色とりどりのタイルで鮮やかに模様が描かれた壁には血飛沫が飛び、床に血が広がっていく。その血を踏んだ足が、指跡を残して窓に向かう。血に染まった短剣を持ちながら、黒髪を束ねた女は燃える都を見下げて吠えた。目尻から頬に入った入れ墨が三本、黒い涙の様に見えた。
「ヴィー?」
王の間に辿り着いた三人の兄妹達は、床に倒れている両親に駆け寄った。
「遅かったね、オルフェン。あんたの親は殺してしまったよ」
三つ上の兄と五つ下の妹は、泣きながら息絶えている両親の体を抱き上げ、嗚咽を漏らしている。オルフェンは呆然としたままゆっくりと振り返った。
「……ヴィー、何があった」
ヴィーと呼ばれた女はオルフェンを睨み付けた。
「先に襲ってきたのはお前達だ! 私達部族を野蛮だと決めつけ村を襲ってきた!」
「誓って襲っていない! 現に俺達は夫婦になろうと……」
「黙れ! もう騙されないぞ! お前は私を裏切った。私に近づき、父に取り入り、我が部族の秘宝が欲しかっただけだろう!」
「違う! ヴィー、信じてくれ!」
オルフェンを睨み付ける黒い瞳が赤く染まる。その後、青と緑、そして金色が混じり合っていく。体からは湯気のような陽炎が立ち昇り始めた。
「まさか、まさかヴィー、秘宝を持っているのか」
「そうしなければお前達に奪われていた」
「そんな事したら体が壊れてしまう!!」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! もう何も聞きたくない! 村は滅んだ! 男達は殺され、女達は汚された。全部お前達のせいだ!」
陽炎が大きくなる。オルフェンは後ろにいる兄妹達を立たせた。
「お前達は逃げろ」
「オルフェンもうヴィーは駄目だ、行こう!」
「オルフェン兄様早く! ヴィーはもう秘宝に取り込まれています、諦めましょう!」
「いいから二人で逃げろ!」
「置いていけません!」
「大丈夫、誰も逃しはしないよ」
秘宝を握っている手が窓から都に向かって伸びる。その手の先から竜巻のような火柱が上がった。火は勢いを増し、空を旋回して地上に落ちていく。
「あぁぁ! 湧き上がってくる。お前達にも復讐しなくてはね。私達一族が受けた悲しみと苦しみを、増幅させて、嫌という程に味あわせてやろう!」
掌がこちらに向く。手の甲に彫られた入れ墨の縁が光った。
「どんな力も使えるの。試してみる?」
「やめろ、ヴィルヘルミナ!」
オルフェンは走り出すと差し出された腕ごと抱き締めた。
「兄様!」
「オルフェン!」
声と幾つもの光が重なると同時に、王宮は激しい光に包まれた。
体の痛みに目が覚めたオルフェンは、瓦礫の上で半身を起こした。立ち込めている焦げた臭いに顔を顰める。そして周囲を見て呆然とした。
王宮の中にいたはずが建物は瓦礫と化し、高い山となっている。眼下には燃えていたはずの都が水に沈み、大地には底の見えない亀裂が走っていた。家々は崩れて飲まれ、そこに水が吸い込まれる様に落ちていく。あまりに酷い、信じられない光景だった。
「ヴィー? ヴィルヘルミナ!」
声はこだまの様に遠くに消えていく。視線を彷徨わせた先、下の方で水に半身を漬けた妹を見つけた。瓦礫を駆け下りていく。足がもつれて転びながら、妹の首に恐る恐る触れた。
ーー生きている!
引っ張り上げようとして、足が水の中で瓦礫に埋れているのが見えた。オルフェンは冷たい水に入りながら力を入れたが全く動かない。その時、大きな手が重なった。
「兄上……」
大きな手はいとも簡単に水の中の瓦礫を持ち上げた。
「早くしろ!」
瓦礫の下から妹を引きずり出す。うっすらと目が開き、青い唇が微笑んだ。
「兄様達、良かった。ご無事ね」
そして足先に当たる水を見下げ、その下に続く大きな水溜りに悲鳴を上げた。これだけ大量の水を見た事がない。突然現れたのは、王都が沈む程の巨大な湖だった。
「いや! あっちにいって!」
オルフェンの体にしがみつくと、水は言葉を理解したかのように水位を下げていく。大量の水は大地の亀裂に飲まれるようにして引いていった。
「……どうなっているんだ」
「体の中に妙な力を感じないか?」
オルフェンはしばらく意識を体内に向けたあと、顔を上げた。
「なんだこれは」
腹の中に蠢くのはまるで太さの違う蛇の様。気持ち悪くて腹を掻くが、その行為はただ嫌な感覚を自覚しただけだった。
「ヴィーは? ヴィーを見ていないか!」
「オルフェン、ヴィルヘルミナの事は忘れろ。見つけ出して殺さなくてはならない」
「ヴィーを殺す? ふざけるな!」
「よく見てみろ! 全員死んだんだ。国を殺された! 全部ヴィルヘルミナがやったんだぞ。民と、父上と母上の仇を取るんだ!」
遠目からでも分かる程、瓦礫と化した家々の間には幾つもの死体が見え隠れしている。崩れた王宮を背に、三人の兄妹は失った王国を前に立ち尽くすしかなかった。
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