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 産卵との遭遇 3

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「何してんの?」

「ああ、おはよう、チイ。これは受胎スライムを作っているんだよ」

 獣人らの朝は早い。陽が登ると共に起き出して動き始める。その分、終業や就寝も早いのだが、毎日睦むのが当たり前なオウチでは夫に貪られ過ぎて疲労困憊な妻らが、うっかり寝過ごすのもよくあること。
 なので朝食の支度や洗濯は夫の仕事で、朝イチに妻を可愛がって手ずから食事をさせる。なかには何もやらせない獣人も多い。
 そんな暇があるなら夫をかまえと、オウチては、一日中睦む兄弟だらけだったりする。
 その例に漏れず、ショーンを可愛がり倒した兄貴ーズは台所で食事を作っていた。昨夜の名残を借りて新たな精を注がれたショーンは、億劫そうに立ち上がるとスライムを育成している部屋に向かう。
 そして飼育しているスライムを削いでいるところに千里が現れたのだ。
 ちなみに食後は千里が兄貴ーズに抱かれる。絶倫も裸足で逃げ出す欲望の底なしさである。
 前はその全てをショーンが受け止めていた。それを思えば随分と楽になったものだと感慨に耽ける弟様。

「兄貴達はすぐに受胎スライムを殺しちゃうからね。買ってたらキリがないんで、こうしてストックを作っておくのさ」

「へえ……?」

 手際よくスライムの透明な部分を切り分け、それぞれをショーンは瓶詰めにしていた。両手で抱えられそうなスライムは身体を切られても平然としている。

「大人しいね。スライムっていうからモンスターかと思ってたけど、ここじゃあ獣人と共生関係なのね」

 思うところを口にした千里に、ショーンは驚いたかのような顔をした。

「いや、スライムはモンスターだよ? よく知っているな。仲間同士で合体して大きくなったり、酸を吐いたりもするし、けっこう獰猛な生き物なんだよ」

 え? 地球のスライムあれこれと同じ?

 そんな恐ろしい物を体内に挿れているのかと、彼女は強張った顔で己の腹を凝視する。それに気づいたショーンが詳しい説明を千里に聞かせてくれた。

 その昔。まだ女と男の比率が偏っていなかった頃。

 あらゆる研究に勤しむ魔術師や錬金術師が多くいて、その内の一人が馬鹿をやる。
 モンスターは獣人にとっても脅威だ。スライムも例外でなく、それらを研究している者らも多い。
 あるところの魔術師がスライムの研究をしていた。なるべく小さな個体を集め、合体しないよう魔術をかけて観察したり、実験したり。
 しかし妻のいなかった魔術師は、水饅頭のようにもったりムチムチしたスライムに悪戯っ気を出して、その身体に空けた穴に一物を突っ込んだのだそうだ。

 ……うわあ。地球でいうコンニャクの穴って奴か。馬鹿な男が考えることって世界共通なのかしらね。

 かつて地球でも、人肌に温めたコンニャクを重ねて、それに空けた穴に突っ込むお楽しみがあったと言われる。嘘か真か知らないが、人の発想とはどこも似たりよったりなのだろう。
 うわぁ……っと呆れ顔な千里を微笑ましく眺め、ショーンは説明を続けた。
 それを行った魔術師はいつも通り研究を続けていたが、ふと、やけに弱っているスライムがいることに気づく。
 飼育エリアで跳ね回るスライムの中で、一匹だけべっとりと床にはりつくスライムが。
 それを持ち出して確認してみたところ、そのスライムの中心にある核が変形していた。モゾモゾと動き、妙な形になった粒。
 訝しみながらもしばらく観察していたところ、その核は丸く硬質化してスライムも死んでしまう。しぶとく生き汚いことで有名なスライムが死んだ。
 核はスライムの急所で命同然だ。これに何か起きたなら、死んでしまうのも当たり前。
 変な病気にでもなったのだろうかと、慌てて魔術師はスライムを個別に隔離し、さらに様子を窺う。
 ……が、魔術師の最悪の予想を裏切り、スライムらには何も起きなかった。

 アレだけが病気にでもなったのだろうか? なったとしたら、いったいどんな病気だったのだろう?

 そして、ふっと魔術師は、己の悪戯心を思い出した。スライムに穴をあけて性欲発散した、あの日を。

 ……まさか?

 モノは試しだと、再びスライムを玩具にした魔術師は、いたしたスライムを隔離して観察する。
 そのスライムも、死んだスライムと同じ変調を起こした。
 それを見た魔術師は確信する。獣人らだけか分からないが、放った精がスライムの核を変貌させるのだと。
 そこから探究心に火のついた魔術師は、あらゆる生き物の精を集めて実験を続け、どんな生き物の精でもスライムは死ぬと明らかにした。

「それでスライムは俺達にとって脅威じゃなくなったんだよ。薄めた精を体内にブチ込んでやれば倒せるからな」

「なるほど。瓢箪から駒だねぇ」

 何がどう転ぶか分からないものだ。

 さらに続けられた説明によれば、その後に大規模な食糧難が訪れたのだという。だがそこに福音をもたらしたのも、前述の魔術師だった。
 新発見をした彼はその後も研究を続けていて、スライムの死ぬ原因や、変化した核の正体など事細かに調べていたらしい。
 毒性の弱い小さな個体を分裂させて増やし、その個体同士の混じり合いで、もっと弱いスライムを作り出す。さらには、その弱い個体を分解して解剖したところ、核を失った肉片を培養液につけておくと、新たな核を生み出して独立することも発見した。
 この個体は成長せず、掌サイズのまま無害な生き物で、彼の実験に大いに役立った。
 そして魔術師は何度も解剖を繰り返して、変化した核が何かの卵であることも突きとめ、その孵化が出来ないかと苦心していたのだ。
 あらゆる方法を試し、生きた羊の体内に入れたスライムに直接精を注ぐと、そのスライムは生きるために体内で寄生するのだと発見する。
 寄生したスライムは生きながらえたが、結局力尽き、羊の体内から変化した核と共に吐き出された。しかし、その核は明らかに成長しており、観察を続けていたところ、なんと孵化して羊の仔が生まれたのだ。
 ここからあらゆる生き物で実験した魔術師は、スライムのコピー能力を証明して発表する。スライムは精を受けた生き物と同じ個体を生み出せるのだと。  
 それを行うには、生体の体内でなくてはならないと。スライムの体力だけでは卵を孵化させられない。それを補うため、生き物に寄生させる必要があることも隠さず発表した。

 結果、後に訪れた食糧難を凌げたのだ。劣化スライムのコピー能力を利用して爆発的に家畜を増やし、オウチは救われたのである。



「なるほどねぇ。すごいね、学者の探究心って」

「それが、こうして獣人の人口を保ってもいるしな。世紀の大発見だよな」

 女が減少し、子孫繁栄が危ぶまれた当初。やはり福音を鳴らしたのは劣化スライムのコピー能力だった。自然の摂理に真っ向から逆らう形だが、少なくとも子供を作れる逃げ道があっただけ僥倖だろう。
 倫理的なんてものは獣人にない。己の遺伝子を残せぬ恐怖が先立ち、スライムによるクローン量産に誰も異を唱えなかったらしい。
 そしてさらに、後孔にスライムを挿れた者が排泄を必要としなくなった仕組みを理解して、体内にスライムを飼う風習が広まっていったという。

「まあ、俺らはスライムの核によるクローンだけどさ。王侯貴族は嫌がるんだよね。スライムはさ、ほら、与えられた精の遺伝子をコピーするだけだろ? だから女は生まれないし、王侯貴族は跡取りとして我が子を育てるから、自分そっくりな子供が気味悪いらしいんだよ」

 あ~、分からなくはない。遺伝子がまるっきり同じなのだし。それこそ一卵性児みたく瓜二つな子供が産まれるのだろう。それは確かに気持ち悪い。
 なので王侯貴族は教会の管理している卵子に固執するのだ。遺伝子が交わることで肉体に差異が出る。これには異なる二種の遺伝子が必要だ。その比率によって見かけは千差万別。男性のY遺伝子しか持たないスライムの造るクローンで女児は望めない。どうしても女性卵子のX遺伝子が要る。

 そこまで考えた千里の顔が、みるみる青ざめた。

 ……待てよ? ってことは。

 千里が膨らみ始めたお腹を撫でさする。

 彼女の胸中で嫌な予感が、盛大に鐘を鳴り響かせていた。
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