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 教会との遭遇 4

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「なんと……っ?」

 ……こうなると思った。

 二匹の赤子が女の子だと知った途端、教皇の眼の色が変わる。

「陛下に頼まれておりまして…… その、赤子が女子なら、是非とも王家の妃にと……」

「断るっ」

 千里の即断。

 思わず眼を丸くして、そろりと視線をラウル達に移動した教皇は、そこにも千里と似たような顔をする父親らを見つけた。

 取り付く島もないとは地球の言葉。

 それに類似した焦燥に煽られ、教皇は恥も外聞もなく机から身体を乗り出す。

「ぜひっ! ぜひ、王太子の花嫁にぃぃーっ!!」

「ふざけんなっ、まだ零歳だっ!! そういうことは、あと十五年してから本人達に頼めぇぇーっ!!」

 さっくり振り払う母親。

「やらん。うちの娘は俺の嫁にする」

「俺もだ。気が合うな、ショーン」

 ほくそ笑む二人の眼に輝く昏い光。獣性に偏ったケダモノの見せる執着。

 ……それ、最悪の事態なんですけどぉぉーっ!!

 過去に払拭したはずの過ちが、また起こる恐怖。それに絶望した教皇の前で、獣性に支配されかかったラウル達は、可愛い我が子にキスをする。

「……可愛ええのう。父ちゃんと番おうな。ずっと愛してやるから」

「……他に渡せるか。これは、俺の命だ」

 ちゅっ、ちゅと娘達にキスの雨を降らせる父親ーズ。……が、それを制する者が現れた。

「正気に戻れーっ! 遺伝子的なことは理解してんだよねっ? 親子で番うとかやったら、血が濁るよーっ!!」

 すぱこーんっと親バカーズの後頭を引っ叩いて、正気に戻したのは千里だった。ふんすっと仁王立ちする、その勇姿。
 彼女の下にあるならば、間違いは起こるまい。実際、獣性に取り込まれかかっていた父親ーズも気まずげにそっぽを向いていた。

 ……ああ、女神。

 思わず、ぶわりと涙の浮かぶ教皇様。

「貴女がここにおられる奇跡に感謝を……っ!」

 突然、跪かれ、拝まれ、何が何やら分からない千里である。



「非常に残念ですが…… そうですね、娘御の自由意思に任せましょう」

 しょんぼり項垂れた穴熊は不憫だったが、ここでキッパリしておかないと子供らの将来が危ぶまれた。
 権力者に奪われ、働かされる未来は潰しておきたい千里。
 そして詳しく聞いてみれば、王太子はもう十七歳だというではないか。十五を成人とするオウチなら立派な大人だ。零歳と番わすとか、冗談もほどほどに言えと千里は怒鳴った。

「仰ることは重々承知しております。でも、上流階級では珍しくもない歳の差なんですよ」

 そこで千里も、はたっと我に返る。

 ここは、魔法や錬金術などがあるため発達した文明に見えもするが、実は反対。
 魔法と拳の世界で、武器を持つものは半人前と揶揄されるのが常識なのだ。つまり、どちらかと言えば中世に近い世界観。
 そこに渡り人の持ち込んだ知識が混ざり、妙にチグハグな文明だった。
 だから上流階級とはガチ貴族。王族を筆頭とした御歴々の集まりで、領地や騎士団があり、国境線の攻防など、現在進行系で戦争をやったりもする世界なのである。
 騎士団は軍隊と同じ。国防を担う組織だ。各領地にも私兵がおり、有事の際には集まって戦う。
 その下に憲兵などの小規模単位な組織。自警団もこれに含まれ、街の安全や犯罪抑止に努力している。要は警察の役割だ。
 他にもハンターと呼ばれる者達もいる。これはギルドに所属して依頼を請け負ったり、自発的な狩りで獲物を仕留めたりと仕事の範囲は多岐にわたる。

 ヒューがこの職業なので、よく話は聞いていた。

 冒険者みたいなモノだが、そういう何でも屋的な曖昧さはなく、超実力主義。どちらかといえば地球の狩人や賞金稼ぎに近い職業だった。実際、賞金首もいるし、そういったのを狙うのもハンターの仕事である。

 ちなみにラウルも昔はハンターをやっていたらしい。しかしある時、引き取ったばかりなショーンを連れて二人は狩りに出かけ、そこでショーンが怪我を負った。
 大した怪我ではなかったのだが、ひどく驚き狼狽した兄貴ーズは、どちらかがハンターを辞めてショーンと街に住むことにし、ラウルが商人に転向したのだとか。

『今でこそ商人らしく温厚になったけどさあ? 前の兄貴は凄かったぜ? その一睨みで街の猛者が蜘蛛の子を散らすくらいにな』

 ……想像もつかない。

 色々あったのだろう。それらを乗り越えて、三人は家族になったのだ。ラウルが仕事で遠出する時はショーンも連れて行ってしまうため、ヒューも専属護衛としてついて行く。

 そんな遠征で千里は彼らに出会ったのだ。

 千里の脳裏にそぞろ浮かぶ数々の思い出。黒歴史も多々あるが、総じて楽しい暮らしだった。

 ここは、そういう世界。武器や防具の類は嫌悪され、肉体のぶつかり合いのみで戦う肉食獣の巣窟。戦争も同じ。切った張ったの肉弾戦中心なため、負傷者はともかく、死者はあまり出ない。
 平和な戦だと千里は思う。戦争に平和というのもおかしいが。
 ボタン一つで終わってしまう地球の方が、なぜか野蛮に感じる謎。

 そんな異世界には、古式ゆかしいしきたりが幾つも蔓延っている。政略結婚もその一つだろう。

 ……理解はする。理解は出来るけど、納得出来なあぁぁーいっ!! 娘等が成人した時、王太子とやらは三十過ぎだよね? 日本なら淫行だよっ?!

 う~~~っと頭を抱える千里を柔らかく見つめ、教皇は、この幸せがいつまでも続いて欲しいと心から願った。
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