幸せな王弟殿下 〜疎まれた王妃を貰ったら家族が出来ました〜

一 千之助

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 護衛騎士の事情 其の弐

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「そういえば……御茶か。……ん? このままでは湯が冷めてしまうだろう?」

「あ…… そうか、そうだな」

 はっとお互いの顔を見合わせ、若い騎士二人は、どうしたものかと悩む。紅茶は高い温度が命だ。茶葉を踊らせ、蒸らす。それには熱湯が必須である。
 しかも、そういった理屈を知ってはいるものの、彼等は御茶を呑むだけで淹れたことがない。御茶とは淹れる人間によって、千差万別に変化してしまう生き物だ。

「……私達が淹れるのか?」

「……他におるまいよ。まさか王妃様に淹れてもらうわけにも」

 手強い御茶セット一式を見下ろし、覚悟を決めたかのように騎士の一人が手を伸ばした時。
 数冊の本を抱え、ヒルデガルトが書斎から出てきた。そして悲壮感漂う騎士らを見て、何ごとかと眼をしばたたかせる。
 
「どうしたの?」

「……実は」

 情けない顔で振り返った騎士に斯々然々と御茶のことを説明され、ヒルデガルトは用意されていたお湯のポットに手を当てた。
 直に触っていられるくらい、その温度は冷めている。

「そうね、御茶を淹れるには温いわね」

 ああ、やはり。……と、肩を騎士達は落とした。

 ……もっと早くに気づくべきだ。なんなら、メイドが居た時に淹れてもらっておけば。……くそっ! この館に人員を配しないのが間違っておるのだっ!

 今更なことを脳裏に過ぎらせ、どうしようもない今を噛み締める騎士達。……が、そこはヒルデガルトの方が何枚も上手である。

「お湯なんて、また温め直せば良いのよ。厨房に置いてある行李に石炭が入っているわ。竈門にくべて火をつけてちょうだい」

「……はっ?」

 唖然とする騎士を置き去りにし、ポットを持って厨房に向かうヒルデガルト。その後を慌てて追いかけ、彼女に言われるがまま行李をあけた騎士は、その中にぎっしり詰まった石炭を見て言葉を失う。

 ……なんで石炭が? これ…… この行李、王妃様の嫁入り道具の行李だよな? え?

 有り得ぬ光景に度肝を抜かれた騎士を余所に、その行李とは別の行李からヒルデガルトは金属製のケトルを取り出した。そしてポットの温くなった湯をケトルに移し、竈の上の格子に置く。
 
「ほらほら、早く火を起こしてちょうだい?」

 その声で我に返り、騎士は近くにあったバケツを持って石炭を運んだ。ざらざらと竈の中に石炭を投げ込み、横に備え付けられた着火具を使って焚き付けに火をつける。
 その際にチラ見した別の行李には、鍋やフライパンなど、調理器具が沢山詰まっていた。

 ……なんで調理器具なんか? え? これが、嫁入り道具なのか? まるで庶民みたいだな。

 庶民が生活用品を嫁入り道具に持っていくと知識だけで知っていた騎士は、不思議そうに首を傾げる。そんな騎士の思考に気づきもせず、ヒルデガルトは燃え始めた石炭を、じっと見つめていた。
 じわ……っと広がる真っ赤な炎。それがしだいに伝播し、竈の中が炎香に満たされていく。
 
「本当は石炭とか使いたくないんだけどね。出来るなら木炭のが良いんだけど、これは非常用の燃料として優秀だから。半永久的に湿気らず保存出来るし、何より安かったのよね」

 ふう……っと溜め息をつき、湯が沸騰するまでの間、ヒルデガルトは自分の国が小さな弱小国なことを語った。



「隣国縁の姫君とお聞きしていましたが。そうですか、小さな国なんですね」

「そうそう。王家も貴族家も僅かでね。みんな親戚付き合いみたいな温~い社交しかしていないわ。もちろん、わたくし達みたいな王族は交易もあるし、ちゃんと見劣りしない教養を身に着けているけれど。この国みたいに歴とした身分差があまりないのよ。護衛やメイドとテーブルを囲むのも普通なの」

 聞けば、王女が一人で食事をしている間に、側人は交代で食事を摂っていた。だが、ヒルデガルトの食事時間内に全員が終えねばならないため、非常に時間が短い。
 それを知ったヒルデガルトが、それなら全員一斉に摂ってしまおうと提案したとか。
 最初は畏れ多いと辞退する周りだが、一人で食べるより皆と食べた方が美味しいと力説する彼女に折れ、今では王家一家を巻き込んだ食事風景になったらしい。

「その方が、用意も片付けも手間が省けるでしょ? 空いた時間を別なことにも使えるわ。仕事時間に余裕があった方が動きやすいじゃない」

 如何にも名案とばかりに語る、楽しそうなヒルデガルト。

 ……いや。無駄なことに手間暇や人員を割くのが、高貴な者の証でもあるんですが。そうですか、小さな国。それだからの自由奔放さですね。

 弱小国ゆえの節制や倹約。それが、この珍奇な王女様を生み出したのだろう。そう理解した騎士達だが、真実は違う。

 元々、ヒルデガルトの祖国も周辺国と似たような国だった。しかし彼女が成長するにつれ、彼女の発案につられて今のような現状へと染まっていったのだ。

『我が国は、お金がないのでしょう? なら、収入をどうかするのではなく、出費を抑えるべきだわっ!』

 齢六歳の子供に諭された彼女の国は、ヒルデガルトの言う余分を削ぎ落とし、あれこれ試行錯誤した結果、十年以上もかけて今の形に落ち着いたのである。
 子供の言い分に耳を貸してしまう国王御一家。そのフレキシブルさが功を奏した結果だった。

 それを知らぬリカルドの国の騎士達は、苦境の末の知恵だとばかり考える。木炭でなく石炭なのも安いから。

 ……だから今朝も衣服より薪が欲しいなどと仰ったのだな。石炭よりは薪の方が良いだろう。

 石炭による粉塵が、人体に著しい悪影響を及ぼすことを彼等は知っていた。……しかし、それがヒルデガルトの広めた知識だとまでは知らない騎士様達。
 自分の国を正しく健康で豊かにするため、彼女は拙い知識を総動員してきた。最初は愛する家族を守るためだったが、それが、ひいては国を守ることにも繋がる。

 ……石炭の粉塵に含まれる物質は、水銀、カドミウム、クロム、ヒ素など毒性が多すぎるのよねぇ。採掘でも環境破壊まっしぐらだし? 元が発火物質だから、粉塵爆発とか多発するし? それを暴露したら、ずいぶん縮小してきたわ、石炭採掘。
 
 お手軽で燃費の良い石炭は、ヒルデガルトが小さい頃から主役の燃料だった。現代知識を持つ彼女が、その危険性に警鐘を鳴らさなければ、今でも主役であっただろう。

『石炭の粉塵には悪いモノが沢山混じってるのっ! 採掘場や流通、石炭を沢山使ってる所を調べなさいっ、絶対に病人だらけだからっ!!』

 ヒルデガルトの言葉を受け、研究者らがその被害の統計を取って調べてみたところ、明らかに石炭関係の害だと思われる事象が山積みとなり、各国を騒がせたのは余談だ。

 大地を毒で汚染し、生き物の命を縮める燃料、石炭。

 こういった認識が広まるにつれ今の燃料事情は変わり、長い時間をかけて、石炭は貧しい者がお手軽に行える内職のようになった。体の良い小遣い稼ぎ程度な。
 だからとても安く手に入るし、前みたいに健康被害を及ぼすほどの量ではなくなったのだ。

 そういった小さな功績が積み重なり、今のヒルデガルトの祖国は周りに一目置かれる国である。大国から姫君が嫁ぎ、各種研究による知識の拡散が活発な。
 その研究の全てがヒルデガルトの発案であることは王家御一家だけの秘密である。

 ……わたくしの知識は半端だもの。結果を知っているだけで、詳しくは分からないわ。なら、その道のプロに調査を任せた方が早いものね。

 そんな与太話をしながら、ヒルデガルトは沸いたお湯で御茶を淹れた。
 馥郁たる香りが辺りに漂い、飲む直前に、彼女はカップを温めていたお湯をティーポットへ注ぐ。

「自己流だけど。こうして粗熱を鎮めると飲みやすいのよ」

 彼女に同席を求められた騎士らは、先ほどまでの話を聞いていたため、仕方なしにテーブルに着いた。

 ……これが王妃様の日常だったのなら。合わせて差し上げねば。……と。

 そして出された御茶を囲み、何気ない話で花を咲かせる。

「……美味しいですね。言われたとおり、熱々でない飲み口が心地良いです」

「確かに。普通、最初は熱くて啜るようにしか飲めませんし。少し濃い目に淹れられたのですか? お湯が足されたように感じません」

「ふふ、さすがね。そう、濃い目に淹れたの。わたくし猫舌だから、熱々の御茶が苦手なのよ」

 他愛もない会話を弾ませ、騎士達は柔らかな視線でヒルデガルトを見つめた。

 ……この方が望むなら、好きに暮らしていただこう。前王妃様はお気の毒であるが、この方とて被害者だ。大国の意向に逆らうことは出来ないし、好んで嫁いだわけでもあるまい。

 ……明日の畑仕事を手伝って差し上げようか。力仕事もあるし、男手は必要だな。……野良仕事に勤しむ王女殿下とか。前代未聞だろうけど。

 この思考は他の騎士にも伝播してゆき、各々が畑仕事を取り合う事態に発展していく。
 ただ仁王立ちして警護するより、ヒルデガルトと共に身体を動かしていた方が楽しいからだ。
 
 現代日本人の感覚を異世界に持ち込んで、勘違いする周りを騙くらかし。
 ついでにリカルドの国までをも巻き込んで。

 ヒルデガルトのお気楽冷遇生活は、まだまだ続く。
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