幸せな王弟殿下 〜疎まれた王妃を貰ったら家族が出来ました〜

一 千之助

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 護衛騎士の事情 其の壱

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「……………………………」

「……っしゃ、今日はここらまでかしらね」

 一人元気に森裾を開墾するヒルデガルト。

 それを信じられないような面持ちで凝視し、護衛騎士は冷や汗を垂らした。

 ……なんという。野良仕事? 王女殿下が?

 シンプルな木綿のシャツと藍色のモンペに着替え、日除け帽をかぶったヒルデガルトは、せっせと下生えの木立を刈り取りながら草むしりする。
 彼女の予定としては、一丁ほどの畑を作る計画だ。生食用の野菜やハーブ。あとは好みの果樹を植え、館近くにある四阿に小さなテーブルセットを設えたい。

 ……たわわな実りを眺めながら御茶やスイーツを嗜むとか。良いわ、良いわ。俗にいうスローライフね。

 この平穏がいつまで続くのか知らないが、せっかく与えてもらった館だ。有効活用しない手はない。幸いというか、策略というか、自活に困らないだけの備えもしていた。
 畑予定地の草むしりを半分ほど終え、ヒルデガルトは高くなった太陽に眼をすがめる。

「そろそろお昼時かしら。着替えないと」

 さすがにこの姿でメイドを迎えることは出来ない。見られようものなら、絹を裂くような悲鳴を上げられてしまうだろう。
 この世界の婦女子は、くるぶしまで足を隠すのだ。長めなドレスやワンピースが当たり前。ましてやヒルデガルトは王族である。モンペとはいえ、足のライン丸見えな服装をしているなど言語道断。
 ラノベみたいな女性騎士や婦女子の乗馬などもない。生粋の高貴な令嬢は、それこそ自宅の敷地から一歩も出ずに暮らす者とている。

 なので当然、見張りか護衛か分からないが館の外に常駐する騎士も、出てきたヒルデガルトの姿を見て、目を皿のように丸くしていた。

「……なんという格好をっ! お戻りくださいっ! お召し物がないなら、用意させますのでっ!!」

 今日から二人に増えた騎士の一人が、耳まで真っ赤にして仰け反るように叫ぶ。

「用意? わたくしに? ……要らないわ。これは、今から畑を作るため、汚れても良い服装にしただけよ。それより、服を用意出来るってことは、わたくしに使われる金子があるのかしら?」

「それは…… あると思いますが。貴方様は王妃です。ちゃんと公費が充てられております」

 今のこの国は、公国の支援で成り立っていた。リカルド達の公費が削られることはあっても、公国縁の王女であるヒルデガルトの公費が削られることはない。
 この国が立ち行くようになるまで、その支援は続く。そして公国から派遣された摂政らが正しく予算分配や采配をし、いずれヒルデガルトの子供に継がれる予定だった。
 この若い騎士はそれを知っている。なので、過不足ない説明を彼女にした。

「へえ。じゃあ、その予算とやらで薪を購入したいわ。裏の薪置き場に一冬分くらい用意して?」

「……は?」

 ……いやいや、薪って。それは個人の予算から出すものでなく、王宮の予算で賄うものですよ?

 呆気に取られた騎士を余所に、言うだけ言ったヒルデガルトはバケツと植木バサミを持って庭へ向かう。
 そして庭から少し離れた山裾を見渡し、バッチン、バッチン、軽快な音をたてて森側の小さな木立の伐採をした。

 ……この辺なら畑にしても良さそうよね。草ぼうぼうだし、手つかずな自然って感じで素敵だわ。

 バケツの中にあるスコップやフォークで根っ子も掘り出し、綺麗に土を落とすと適当な長さに切り揃える。
 鼻歌交じりで作業するヒルデガルトを凝視しつつ、騎士二人はお互いに複雑な顔を見合わせた。そして恐る恐る彼女に問いかける。

「……本当に。……その、畑……を?」

「そうよう。趣味のね。新鮮な生野菜や果実が欲しいの。ふふ、収穫が楽しみだわ」

 ……趣味? 畑仕事が? ああ、御手がっ! 泥まみれではないですかっ!

 きゃっきゃっと声が聞こえてきそうなほど御機嫌な王妃様。彼女は手際良く刈り取った木立を小さな木の束に変え、器用に紐で結んでいく。
 護衛が職務の騎士らは、手を出したものかどうか悩んだ。これが一時のことなら肩代わりするのが筋だ。しかし、ヒルデガルトが楽しんでやっているのを見ると、安易に口出しも出来ない。

 草むらに座り込んで、嬉々とした顔の王妃様は、次々と何かを束ねては放り投げている。

「……それは?」

「ん~? 焚き付けにしようと思って。こうやって適当な長さの束にくくって、放置しとけば乾くでしょ? せっかく刈ったんだし、有効利用しないとね」

 よくしなる若木だ。他にも何かに使えるかもしれないと、ヒルデガルトは長めで五ミリ程度な細いモノを長いまま束ねた。
 無造作に積み上げられる小枝の山。十本ずつぐらいで束にされたソレは、あっという間に館の壁際へ並べられた。

「完全に乾くまで一週間くらいかしら。次は……」

 草刈り鎌を手にし、ヒルデガルトは草刈りに挑む。切れ味の良い鎌は大した力も要らず、サクサクと雑草を根本から切り落としてくれた。
 ひとしきり刈り取ってはザルに集め、同じく館の壁際近くに積み上げていく。何度もそれを繰り返し、これまた結構な小山が出来上がった。
 唖然と見守ることしか出来ない騎士らの視界で、今度はフォーク片手のヒルデガルトが、地面に残る雑草の根っ子を引き抜いている。
 
「……なんなんだ、これ?」

「……野良仕事。……だと思うけど」

 手伝うべきか、止めるべきか。

 どちらとも判断がつかないまま日が高くなり、正午を告げる鐘の音が二人の耳に聞こえた。
 慌てて着替えに戻るヒルデガルトと一緒に館へ戻った騎士らは、遠目に見えるメイドとワゴンを確認して、安堵の溜息を漏らす。

 ……が、ここで再び、新たな問題をヒルデガルトが巻き起こした。



「貴方がたの食事は?」

「交代でいただきます」

「一緒に食べたら良いのに」

 持ってきた食事を並べていたメイドが、思わずガチャンっと皿を鳴らした。不調法なそれを見て、騎士はもちろん、ヒルデガルトすら眼を見張る。

「……失礼しました」

 そう言いながらも小刻みに震えるメイドの肩。

 それを不思議そうに見つめ、ヒルデガルトは、せっかく大きなテーブルがあるのだし、いっぺんに食事して済ませようと騎士らを振り返った。

「……我々は護衛対象と同席する権利がございません。ご身分をお考えください」

「そういうものなの?」

 ……そういうものですっ!!

 そこに居る騎士やメイド三人の正直な胸の内。揃って叫ぶ胸中を上手く隠して、騎士らは重々しく頷いた。

「面倒なのねぇ」

 ぶちぶち言いつつ食事をするヒルデガルトに、誰も二の句が継げない。

 そして食事が終わり、彼女は読書をしようと書斎へ向かう。その扉がパタンっと閉じた瞬間。
 メイドが崩折れるようにテーブルへ突っ伏した。もはや隠す気もないのだろう。隠しきれないといった方が正しいくらい、メイドの身体は盛大に揺れている。

「……んなっ、騎士と同席で食事? 嘘ですよね? 高貴なお姫様が、そんな……っ!」
 
 ぐふっと漏れる笑い。それにつられ、騎士達も全身を震わせる。純朴で素直な王妃様。その馬鹿正直すぎる行動や言動は、身分至上主義で生きてきた彼等に新鮮な衝撃を与えた。
 
「いや…… たぶん、本気。……ふっ、国王陛下にお見せしてさしあげたいものだよ」

「……裏の森裾もな。ぐふっ、んんっ!」

 誰にも言えない秘密の時間。この館の警護を担う騎士や世話を行うメイドらに共通していく、ヒルデガルトへの認識。
 静かな別館の空気に通う騎士やメイドの笑い声はとても温かだ。かつての彼等は、公然と冷遇される新しい王妃に微かな憐憫を抱いていた。
 少しでも気持ちよくすごせるようにと、気を張っていた。なのに……

「あの方は、勝手に好きに過ごされる。見ていて微笑ましくなるくらい、自由で無邪気だな」

「陛下のことなど気にもしておられないご様子。不敬なのだが、咎める気にもならないくらい幸せそうだよ」

「……良うございました。侍女様に言われて御茶の支度も用意してあります。時間を見て、お出ししてくださいませ」

 そう言い残し、メイドは食事のワゴンを押していった。小刻みに揺れる彼女の肩が、未だ笑っているのだと騎士らに知らせる。

 そんなこんなで勝手気ままなヒルデガルトは、騎士らの言う通り、お気楽お一人様ライフを満喫していた。
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