幸せな王弟殿下 〜疎まれた王妃を貰ったら家族が出来ました〜

一 千之助

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 種無し疑惑(ちなみに二人) 其の弐

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「なら…… スチュアートにくれてやろう」

「は……っ?」

「え?」

 思わず重なる二つの疑問符。

 それを発したヒルデガルトとスチュアートは、はっと顔を見合わせた。

「順当に行くなら、私の次は弟だろう? 仮にも独身の王子なのだ。受け入れろ」

「し……、しかし、私は……っ!」

 ……これまで五人も妻を持ったのに子供が出来なかった。……彼女にだって、子供を与えられるわけはない。ただの恥の上塗りだ。

 そう思いながら、スチュアートは口に出せない苦い言葉を呑み込む。
 それを一瞥しつつ何かを思案するようなアドルフと宰相。にやにや下卑た笑みを浮かべるリカルドは、弟の葛藤を面白がっていた。
 気不味い沈黙の降り積もる室内。重い雰囲気の漂うそこに、のほほんとした声が響く。

「宜しくてよ。どうせ政略結婚ですもの。夫が変わるのも有りですわよね」

「姉上っ?」

「……ヒルデガルトですわ。旦那様」

 噂の範囲でしかないが、彼女も王弟殿下の結婚事情を知っていた。だから、それを咎めるようなリカルドの発言に怒り心頭。

 ……家族を貶めて、せせら笑うとか。ほんっと性根の腐った犬ですわねっ!!

 狼狽し、今にも泣きそうな顔を向けるスチュアートにほくそ笑み、ヒルデガルトは扇を広げながら潤み悩ましい瞳で見つめる。
 スチュアートの中で何かが泣いていた。そう感じたからだ。まるで雨に濡れた大型犬みたいな彼の姿に、彼女はひどく庇護欲をそそられる。

 昨日のように。



『種無し?』

『……そういった下世話な憶測を吹聴されております』

 憶測ばかりとも言えないのだが、医学の発展していないこの世界では確定する方法もなく、あくまで状況から判断するしかない。
 その状況は、スチュアートが子供を作れないことを示している。

 なぜに彼が兄を追い落として玉座を得ないのか。どうして堕落した兄を見捨てないのか。
 そんな疑問が口をつき、彼女に無邪気な上目遣いで尋ねられた騎士達は、客観的な情報のみをヒルデガルトに教えてくれた。

『殿下が何人妻を召し上げても御子が出来なかったのは事実です』

『それで…… まあ、子種が無いのではと。噂がたちまして』

 言いづらそうな騎士に頷きつつ、ヒルデガルトは、ぞわっと肌を粟立てる。

 ……やっばぁ。わたくし、ひょっとして彼のトラウマを刺激したんじゃ? ……いや、刺激したどころが、抉って塩を塗り込んでしまったような?

 たらたら流れる冷たい汗。後悔先に立たず。口は災の元。故郷の家族にもよく叱られた。お前は口さがなさすぎると。正直なのは美徳だが、それを上回る毒舌はいただけないと。

 ……先人の言葉は聞いておくものよねぇ。悪いことしたなあ。

 そう反省したヒルデガルトは、スチュアートがリカルドに話をつけたと聞き、彼の努力を無駄にせぬよう豪奢に着飾ってリカルドの寝所を訪れた。
 なのに当のリカルドは仏頂面で座ったまま。同じくソファーに座るヒルデガルトを一瞥もせず、二人はまんじりとしない一夜を明かした。

 そして、この状況である。笑いも干からび、お愛想すら浮かばない。
 そちらがその気なら、こちらも好きにさせてもらおうではないか。……と。

 少なくともスチュアートはヒルデガルトを王妃として扱ってくれた。妙に頑固で色々苦言を呈したことには閉口するが、その反面、彼がリカルドをたしなめて夫婦の義務を果たすよう進言したことも聞いている。
 政を放り投げ自堕落に耽る兄に代わり、死に物狂いで働いていることもアドルフから報告を受けていた。
 
 もう、それだけでスチュアートの評価が上がる。爆上がりである。基本的にヒルデガルトは働き者が好きなのだ。
 彼のセンシティブな事情をかんがみれば、ド・ストライクでヒルデガルトのタイプである。

 真面目な働き者で努力を惜しまず、相手を思いやって行動出来るし、信頼に応えようとする誠実さも持っていた。
 ここで踏ん反り返って血統だけを誇る駄犬より、何万倍もマシな人間だ。

 ……玉座を放棄するなら、なさいませ。後釜は幾らでもおりましてよ。

 未だ薄ら笑いを浮かべたリカルドを唾棄するような眼で一瞥し、ヒルデガルトはスチュアートに歩み寄った。
 誠実な人柄は大前提。彼女は、昨日の力ないスチュアートの背中が瞼に焼きついて離れない。まるで泣いているかのような切ない後ろ姿が。

 ……守ってあげたくて、キュンとなったのは墓まで持っていく秘密だけど。
 
「不束者ですが、幾久しくお頼申しますわ、旦那様?」

 それで決定。アドルフも、この国の宰相も穏やかな面持ちで二人を見つめた。

 ……冗談だろ?

 思わぬ展開にオロオロするスチュアート。それを余所に、リカルドと離縁したヒルデガルトは、思い切り良くスチュアートの妻となる。

「書類仕事はお任せを」

 アドルフは、さくっと形式を整え、リカルドから離縁のサインをふんだくった。
 想定外だったのか、眼を白黒させる国王が面白くて、ヒルデガルトは扇の下でにんまりと嗤う。

 ……なんだ? 何が起きて? 弟は種無しだぞ? 皆、知っているだろうに、なぜ反対しないのだっ?!

 ああして突き放せば、ヒルデガルトが謝罪し、縋ってくるとリカルドは考えていた。王命による婚姻だ。まさか破棄されるなど思いもよらず、少し脅してやるだけの気持ちだった。
 そうすれば素直に従うと。ついでに口煩い弟も黙らせられると。そんな浅慮な思惑から口にしただけなのに。

 ……どうして、こうなるんだ? 何もかも上手くゆかないっ! だいたい、なんでこんなにこの女は元気なんだよっ! あれから何十日もたっているのにっ! 普通なら、神経が削られ憔悴しているもんじゃないのか? 一人孤独に啜り泣きしてるものとばかり…… 今日だって、お情けを懇願してくるなら、少しは可愛がってやろうと……っ! くそおぉぉっ!!

 リカルドにとって、恋い慕う王妃が最愛なことに間違いはなかった。だが、彼とて男だ。類稀な美姫を前にソワソワしないはずもない。だからこそ初夜も滞りなく行われた。
 しかし、こうして褪めた顔で見下されたら、その魅力も半減するし食指も動かない。
 傅かれることに慣れたリカルドは自ら動くことを良しとしないため抱きたいとも思わない。
 だからリカルドをその気にさせるには、ヒルデガルトが動く必要がある。最愛に操立てするリカルドすらソワソワさせた美貌だ。彼女が請うてしなだれかかれば一発で陥落出来ただろう。

 それが分かっていて敢えてやらない。ヒルデガルトとは、そういう生き物である。

 ……何様よ。相容れないのはお互い様でしょ? そっちが望んで差し出した地位じゃないの。こっちにしたら地位なんてオマケなんだから。子供さえ出来れば、アンタなんて用なしなのよ。嫌よねえ、こういう勘違い男。

 ……とか考えていそうだな、ヒルデガルト様は。

 不穏な空気をはらむリカルドとヒルデガルトを見つめながら、アドルフは軽く天を仰いだ。
 彼女が公国にされたお願いは、両国の血を引いた子供にこの国の王位を継がせること。父親がリカルドでなくても良いし、彼女の地位が王妃である必要もない。
 それを正しく理解していたアドルフは、ヒルデガルトが暴発する前に事を収めようとし、大慌てで書式を整えたのだ。

 敏腕摂政の腕の見せ所である。

 こうして形式上は王弟殿下とヒルデガルトの婚姻がなされ、特に挙式やお披露目は要らないという彼女の希望も優先された。

「……良いのですか?」

「貴方さえいたら良いのですよ?」

 ……あの駄犬と式は済ませましたしね。ぶっちゃけ、仕度だけで何時間もかかる結婚衣装を、もう一回なんて御免被りますわ。

 嬉しそうに寄り添うヒルデガルトに気を良くし、スチュアートは初めて妻を愛しいと感じる。ほんのり上気していく己の体温が心地良い。

 輿入れから一ヶ月足らずでこの大騒ぎ。これも想定内だと呟くアドルフの呟きは、誰の耳にも届かなかった。

 ……この程度なら、まあ。でも、なるべく小出しにしてくださいよ、トラブルは。

 脳内でだけ切実に祈るアドルフ。

 前代未聞な夫の交代劇は広く周知され、貴賤を問わず国中を駆け巡った。
 王弟殿下の種無し疑惑はけっこう有名だったらしく、あらゆる所で下世話な陰口が叩かれる。……が、ヒルデガルトは、どこ吹く風。くだらない噂話を飄々と切って捨てた。

「出来ないなら出来ないで良いではないですか。子供なんてオマケですわ。二人睦まじくあれれば、それが家族です」

 ふんっと鼻を鳴らす彼女の勇姿。

 ……そんなこと、誰も言ってくれなかったのに。

 スチュアートは眼の奥が熱くなる。

 彼の周りには敵しかいなかった。種無しと罵られ、蔑まれ、妻はおろか妾すらスチュアートの側に残ってくれなかった。
 王族の妾だ。彼女らも身分の高い貴族で、将来性のない王弟と共にあることを望まなかった。
 どんなに仕事を頑張っても、子供が作れないというだけでスチュアートの価値は底なしに下落していく。王族として致命的な欠陥品だと。
 
 なのにヒルデガルトは言うのだ。子供なんてオマケに過ぎない。出来ないなら出来ないで良い。家族になろうと。

 ……こんな殺し文句。絆されない男がいたら見てみたいよ。

「縁を結んだからには、わたくしの旦那様ですわ。家族です。楽しく暮らしましょう?」

 にぱーっと笑う無邪気な王女様。

 事の重要性を理解していないとしか思えないお気楽さだが、今のスチュアートにはそれが嬉しい。

「……子供は必須なので。二年ほど猶予をあげます。出来なかったら愛人を送り込みますから、宜しく」

 しっかり釘を刺すことも忘れないアドルフを苦笑で見送り、王弟殿下は三度目の結婚をした。

「……子供は期待しないで欲しい。……出来たら嬉しいけど」

「三度目の正直という言葉がありましてよ? ふふ、愛人なんて入り込めないくらい幸せな家庭にしましょう?」

 ……三度目の正直?

 聞き慣れない言葉に首を傾げるスチュアート。

 こうして疎まれた王妃を貰った王弟殿下は、望外の幸運に恵まれることとなる。
 
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