幸せな王弟殿下 〜疎まれた王妃を貰ったら家族が出来ました〜

一 千之助

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 種無し疑惑(ちなみに二人) 其の壱

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「……は? 勃たない?」

「そのようですな」

 あの不毛な言い争いをした翌日、スチュアートは側妃と微睡む兄を襲撃した。

『兄上っ! いい加減になさってくださいっ! 新婚の妻に渡りもお召しもないとはっ! これではいつまでたっても御子を授かれませんよっ!』

 さすがに鼻白んだ顔をし、スチュアートは辛辣な眼で弟を見据える。

『それはお前のことだろう? ん? この種無しが』

 ピキッと凍りつくスチュアートの表情筋。彼は過去に二回結婚し二回離縁していた。その理由は、子供が出来なかったから。
 政略結婚の妻たちはドライで、何年か過ごした後、離縁を申し出てくる。わざわざ妾まで充てがい、彼の種無しを証明して。

『……大変申し訳なく思うのですが、わたくしも実家に利益をもたらさなくてはなりません。……将来のない公爵家では困るのです』

 いずれ家を興して臣下にくだるはずのスチュアート。しかしそれは、王家に連なる跡取りがいなくば、一代限りで終わってしまう。
 そのため、良い家の出自だった彼の妻は、夫に見切りをつけ将来性のない未来の公爵を切り捨てた。王弟側の不出来でもある。元王子妃だったことは彼女の箔付けとなり、後々良い嫁ぎ先を見つけたようだ。

 男としての矜持をズタズタにされ、一人、意気消沈して項垂れるスチュアート。

 それでも彼に言い寄る御令嬢は居た。なので後添えには困らなかったものの、結局は破局。いずれ公爵家を興す彼だが、妻側としては家を自身の係累に継がせられなくば話にならない。
 公爵家の後継には王家の血が必須なのだ。王弟自身か、その血筋の跡継ぎが。如何に妻側が奮闘しても、それは変わらない。
 王家縁の養子をもらって、その婚約者に妻の血縁を据える手もあるが、妻側としては実子に勝る駒は無いため不服だった。
 そういった経緯があり、二度の結婚で失敗した彼は、今、独身を貫いている。其々の妻や妾と二年ずつくらい関係を持ったが、五人も居たのに一人も妊娠しなかったのだ。理由は明らか過ぎた。 

 それからは如何に縁談が来ようとも応じないスチュアート。結果はお察しだからだ。これ以上の屈辱は耐えられない。

 そんな弟のトラウマを、リカルドが容赦なく抉っていく。

『だいたい、お前が種無しでなかったら、この話は独身のお前に与えられたんだっ! 仮にも王位継承権を持っておるだろうがっ! お前が種無しなせいで、私は王位を譲れないのだぞっ? 最愛の妻を側妃に落とされた私の気持ちが、お前に分かるかっ?!』

 嫌悪も顕に弟を睨みつける国王。

 ……そんな兄上にも、種無し疑惑があるんですけどね。さすがに国王相手に宣う強者もおりませんが。

 あるいはフローレスが石女か。どちらにしろ王家の不名誉だ。王弟と違い、この二人にそのような暴言を吐く者はいないが。

 スチュアートは、昨日のヒルデガルトとの諍いを思い出していた。



『そりゃ兄上にも悪いところはあります。しかし、愛する女性がいるのです。それを差し置いて貴方を王妃に据えたのですから…… 分かっていただけませんか?』

『分かっておりますよ? ゆえに、こういった状況も予想して、しっかり準備して参りましたし?』

 その返答を聞いた騎士が、またもや駆け出していく。彼の脳裏には、しばらく前に見た行李ぎっしりの石炭が浮かんでいた。艶々した真っ黒な塊が。そして多くの調理道具も。
 居並ぶ騎士らを絶句させた有り得ない光景。あの時は冷や汗を垂らしたものだが、喉元過ぎた今は笑い話である。

 ……準備て。予想外過ぎます、王妃様っ! ぐふっ!

 一目散に逃げ出した同僚を生温い眼差しで見送り、仲間の騎士らは溜息をついた。

 ……あいつ、笑い上戸だしな。沸点低すぎだろ。

 そんな騎士達を余所に、ヒルデガルトとスチュアートの会話は続く。

『……ご理解いただけて恐縮です。だから、長い目で見てくださいませ。きっと今は兄も意固地になっておるのです。貴方から歩み寄りを見せていただけたら、兄も変わるかも……』

『かも?』

 ぎらりと輝く妖しい瞳。濡れる紫眼に射竦められ、不覚にもスチュアートは、その力強い眼光に魅入られる。素直に美しいと思った。
 何物にも揺るがない堅固な光。だが、その口からまろびるのは毒ばかり。

『そのように曖昧なことをやっても良いと? 仮にも国王陛下でありましょう? 己が責務や義務を自覚せず、淫蕩に耽り、自堕落な日々を送る人間に歩み寄れと? そんな、頭もお股も緩い能無しは、とっとと蹴落としてしまいなさいっ! 貴方は王弟なのですからっ!!』

 力なく戻ってきた笑い上戸の騎士が、再び踵を返して逃げ出した。それに続き、もう一人の騎士が戦線離脱する。

 ……頭もお股も緩いて。至言ですが、的を射すぎております、王妃様。

 ……しかも、能無し。間違っていないだけに、なんとも。でも、前はそんなんでなかったのですよ? 敗戦で自暴自棄になられて…… まあ、王妃様には関係のないことでしょうが。

 以前のリカルドを知る騎士達は、無意識に脳内で国王を擁護した。御飾りにされてしまったリカルドの憤りが理解出来るだけに、彼等は甘めな判断をしてしまう。
 それはスチュアートも同じだった。

『……蹴落とせるものなら、とっくに。……何も知らないで……』

『知りませんわよ。誰も説明しないのですから。こちらの得た情報だけで判断する他ありませんでしょう?』

 正論だった。

『……兄上に進言してみます。義務を果たせと。失礼する』

 俯いたまま、スチュアートは別邸をあとにした。

 その後ろ姿に滲む憐憫。

 なぜかソレが泣いているように見えて、ヒルデガルトが首を傾げる。
 そんな彼女は、護衛騎士の数が足りていないことに気づかない。森裾に隠れて呼吸困難になるほど笑っていた騎士らも、意気消沈し、王宮に帰還した王弟殿下の後ろ姿を知らなかった。  

 ここに至る経緯になった一幕を思いだしつつ、スチュアートは目の前の兄に憤る。

 ……ヒルデガルト様の言葉は正しい。だが、兄上にだって事情はあるのだ。……私には得られなかった事情が。

 どんなに罵られようが、スチュアートはリカルドを嫌えないし、蹴落とすことも出来ない。子供を作れず欠陥品の王族と呼ばれるスチュアートは、玉座を望めないのだから。
 
 リカルドにしたら、敗戦処理のため意に沿わぬ花嫁でも受け入れねばならない。それは国王である以上避けられないことだ。
 だが、もしスチュアートが健常な王子であったなら離婚などされず、そのまま妻がいたはずだ。もちろん子供も。
 そうなれば、結局子無しのリカルドがヒルデガルトと結婚する他ない。隣国の要求は、両国の血を引く跡継ぎに王位を譲ることなのだ。すでに子をなしたスチュアートでは後々面倒なことになる。
 どっちにしたって状況は変わらなかった。リカルドの罵倒は単なる八つ当たりに過ぎない。

 それでも彼等には隣国に対する面子があった。

 スチュアートの襲撃を受けた夜、リカルドはヒルデガルトを寝所に招く。
 
 しかし夜番が隣室に待機するなか、結局、朝まで二人が行為に及ぶことはなかったようだ。



「……勃たなかったんだよ。どうしようもない」

 苦虫を噛み潰したかのように忌々しい口調で吐き捨てるリカルド。
 それに頷き、久々のドレス姿を披露しつつソファーに座ったヒルデガルトは、軽く肩を竦めてみせた。

「わたくしに欲情出来ない御様子でしたわ。仕方ございませんわね」

 すん……っとした澄まし顔が小憎らしく、スチュアートは宰相とアドルフを振り返る。

「……まあ、こういったことはデリケートな問題ですし?」

「こちらとしては、ヒルデガルト様の御子であれば、種は誰でも宜しくて……」

 あけすけなアドルフの言葉に、リカルドが、カッと眼を剥いた。

「我が国の王は我が国の王家の血筋でなくてはならんっ!」

「ならば、傍系でも構いません。年回りの良い若者を見繕いましょう」

 別にアンタでなくても良いんだよと言外に含め、ぴしゃりと言い放ったアドルフは、切れるように辛辣な眼光でリカルドを射貫いた。その迫力に圧され、リカルドが言葉を詰まらせる。
 
 ……摂政殿も容赦ないわねぇ。まあ、勃たないとか? 健常な男として、どうかとも思うけど。見た目に反して陛下は繊細なのかしら? 

 酷い言われようだが、そう言われてもリカルドに反論は出来まい。それだけの不躾な態度を彼はヒルデガルトに行ってきたのだ。
 リカルドは惚れ抜いた妃がいる。これは周知の事実で、ヒルデガルトの耳にも入っていた。
 だから気の毒とも思うし少し同情もするが、国王らしくない彼の態度の悪さで、微かな憐憫は相殺されてしまう。
 ……いや、マイナスを振り切る勢いでリカルドの評価が下がっていく。ヒルデガルトやアドルフ、宰相、王弟の脳内で。もちろん、この状況を見守る王宮の人々からも。

 あれやこれやと話し合うなか、つ……とリカルドの眼が昏く輝いた。 
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