「夢」探し

篠原愛紀

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奇跡の話。

奇跡の話。

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奇跡は、起こるかな……?

夢は叶うかな……?
その日は小雨が降っていた。

傘を差すべきか迷う程の小雨。


手をかざしても雨の感触は伝わって来なかった。

辺りはコンクリートのビルだらけで、俺は歩道橋の丁度真ん中辺りに立っていた。


また俺は、あの日からいつで、どんな国なのか知らない場所に辿りついていた。


こんな微かな雨なのに、人々は傘を差していて、


誰も立ち止まっている俺に見向きもせず、歩いていた。


俺は何もする気にもなれず、しばらく雨の中を立っていたんだ。

雨の日のコンクリートの匂いが鼻を霞めて、なんだか一人笑ってしまっていた。

すると、突然ドンッと体当たりされた。
「わぁっ」

ぶつかってきた物体は尻餅をついた。

それは、少女と同じくらい幼い少年だった。
少年が半袖を着ていたので、そこで初めて今が夏であると理解した。

雲一つ無いのに小雨が降るこの日の、一番最初に気づいた事だった。

「ごめんなさい。よそ見してたんです」
「いや…こちらこそ。大丈夫かい?」

俺は少年の手をとり、立たせた。

もしかしたらこの少年は、何度も転けたのかもしれない。
半ズボンは所々泥で濡れていた。

少年は走り疲れていたようで、息切れを落ち着かせるように深呼吸した。

「お兄さんも傘差さずに何してたの?」
立ち止まり動こうとしない俺に少年は興味を持ち問う。

「道に…迷っててね」

出口もない道だけど。なんて面白くもない冗談を思い浮かべて。

「君は?」

少年はスッと空を指差した。

「虹を追いかけてるんだ」
「虹を…?」

「うん。お兄さん知ってた?
虹に追いつくとね、願いが叶うんだって」

歩道橋が何本も遠くに見える遥か向こうの空に、虹が見えた。

「さっきより虹が近づいてきた。
僕ね、妹に雪を見せてあげたいんだ」

歩道橋から身を乗り出し、少年はすがる目で虹を見た。

「雪なんて冬になれば見れるよ」

少年は首を横にふった。

「ううん。妹はもう長くないんだって。病院の先生が言ってた。――冬まで生きれませんって」

残酷な言葉を少年は言った。

哀しく瞳を揺らしながら、それでも虹をまっすぐ見つめながら。

「雪が見たいッて妹が言うから、僕はその願いを叶えてあげたいんだ」

なんて純粋でなんとまっすぐな少年だと思った。

俺に無いもの全てを手に入れている少年。

少し情けないけど悔しかった。

「俺なら、虹に妹の体を良くして下さいって祈るけど?」
「それじゃ駄目だよ。妹が自分で生きたいって願わなきゃ。来年も再来年も雪を見たいって思わなきゃ。奇跡は必ず起こるって、だから諦めないって信じるって……だから雪を降らせなきゃ」

 自分に語りかけるように、勇気づけるように、両手をグッとにぎり天を仰ぐ。
 雨で濡れた顔は、淋しげに泣いているかのようだ。
 俺には分かった。胸が痛む程に。

「時」の現実を。

「もうすぐ雨が止むよ。君は最後まで、妹のそばにいてやりなさい」

「最後まで? ……馬鹿にしてるの? ただ立ち止まって歩く人の邪魔をしてるだけのくせに! 奇跡は必ず起きるんだ! 妹は雪を見て、また来年も見たいって思って来年も再来年も一緒に雪を見るんだ! 必ず!」

少年は俺を睨むと町の中へ消えていった。

馬鹿は俺だよ。
虹なんて触れられるわけないって頭から否定して
知らずに頑張る君を傷つけて、

なんて愚かで浅ましく醜いんだろう。

せめてどうか、少年の願いが叶うように。
遥か彼方の虹を見て、願わずにはいられなかった。
いつしか虹は消えて雨が静かに降るのを止めた。


 コンクリートのビルの中で、蝉の声が煩いなんて、今日知った二番目の事だ。

三番目に気づいた事はずっとずっと空が記憶してくれるだろう。

空が虹色の夢を見るから、優しく願いを叶えてくれるんだ。

だから蝉が鳴くこんな真夏に雪が降るんだ。

今までせっせと歩いていた人はもう一人も居なかった。

空を見上げて、皆落ちてくる雪を見ていた。
優しく降っては、幻の様に消えていく。

奇跡が降り注ぐのは、奇跡を純粋に信じた少年がいたから。
近道をはねのけて、出口を見つけたから。

「雪……か」

皆が立ち止まってる中を、俺は早足で歩きだす。

でも俺には誰一人邪魔だと思えなくて、

俺は一人て笑ってしまった。
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