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友情の話。
友情の話。
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お互いを傷つける存在だけど傷つけあうことなどせず、認めあえれば素敵だよね。
ある男の子が学校をサボって土手で寝転んでいた。
川の水が静かに流れて涼しく、大きな工場が日影を作ってくれるので、寝るのには心地よい場所だった。その男の子は、私立の有名な高校に通っていた。通っているって言うより「通わされている」が正しいかな。いつも不満ばかり詰め込んで、無気力で、意志も何も無かった。
ただ、家が名家で裕福だったので、親のお金で高校に入学した。ただこのまま、高校を卒業して大学に行って、親に進められる会社に就職して、この先ずっとつまらない日常しか想像できず、退屈だった。
もう一人、男の子が寝ている土手の傍の工場に男の子が働いていた。せっせと毎日、額から流れる汗を拭いながら機械を組み立てていた。寝転んでいる男の子と同じ年だが、学校には行ってなかった。行ってなかったというより「行けなかった」が正しいかな。両親が居なく、施設で育った少年は、経営が上手くいっていない施設に負担をかけたくなかったから。
ただ、毎日仕事着のつなぎを汚しながら、その少年はとても楽しそうだった。油で汚れた手は、彼にとってとても誇らしくて、毎日がとても充実して楽しかった。
彼は犬の車椅子の部品の製造から組み立てをする工場で働いていた。初めて給料をもらった日の夕暮れに染まる空、車椅子を使って散歩している犬の飼い主からの写真、一緒に働く年上の先輩たちからの優しい指導。
全部全部が、その少年の宝物で、かげかえのない日常だった。
そんな二人がある日、出会った。またいつもの様にサボっている男の子に、仕事の休憩中の男の子が気づいたから。
買った缶珈琲を落としてしまった作業服の男の子。それに気づいて起き上がり、土手の上を見上げた制服の男の子。
二人は目があった。最初に笑ったのは工場で働く男の子だった。無言で缶珈琲を差し出すと「ありがとう」と笑った。
その差し出された手が、油でテカり、黒く汚れているのに気づき少し躊躇するとそれに気づいた仕事着の男の子はまた微かに笑った。
「それ、あげるよ。僕はもう一本あるから」
それが余りにも優しく笑うから、制服の男の子も釣られて、ぎこちなくだが笑った。そして2人は飲みながらぎこちなく、それでも少しずつ話をした。
制服の男のは『ふく』、作業服の男のは『こう』と名前を名乗って、その偶然に笑いあった。
「同じ年なんだ? なんで高校に行ってないの?」
ふくは驚いて尋ねたけれど、こうは淋しそうに笑った。
「行けなかったから」
一言、やっとの事で伝えられた。
「ふぅん。いいなぁ、それ」
こうは、その言葉を単純に聞き、真意に気付かなかった。
「何がいいの?」
不思議そうに瞳を揺らし、聞いた。
「だって学校なんて楽しくないじゃん。有名な私立の高校だって、他の高校からはさ、金さえあれば入学できるって馬鹿にされるし。――学校の中は勉強と規律ばっかで全然つまんねぇ」
ふくは、ネクタイをシュルっと音をたてて外し、川に投げ捨てた。
「平凡で退屈で楽しくない。あんたみたいに好きに働いてみたいよ」
残酷な言葉を吐きながら、自分の生活を卑下する。黙ってふくは立ち上がり、土手を駆け下りていく。
水を跳ねる音が、土手に大きく深く響いた。
「おいっ」
川の中へ、ネクタイを拾いに入った。
「何やってるんだよ!」
びしょ濡れになった男の子は、濡れた仕事着の上から、不格好にネクタイを結んで笑った。
「簡単に言わないで。僕は行きたかったんだ」
ぎこちないネクタイと同じ様に笑った。ぎゅうっととネクタイを結ぶ。何回結んでも不格好なまま。
「アハハ………僕へたくそ」
満足そうに笑った。
「本当は、もっともっと勉強して自分で機械とか発明したり作って見たかったんだよ」
目の前で呆然と見ている制服の男の子の瞳を覗いて言った。
「君みたいに裕福な家庭ではないから、実現できなかったけど」
君みたいに高校に通える人には、笑ってしまう夢かもしれないけれどと、苦笑している。
「行けなかったけど、夢の機械を作るってのは、少し叶ったよ。皆で組み立てる作業をして共に笑いあって大変だけど、大変だからこそ楽しいんだ」
まだ全て諦めたわけではないしね。いつか自分の力だけでしゃべるロボットとか作って沢山施設に寄付するんだってそして制服を着た男の子に問う。
「学校には行けなかったけど、毎日夢に向かっている僕と、最上の可能性を全て否定してただ不満を口にするだけの君とでは、分かりあえないかもしれないよね」
制服の少年はただ黙っているしかできなかった。
「工場から土手はよく見えるよ。毎日の様にお昼寝をする君が僕はとても羨ましかった。でも今からは見るのはつらいかもね」
君が悪いわけではないんだ。ただ僕の劣等感が君を傷つけてしまいそうで怖かった。
「おーい」
工場から声がした。仕事着の男の子はハッと気づいて土手を登っていく。そして首のネクタイに気づいた。振り返った時には、制服の男の子の姿は走ってもう小さくなってしまっていた。
お互いが、ただ羨ましい存在だっただけなんだ。そして本当には、なりたい自分ではなかったから。ただお互い傷ついてしまったから。
だからもう会うことはないと感じていたけれど…‥数週間経ち、ネクタイのない制服の男の子は土手で缶珈琲を2本持って座っていた。
次の日も、その次の日も。土手に座りこむ男の子を、戸惑いながら見続ける仕事着の男の子。
仕事が終わっても、まだ座っている男の子を見てそっと声をかけた。生きていて、一番勇気を出したのだろう。震えて裏返った声に情けなくて涙がこみあげてくるほどだった。
制服の男の子はホッとしたように笑い、缶珈琲を渡した。その時差し出した汚れた手をじっと見つめられて、それが居心地が悪くて後ろに隠した。そして後ろポケットに、あの日のネクタイがある事を思いだした。きちんとアイロンをしていたものの、ポケットの中でぐちゃぐちゃになったいた。でも制服の男の子は、汚れた手から躊躇する事なくネクタイを受け取ってネクタイを結んだ。
二人は夜の土手で缶珈琲を飲みながらいつまでも笑いが絶えることなく語り続けたんだ。
二人の白い息は夜空を染める。空になった缶珈琲と、笑い声、そしてぐちゃぐちゃになったネクタイ。
それは、環境も生き方も考え方も違う、なりたかったはずの相手との友情が夜を染めていく話。
ある男の子が学校をサボって土手で寝転んでいた。
川の水が静かに流れて涼しく、大きな工場が日影を作ってくれるので、寝るのには心地よい場所だった。その男の子は、私立の有名な高校に通っていた。通っているって言うより「通わされている」が正しいかな。いつも不満ばかり詰め込んで、無気力で、意志も何も無かった。
ただ、家が名家で裕福だったので、親のお金で高校に入学した。ただこのまま、高校を卒業して大学に行って、親に進められる会社に就職して、この先ずっとつまらない日常しか想像できず、退屈だった。
もう一人、男の子が寝ている土手の傍の工場に男の子が働いていた。せっせと毎日、額から流れる汗を拭いながら機械を組み立てていた。寝転んでいる男の子と同じ年だが、学校には行ってなかった。行ってなかったというより「行けなかった」が正しいかな。両親が居なく、施設で育った少年は、経営が上手くいっていない施設に負担をかけたくなかったから。
ただ、毎日仕事着のつなぎを汚しながら、その少年はとても楽しそうだった。油で汚れた手は、彼にとってとても誇らしくて、毎日がとても充実して楽しかった。
彼は犬の車椅子の部品の製造から組み立てをする工場で働いていた。初めて給料をもらった日の夕暮れに染まる空、車椅子を使って散歩している犬の飼い主からの写真、一緒に働く年上の先輩たちからの優しい指導。
全部全部が、その少年の宝物で、かげかえのない日常だった。
そんな二人がある日、出会った。またいつもの様にサボっている男の子に、仕事の休憩中の男の子が気づいたから。
買った缶珈琲を落としてしまった作業服の男の子。それに気づいて起き上がり、土手の上を見上げた制服の男の子。
二人は目があった。最初に笑ったのは工場で働く男の子だった。無言で缶珈琲を差し出すと「ありがとう」と笑った。
その差し出された手が、油でテカり、黒く汚れているのに気づき少し躊躇するとそれに気づいた仕事着の男の子はまた微かに笑った。
「それ、あげるよ。僕はもう一本あるから」
それが余りにも優しく笑うから、制服の男の子も釣られて、ぎこちなくだが笑った。そして2人は飲みながらぎこちなく、それでも少しずつ話をした。
制服の男のは『ふく』、作業服の男のは『こう』と名前を名乗って、その偶然に笑いあった。
「同じ年なんだ? なんで高校に行ってないの?」
ふくは驚いて尋ねたけれど、こうは淋しそうに笑った。
「行けなかったから」
一言、やっとの事で伝えられた。
「ふぅん。いいなぁ、それ」
こうは、その言葉を単純に聞き、真意に気付かなかった。
「何がいいの?」
不思議そうに瞳を揺らし、聞いた。
「だって学校なんて楽しくないじゃん。有名な私立の高校だって、他の高校からはさ、金さえあれば入学できるって馬鹿にされるし。――学校の中は勉強と規律ばっかで全然つまんねぇ」
ふくは、ネクタイをシュルっと音をたてて外し、川に投げ捨てた。
「平凡で退屈で楽しくない。あんたみたいに好きに働いてみたいよ」
残酷な言葉を吐きながら、自分の生活を卑下する。黙ってふくは立ち上がり、土手を駆け下りていく。
水を跳ねる音が、土手に大きく深く響いた。
「おいっ」
川の中へ、ネクタイを拾いに入った。
「何やってるんだよ!」
びしょ濡れになった男の子は、濡れた仕事着の上から、不格好にネクタイを結んで笑った。
「簡単に言わないで。僕は行きたかったんだ」
ぎこちないネクタイと同じ様に笑った。ぎゅうっととネクタイを結ぶ。何回結んでも不格好なまま。
「アハハ………僕へたくそ」
満足そうに笑った。
「本当は、もっともっと勉強して自分で機械とか発明したり作って見たかったんだよ」
目の前で呆然と見ている制服の男の子の瞳を覗いて言った。
「君みたいに裕福な家庭ではないから、実現できなかったけど」
君みたいに高校に通える人には、笑ってしまう夢かもしれないけれどと、苦笑している。
「行けなかったけど、夢の機械を作るってのは、少し叶ったよ。皆で組み立てる作業をして共に笑いあって大変だけど、大変だからこそ楽しいんだ」
まだ全て諦めたわけではないしね。いつか自分の力だけでしゃべるロボットとか作って沢山施設に寄付するんだってそして制服を着た男の子に問う。
「学校には行けなかったけど、毎日夢に向かっている僕と、最上の可能性を全て否定してただ不満を口にするだけの君とでは、分かりあえないかもしれないよね」
制服の少年はただ黙っているしかできなかった。
「工場から土手はよく見えるよ。毎日の様にお昼寝をする君が僕はとても羨ましかった。でも今からは見るのはつらいかもね」
君が悪いわけではないんだ。ただ僕の劣等感が君を傷つけてしまいそうで怖かった。
「おーい」
工場から声がした。仕事着の男の子はハッと気づいて土手を登っていく。そして首のネクタイに気づいた。振り返った時には、制服の男の子の姿は走ってもう小さくなってしまっていた。
お互いが、ただ羨ましい存在だっただけなんだ。そして本当には、なりたい自分ではなかったから。ただお互い傷ついてしまったから。
だからもう会うことはないと感じていたけれど…‥数週間経ち、ネクタイのない制服の男の子は土手で缶珈琲を2本持って座っていた。
次の日も、その次の日も。土手に座りこむ男の子を、戸惑いながら見続ける仕事着の男の子。
仕事が終わっても、まだ座っている男の子を見てそっと声をかけた。生きていて、一番勇気を出したのだろう。震えて裏返った声に情けなくて涙がこみあげてくるほどだった。
制服の男の子はホッとしたように笑い、缶珈琲を渡した。その時差し出した汚れた手をじっと見つめられて、それが居心地が悪くて後ろに隠した。そして後ろポケットに、あの日のネクタイがある事を思いだした。きちんとアイロンをしていたものの、ポケットの中でぐちゃぐちゃになったいた。でも制服の男の子は、汚れた手から躊躇する事なくネクタイを受け取ってネクタイを結んだ。
二人は夜の土手で缶珈琲を飲みながらいつまでも笑いが絶えることなく語り続けたんだ。
二人の白い息は夜空を染める。空になった缶珈琲と、笑い声、そしてぐちゃぐちゃになったネクタイ。
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