「夢」探し

篠原愛紀

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「時」探し

薔 薇 

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上も下も左も右もない世界に。

名前さえ知らない人たちと。香りがする。

ヒラリ。

バニラの様な芳香。

ヒラリ。

またヒラリ。

綺麗なピンクのバラの花びらが、闇を光を放ちながら飛び散っている。

一輪の薔薇が私の手の平に舞い落ちると 輝くのを止めた。

「素敵。ピンクの薔薇だ」

でもどこから……?
あたりを見渡すが、まるで光に包まれているようでなにも見えない。

「その薔薇ね、白だったの」

綺麗な女性の声がする。

その声のする方から光が射す。

振り返ると世界がガラリと変わったんだ。

「不思議でしょう? オーバードライブの後に、白からピンクの花びらになったの」

えっ?

今まで『時』の果てに漂っていたのに。

急に私の視界の先には女性が立っていたんだ。

「赤と白の調和みたいに綺麗な色でしょう?」

煉瓦作りの家があった。
家を薔薇の塀が囲んでいる。
暖かい日差しが薔薇に降り注ぎ、薔薇の塀の向こうに、綺麗な若い女性が立っていた。

純白のワンピースにウェーブ掛かった肩より長い髪を風になびかせて、優しく美しく笑った。

「ここは――……?」

いつの間に私はここに来たのだろうか。

何時からここにいるのか分からない。

女性はホースの蛇口を閉めて水やりを 止めた。

「ここは私の家なの。薔薇も主人が植えて下さったの」

綺麗な白の薔薇を。

思い出を噛み締める様に薔薇を眺める。

「貴方はどこから来たの?」

 貴 方 は ど こ か ら

サァっと自分の置かれた状況を思い出し、現実に引き戻された。

「?」

女の人は薔薇の塀の向こうで、少しだけ首を傾ける。

「あっ」

私の返答を待っていると気づいた。

慌てて髪をクシャと掴みながら

「私、自分が誰だかわからなくて、迷子なんです」

状況も分からない見ず知らずのこの人に私は、うまく説明できず、戸惑った。

ハッと我に返り、慌てて何か言おうと言葉を探す。

すると女の人は目を伏せて申し訳なさそうに謝ってきた。

「ごめんなさい。そんな辛い事を聞いてしまって……」

本当に心から謝ってくれたので、私は慌てて手を横にふる。

「いいんです! 気にしないで下さい!」

少し安心するように優しく笑ってくれた。

「迷子って事は、貴方も戦争に巻き込まれたのかもしれないわね。きっとすごく辛い目にあったのね」

風が流れて、また薔薇の花びらを空に浚う。

「彼も……‥」

天を仰ぐ彼女に、私は聞いた。

「彼……?」

ゆっくりと仰いでいた顔を下へ降ろす。

「私の主人なの。丁度、オーバードライブのあった町に……。あの人、優しい人だから。人を傷つけるなんてできない人だから」

私に背を向ける。

「帰ってこないのは分かってる。最初で最後の残酷な約束」

薔薇の花びらが、彼女を守る様に空を舞い包み込む。

「あなたは、ここで待っているだけなの? 探しに行かないの?」

見ず知らずの私にまで気にかけてくれる彼女が、諦めてしまうのが嫌だった。

笑顔が曇っていくのが怖かった。

「約束なの」

一言一言を噛み締める。

「もう帰らないけれど素敵な薔薇をあの人の為に育てる。それは、私も彼も約束は破らない」

また優しく笑う。

心配しないで。
私は大丈夫だからと。

壊れそうに細い体で、自分を守る為に笑う。

「探してくる」

私は彼女の目を見て言った。

「貴方が一人で泣いているのはとても辛いから。貴方の旦那さんを探してくる」

「何を言ってるの? 探すなんて、そんな……戦地は女の子一人では危険なのよ」

彼女は私の目を見て、本気なのだと気づいたのだろう。
必死で説得してくる。

「でも私は自分の『時』を見つけなきゃいけないから。もしかしたらそこにあるかもしれないから」

「…………」

言葉を、探そうとしていた。

私に馬鹿な事を止めさせる言葉を。

それでも私の気持ちは変わらないと思う。

彼女がずっと一人で、薔薇に囲まれて生活していくなんて嫌だから。

彼女はうつ向いて、ワンピースの裾をギュッと握っていた。

そして顔をあげてこちらを見る。

その目は真剣で、とても切なくて……辛そうだった。

「では、彼にあったら伝えて。――約束は守るからって」

今にも泣き出しそうな顔で彼女は言った。

「分かった」

私は安心してもらえる様に自信を持って笑った。

彼女は一輪の薔薇を私に差し出した。

「この薔薇を彼に……」

私はその薔薇を受け取った。

すると辺りが突然真っ暗になった。
音もない上も下も分からない、闇の中。

一輪の薔薇だけが光り輝いていた。

その薔薇が星屑の様に
キラキラと 消えてゆく。

私は慌てて両手の中に包むこんだ。

すると私の両手の中から光が飛び出して闇を切り裂く光が、私を包み込んでいった。
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