「夢」探し

篠原愛紀

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「時」探し

眠る月

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どうか誰も彼女を起こさないで。

全てを奪わないで……。




足元に波紋が広がる。
遠くまで透き通った銀色に輝く湖が広がっている。

空には星が輝いて、星を避けるように雲が流れている。

私は足首までの浅い湖の中を波紋を作りながら歩く。

目指すのは目の前に見える、白く輝く小さな円状の舘。

湖の真ん中に、5つの柱だけで造られた吹き抜けになっている舘。

『動かないで……』

優しく囁く声がする。

舘の真ん中で、大理石の長椅子に腰をかけて瞳を閉じている男の人がいた。

床に座り、椅子に寄り添いながら男の人の膝に頭を乗せ、静かに眠っている女性もいた。

『波紋を描く音で、彼女が起きる。起こさないで』

「あっすみません!」
私はその場で止まり、口元も押さえた。

『君はいつ「ここ」へ来たの?』

ずっと私は起きていたのに、君に気付かなかったよ、と。

この銀色の世界で、彼の髪はキラキラと明るく輝き、まるで太陽のようだった。

「いつのまにか……私、自分の『時』を無くしてしまって……」

『じゃあ普通の人間なんだね。記憶喪失……?』

「はい。そんな感じです」

『いいね。ソレ……』

「いい……ですか?」

余りに静かにポトリと落とす様に告げられるから、不快感はなかったけれど…。

記憶が無くて必死に足掻く私には、良いことだと思えなくて、複雑だった。

『ごめんね、君には悪い言い方になってしまったね。ただ……』

彼は、自分の膝で眠る女の人の腰より長い髪を、優しく撫でながら、寂しげに言う。

『彼女にとって、記憶を忘れたほうが良いと思ったから……』

心地よさそうに眠る女の人……。

彼が優しく撫でると笑顔になった。

「幸せそうに眠ってますね……」

『彼女が幸せな顔をするのは寝ている時だけだよ』

哀しく苦笑しながら、彼はゆっくり前に屈むと彼女の頭に優しくキスをした。
『彼女は…月の神だから。人の闇の部分を強く感じてしまうんだ』

彼女が悪いわけではないし、人々が悪いわけでもないけれど。

『戦争の繰り返しの世界の、醜い場景に涙を流さない日はない』

両手で耳を塞ぎ、目を瞑っても、彼女は傷つくんだ。

『静かな優しさの彼女には、これから始まる戦争には耐えられないよ』

「戦争…?」

先ほどまで見ていた戦争の終末を思い出してしまい、つい目線を剃らしてしまった。

『楽園を巡って世界が二つに分かれて戦うんだ』

「楽園……?」

『そう。楽園。そこからは世界の全てが見えるんだ。そこさえ手に入れれば世界を支配できるからね』

彼は落ち着いた声で静かに言った。

『その場所へ行き方を知ってる人間も現れたしね……』

深くため息を洩らす。

『ただ、彼女は涙を流すんだ。何も出来ない自分が悲しくて』

 だから戦争が終わるまでずっとずっとおやすみ。

汚い心とか汚い赤い血なんて、君が責任を負って泣くことじゃないから無力だと嘆かないで。
世界は本当はもっともっと幸せにも包まれているはず……。

オレだって、君の笑顔で幸せになるんだから。



‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐ ‐

『嘘つき! また間違ったら貴方が消すの?』

少女が俺に問い詰める。

違うよ。

消されるんだよ。

俺の存在が。

少女の行く末を見守っていた、俺の後ろにいつの間にか、現れていたんだ。

こちらも、月の神と同様に優しすぎる存在の神だ。

「君は相変わらず、一人で嘆いているのかい?」

ニヤニヤと片目の神が俺に聞いた。

嘆いて、愁いで、悔いて?

「赤い鋭~い目の化物は、今もお前を探している。そしてオレの十字架は破裂する。世界は一生お前を憎んでしまう」

冷たい、【夜の十字架】の上に飛び乗りながら、愉快犯みたいに笑う神。

「それほど罪は重いのですよ。もう会えないと思っていた神よ…‥」

退屈そうに真面目な顔になって番人に聞いた。

「もう番人なんて辞めれば?」

番人は、フッと気を緩めて笑った。

「簡単じゃないことを言わないで下さいよ…‥」

俺がしがみついているのは、この力でも、この地位でも、ましてや名誉の為でもないんだよ。

「だって君、生きてたよ。あの少女の隣で笑ってた時が一番、キラキラ生きてたよ」

自由になっちゃいけないなんて神は言ってないし、ましてや『時』の神は、番人にも会おうとはしてないんだから。

そう言ってケラケラ笑う。

何をそんなに楽しそうに笑ってるんだ、神よ。

俺は今も生きてるよ。いつでも俺は生きてたよ。
だから、俺に変化を問いかけないで。

俺が望むのは変わることない平穏。


ーーーーーーーーーー

「悲しい…」

だって、だってそうでしょう?

「皆幸せになんかならないのに、戦争なんかで幸せを感じれるわけないのに」

犠牲の上で得る物なんて、私は涙を堪えきれずに、ポタポタと流す。

『泣かないで。それは私も一緒だから』

その男の人はおいで、と手招きしてくれて涙を指先で拭ってくれた。

『戦争をすれば、それで勝てばあいつらはどんどん欲望に紛れていく。罪を気付かず手遅れになる。
「楽園」を手にいれて神にでもなりたいと勘違いするならば、罰が降るだろうからね』

優しく眠っている女の人に気遣いながら、銀色のこの世界の空を見上げる。

『人間は気づくべきだ。戦争で戦ってはいけない。戦うのは自分の心だってことを』

私は気づいて欲しい。彼女がお前たちの分まで苦しんでるんだってね。それでも、可能性があるならば

間違ったってまた、やり直すことはできるって。

『綺麗事すぎて、聞く人は偽善だと笑っちゃうかもしれない話だけどね』

「偽善だって笑うなら、偽善だという理由を述べさせるわ」

だって私は人を殺した事はないし、戦争なんて知らないし、何を思ったって自由でしょ?

目の前の人は、スゥっと目を細めて私を見たけれど、
太陽のようにキラキラ輝く髪よりも、眩しく笑ってくれた。

『君は間違わないでね。足元ばかり気をとられて歩くより、空を見上げて歩く方が気持ち良いことを』

私はちょっと嬉しくなって笑ってしまった。

今まで出会った人は良い人ばかり。
自分より相手を思ってばかり。
そんな人たちだから傷ついてばかりなのかもしれない。

「じゃあ、彼女が起きたら教えてあげて下さい。悲しんでばかりいないで、隣の貴方の太陽よりも輝く笑顔を見て下さいっ、て」

一瞬無表情になった彼は、唇だけ微かに動かして
『ありがとう』というと、涙を流しながら、彼女の髪に顔を埋める。

銀色の世界で、湖の上の舘で二人きり。

その優しいしぐさが、波紋のように広がってゆくかのように、心地よい世界。

『また、ね』

『私と彼女の、愛しい子どもを地上へ逃してしまった。会えるなら会いたいのだが……』

もし、見つけたら今のように優しくして欲しい

と。

当たり前の事を、申し訳なさそうに言った。

その言葉の裏に隠された意味を知る事になるのは、もう少し先の話。

私ではない誰かの、話。

だって、ほら、また『時』に吸い込まれる。
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