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「時」探し
流 星
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流れ星が降る。
やがて、夜空が輝く程の流星群。
けれど、流れ星が流れるのは、自分の最後の『時』の輝きを、見てもらう為。
だから、流れ星を見たら、願いが叶うの。
自分の最後の輝きを見てくれた人の為に。
沢山の流れ星。
地上には、沢山の散った赤い薔薇。
何処までも続く夜空。
浅い水が張った地面に、沢山の薔薇の花が咲いていた。
不思議な世界。
多分「時」に関与されない空間だと思う。
私の目の前には、人ではない暖かい生き物が。
その存在は幻の様で、その存在は神聖で、その存在感は暖かい。
気高く啼いている。
その存在は、地面の薔薇を見て泣いた。
馬と同じくらいの大きさで、白く輝く暖かさ。
(ペガサス……だ)
暖かい存在の彼は、泣いていた。
地面に散った花を見て、
水面に浮かぶ花びらを見て。
「何してるの? ここには君の『時』間はないよ!」
また、「時」の番人が邪魔をした。
彼が歩くと波紋が広がるように水面を揺るがす。
「ここ、どこなんですか?」
近づいてきた、番人に聞いてみた。
ペガサスは怯えるように私の後ろに隠れた。
「ここ? ここは『時』の花の世界だよ。ペガサスは『時』の花の番人なんだけど…」
ちょっと困ったように、ペガサスを眺めた。
「ごめんよ。ペガサス。せっかくお前が大切に大切に育ててくれた花なのにな」
番人さんが立っている周辺は、花が全て散っていた。
違った。
番人さんが歩く度に、花びらが散っていっているんだ。
だから、ペガサスは怯えているんだ。
番人さんが近づく事を。
「沢山、俺のせいで散ってしまってごめんな」
ペガサスの頭を撫でようと手を出したら、ペガサスは怯えて目を瞑った。
番人さんは手を宙で止め、ごめんって謝った。
私の後ろでポロポロと涙を流す尊い生物に、私は恐る恐る触れてみた。
涙を優しく救ってみたら、小さく鳴いて舐めかえしてくれた。
「ふふっ擽ったいよ!」
私が笑うと、ペガサスも涙を流すのを止めた。
切ない目で必死に鳴くペガサスがとても美しくて儚げな生き物に見えた。
「ペガサス、彼女を『時』の果てまで送ってあげて欲しいんだ」
このまま、ペガサスを抱き締めたまま番人さんは動かないかと思ったのに、ゆっくり顔をあげると優しくペガサスを撫でて、そう言ったんだ。
「俺が動くとこの様だからさ」
番人さんの後ろには、散った薔薇の花びらが、哀しく水面で揺れていた。
ペガサスはゆっくり番人さんの顔を舐めると、翼を2、3度羽ばたかせ、ゆっくりお辞儀をするように首を下ろした。
私は番人さんを見たら、乗っていいよって言ってくれた。
「俺は流れ星をずっと眺める義務があるんだ」
だから、まだしばらくここにいるよって。
まるで流れ星が自分のせいみたいに、言う。
「流れ星、とても綺麗ですもんね」
流れ終わるまでに、願えば沢山願いが叶うかもしれませんねって私が言うと番人さんは欲張れないよって、力なく笑った。
……変なの。
……番人さんって変なの。
キラキラ輝く宝石みたいに、こんなにも流れ星は綺麗なのにな。
願いが叶うかもってワクワク楽しい気分にならないのかな?
「じゃあ、番人さんは流れ星に一つだけ願うとしたら何を願いますか?」
欲張れないなら一つだけ、と私が提案したら番人さんはとても真面目な顔になった。
「流れ星を、皆が見つけてくれる事かな」
……また変な事言う。
完全に番人さんは自分の世界に入ってる。
自分の世界の考え方でしか物事を見てない。
「君は、自分の『時』が見つかりますように、だろ?」
そうなんだけど。
「でも、叶えてもらう願いじゃないですよね。自分で見つけなきゃ意味ないって番人さんも言ったし」
じゃあ、この世界に咲くこの薔薇達が、散らないようにって願おうかな?
もちろん! 寿命を全うして散るなら本望だろうけれど。
「ね? 良い願いだと思わない?」
フサフサのペガサスに乗りながら、私も番人さんを真似して首を優しく抱き締めた。
私の時間が見つかって自分の事を思い出したら、多分自分の願いを叶えてもらいたがるだろうから。
だから、今はこの願いにする。
ペガサスが涙を流さずにすむならば!
「ははっナイスだね、それ」
そうなったら流れ星も、もう流れなくてすむからね。
意味深に笑うと、ペガサスも小さく鳴いた。
「? わっ」
私が番人さんが笑った意味を考えていたら、いきなりペガサスは翼を羽ばたかせ宙に浮かんだ。
翼の風で水面に波紋が広がる。
ペガサスが翼を羽ばたかせる姿はとても優雅でキラキラ輝くみたい。
神秘的で神聖で神々しい生物である事を実感させられる。
「いってらっしゃい。次に再会する『時』が楽しみでもあり恐怖でもあるよ」
番人さんはやっぱり笑いながら手を降ってくれた。
重く深い闇が私を包みこもうとしていたけれど、ペガサスが守ってくれた。
深い闇を突き破りながら、私はまた『時』を探しにいく。
流れ星と薔薇の散りゆく世界の、真実をまだ理解していなくても。
「きゃーっ。ゆっくり、ゆっくり飛んでよ」
夜空を駆け降りるなんて夢見たい。
雲より高くに私はいるんだ。なんて素敵な眺めなんだろう。
地上を見下ろすと、遠くに沢山の煙を吐く島を見つけた。
……うん。間違いない。
夢の中で、必死に蛇口を閉めた国だ。
幼い少女と共に。
「ペガサスさん! あの島に行ける?」
私が指さすと、ペガサスは首を振った。
「じゃあ近づける所まで近づいて欲しいの!」
ペガサスは少し戸惑いながらも、やがて夜空を突き破る様に駆け出した。
―――真実までの長い道のりを全力で埋めながら。
雲を突き抜け、舞い降りたのは、城の屋根の上だった。
空には少し欠けた月。
でもかなり蛇口のある島の手前に下ろされたはず。
「ここはどこなの?」
ペガサスに聞こうと振り返った。
ペガサスはいつの間にか消えていた。
(さよならも言ってないのに…)
少し悲しくなって辺りを探してみたけど見つからなかった。
辺りに見えるのは、
月夜に映る城の屋根の上。
屋根から見える城下は薄暗くひっそりしている。
夜なのに家からは灯りが漏れていない。
お城も冷たい風に包まれているみたいで、暗く不気味な空間だった。
「話が違うじゃないか!」
(わっ)
いきなり聞こえた怒鳴る声に、私は驚いて斜めの屋根を滑りだした。
私の落ちる先には、花壇が。
ドスンと大きな音を立て、落下した。
「何の音だ?」
冷たい床に高い天井。
薄暗い部屋の奥に着飾った偉そうな男が、金色のゴテゴテと宝石が散りばめられた椅子に座っていた。
「話を逸らさないで下さい。王よ」
感情を押さえずに怒鳴る声がする。
その声は冷たく突き刺さるようだ。
神々しく壁に並べられた肖像画だけが温かくこの場に不自然で可哀想だった。
「王、いえ父さん」
その少年は冷たいながらも真っ直ぐに王を睨み付けていた。
「逸らしてなんかおらぬ。敵が忍びこんだかもしれないだろう」
「あり得ないでしょう? 人を信用しない貴方が城を何十にも兵で囲っているじゃないですか」
そう少年が言うと、王と呼ばれた男はフンっと笑った。
「お前が手に入れた工場の島国など人が住めぬではないか。武器を作る工場国にして何が悪い? この国の発展に使って何が悪い?」
男は手をヒラヒラと動かし、少年に面倒臭そうにそう話した。
「俺の理に反します。俺が手に入れた国です。俺があの国の王だと言ったはずです。貴方には干渉されないと言いました。話が違います」
怒りを全身でぶつけた少年に、王は呆れてため息を着いた。
「所詮口だけではないか。『力』に怯え『力』を守れる器もないから逃げたした口だけの馬鹿息子ではないか」
呆れた顔で、少年を見ながら、その男の目には少年は映っていなかった。
その男の目に映るのは『力』で支配する世界だけ。
「お前の馬鹿な絵と国を交換したなんて、大した国では無いと思ったら全くその通りだったな」
詰まらない。人が住めないなら支配できない。
「誰よりも『力』を持っていながら、誰よりも脆い我が息子よ」
早く力に溺れろ、と闇に突き落とすかの如く冷たい言葉。
「儂から逃げた所で、この国から逃げた所で『時』からは逃げられないわい」
ニヤリと愉快そうに笑う男。
少年は真っ直ぐ睨み付けていた瞳を、哀しげに床に落とした。
「『時』からは逃げるな。その力が何の為にあると思っているのだ」
強い口調で、威圧する王に、
少年は下唇を噛んでその場に立ち尽くしていた。
でも、やがて震える口調で、静かな怒りを表した。
「民と国を守るためだ。この力は人を殺すために生まれたわけじゃない」
「所詮、愚かなヤツの戯言だな。綺麗すぎて吐き気がするわ」
男は声高々に馬鹿にするように笑った。
満足するまで笑うとフンっと少年を睨み付けた。
「国を守るとはそういうもんじゃ。犠牲は常に付き物じゃ犠牲の上から儂らの幸せは成り立っておる」
少年は両手をギュッと握りしめた。
「では」
必死で感情を押さえながら、右腕を左手で押さえて
「明日からまた始まる東の国との戦いには『意味』があって国を守るためには『犠牲』が出てもしょうがないと?
そう思ってらっしゃるのですね」
父上、と一瞬すがった少年はもう居なかった。
居るのは王を、冷たく哀れみ、哀しそうに見つめる少年だけだった。
「そうじゃ」
「もう貴方にはついていけません」
二人の発する言葉はほぼ同時だった。
「貴方が自分の幸せに人を犠牲にしようとするから、この国は間違ったんだ。この国は、欲望の入交った人々ばかりだ。自分以外を人間とは思っていない」
とても苦しそうに右腕を握りながら、目を伏せて冷たい床を眺めていた。
「そう、貴方の考えを民が受け止めたから…」
「俺は長い長い……とても長い間旅をしてきて分かった。――この国は間違い過ぎたと」
今すぐ「戦争」を止めさせる
そう言うと蒼色のマントをひるがえし、冷たく暗い部屋を歩きだした。
「フン。無駄じゃ」
意味のない事だ。
無意味で愚かで自分に無利益だ、と。
「誰にもお前の声は届かない」
冷酷に、宝石が散りばめられた冷たく輝く椅子に座りながら、少年を見下ろした。
「止められるわけ、ない」
誰にも響きはしない。
何度も何度も暗示をかける様にいうが、少年は一度も振り返らず、走り出す。
段々と少年の足取りは早くなっていった。
男の言った言葉を振り払うように。
「自分が『時』の番人だから、止められると傲っているのじゃろ? 所詮は、創られた存在のお前に止められぬわい」
ダッと少年は走りだした。
冷たく暗い部屋には、いつまでも男の笑い声が重く響いていた。
「聞こえるさ、叫んでやる!」
(体が動かない―…)
床に響く冷たい足音。
カツンカツンと反響してさらに薄暗く重く聴こえる。
ズルズルと私は、隠れて見ていた壁を滑る。
ペタンと冷たい床に座り込んでしまった。
全体に冷たさが走る。
「民よ! 俺の話を聞け!」
(嘘、でしょ?)
絵描きさん=西の国の王子様
繋がった、のに。
あぁ―……‥。
「止めるんだ! 意味のない戦いは!」
西の国の王子様=オーバードライブの本人。
「人を殺して何の得になると言うんだ。人を殺したら傷つく人が増えるだけだ!」
涙が止まらない……。
「やめろ!」
どうして。
「やめるんだ……」
『やめろぉぉぉぉぉ』
西の国の王子様=「時」の番人=オーバードライブの本人=絵描きさん
やがて、夜空が輝く程の流星群。
けれど、流れ星が流れるのは、自分の最後の『時』の輝きを、見てもらう為。
だから、流れ星を見たら、願いが叶うの。
自分の最後の輝きを見てくれた人の為に。
沢山の流れ星。
地上には、沢山の散った赤い薔薇。
何処までも続く夜空。
浅い水が張った地面に、沢山の薔薇の花が咲いていた。
不思議な世界。
多分「時」に関与されない空間だと思う。
私の目の前には、人ではない暖かい生き物が。
その存在は幻の様で、その存在は神聖で、その存在感は暖かい。
気高く啼いている。
その存在は、地面の薔薇を見て泣いた。
馬と同じくらいの大きさで、白く輝く暖かさ。
(ペガサス……だ)
暖かい存在の彼は、泣いていた。
地面に散った花を見て、
水面に浮かぶ花びらを見て。
「何してるの? ここには君の『時』間はないよ!」
また、「時」の番人が邪魔をした。
彼が歩くと波紋が広がるように水面を揺るがす。
「ここ、どこなんですか?」
近づいてきた、番人に聞いてみた。
ペガサスは怯えるように私の後ろに隠れた。
「ここ? ここは『時』の花の世界だよ。ペガサスは『時』の花の番人なんだけど…」
ちょっと困ったように、ペガサスを眺めた。
「ごめんよ。ペガサス。せっかくお前が大切に大切に育ててくれた花なのにな」
番人さんが立っている周辺は、花が全て散っていた。
違った。
番人さんが歩く度に、花びらが散っていっているんだ。
だから、ペガサスは怯えているんだ。
番人さんが近づく事を。
「沢山、俺のせいで散ってしまってごめんな」
ペガサスの頭を撫でようと手を出したら、ペガサスは怯えて目を瞑った。
番人さんは手を宙で止め、ごめんって謝った。
私の後ろでポロポロと涙を流す尊い生物に、私は恐る恐る触れてみた。
涙を優しく救ってみたら、小さく鳴いて舐めかえしてくれた。
「ふふっ擽ったいよ!」
私が笑うと、ペガサスも涙を流すのを止めた。
切ない目で必死に鳴くペガサスがとても美しくて儚げな生き物に見えた。
「ペガサス、彼女を『時』の果てまで送ってあげて欲しいんだ」
このまま、ペガサスを抱き締めたまま番人さんは動かないかと思ったのに、ゆっくり顔をあげると優しくペガサスを撫でて、そう言ったんだ。
「俺が動くとこの様だからさ」
番人さんの後ろには、散った薔薇の花びらが、哀しく水面で揺れていた。
ペガサスはゆっくり番人さんの顔を舐めると、翼を2、3度羽ばたかせ、ゆっくりお辞儀をするように首を下ろした。
私は番人さんを見たら、乗っていいよって言ってくれた。
「俺は流れ星をずっと眺める義務があるんだ」
だから、まだしばらくここにいるよって。
まるで流れ星が自分のせいみたいに、言う。
「流れ星、とても綺麗ですもんね」
流れ終わるまでに、願えば沢山願いが叶うかもしれませんねって私が言うと番人さんは欲張れないよって、力なく笑った。
……変なの。
……番人さんって変なの。
キラキラ輝く宝石みたいに、こんなにも流れ星は綺麗なのにな。
願いが叶うかもってワクワク楽しい気分にならないのかな?
「じゃあ、番人さんは流れ星に一つだけ願うとしたら何を願いますか?」
欲張れないなら一つだけ、と私が提案したら番人さんはとても真面目な顔になった。
「流れ星を、皆が見つけてくれる事かな」
……また変な事言う。
完全に番人さんは自分の世界に入ってる。
自分の世界の考え方でしか物事を見てない。
「君は、自分の『時』が見つかりますように、だろ?」
そうなんだけど。
「でも、叶えてもらう願いじゃないですよね。自分で見つけなきゃ意味ないって番人さんも言ったし」
じゃあ、この世界に咲くこの薔薇達が、散らないようにって願おうかな?
もちろん! 寿命を全うして散るなら本望だろうけれど。
「ね? 良い願いだと思わない?」
フサフサのペガサスに乗りながら、私も番人さんを真似して首を優しく抱き締めた。
私の時間が見つかって自分の事を思い出したら、多分自分の願いを叶えてもらいたがるだろうから。
だから、今はこの願いにする。
ペガサスが涙を流さずにすむならば!
「ははっナイスだね、それ」
そうなったら流れ星も、もう流れなくてすむからね。
意味深に笑うと、ペガサスも小さく鳴いた。
「? わっ」
私が番人さんが笑った意味を考えていたら、いきなりペガサスは翼を羽ばたかせ宙に浮かんだ。
翼の風で水面に波紋が広がる。
ペガサスが翼を羽ばたかせる姿はとても優雅でキラキラ輝くみたい。
神秘的で神聖で神々しい生物である事を実感させられる。
「いってらっしゃい。次に再会する『時』が楽しみでもあり恐怖でもあるよ」
番人さんはやっぱり笑いながら手を降ってくれた。
重く深い闇が私を包みこもうとしていたけれど、ペガサスが守ってくれた。
深い闇を突き破りながら、私はまた『時』を探しにいく。
流れ星と薔薇の散りゆく世界の、真実をまだ理解していなくても。
「きゃーっ。ゆっくり、ゆっくり飛んでよ」
夜空を駆け降りるなんて夢見たい。
雲より高くに私はいるんだ。なんて素敵な眺めなんだろう。
地上を見下ろすと、遠くに沢山の煙を吐く島を見つけた。
……うん。間違いない。
夢の中で、必死に蛇口を閉めた国だ。
幼い少女と共に。
「ペガサスさん! あの島に行ける?」
私が指さすと、ペガサスは首を振った。
「じゃあ近づける所まで近づいて欲しいの!」
ペガサスは少し戸惑いながらも、やがて夜空を突き破る様に駆け出した。
―――真実までの長い道のりを全力で埋めながら。
雲を突き抜け、舞い降りたのは、城の屋根の上だった。
空には少し欠けた月。
でもかなり蛇口のある島の手前に下ろされたはず。
「ここはどこなの?」
ペガサスに聞こうと振り返った。
ペガサスはいつの間にか消えていた。
(さよならも言ってないのに…)
少し悲しくなって辺りを探してみたけど見つからなかった。
辺りに見えるのは、
月夜に映る城の屋根の上。
屋根から見える城下は薄暗くひっそりしている。
夜なのに家からは灯りが漏れていない。
お城も冷たい風に包まれているみたいで、暗く不気味な空間だった。
「話が違うじゃないか!」
(わっ)
いきなり聞こえた怒鳴る声に、私は驚いて斜めの屋根を滑りだした。
私の落ちる先には、花壇が。
ドスンと大きな音を立て、落下した。
「何の音だ?」
冷たい床に高い天井。
薄暗い部屋の奥に着飾った偉そうな男が、金色のゴテゴテと宝石が散りばめられた椅子に座っていた。
「話を逸らさないで下さい。王よ」
感情を押さえずに怒鳴る声がする。
その声は冷たく突き刺さるようだ。
神々しく壁に並べられた肖像画だけが温かくこの場に不自然で可哀想だった。
「王、いえ父さん」
その少年は冷たいながらも真っ直ぐに王を睨み付けていた。
「逸らしてなんかおらぬ。敵が忍びこんだかもしれないだろう」
「あり得ないでしょう? 人を信用しない貴方が城を何十にも兵で囲っているじゃないですか」
そう少年が言うと、王と呼ばれた男はフンっと笑った。
「お前が手に入れた工場の島国など人が住めぬではないか。武器を作る工場国にして何が悪い? この国の発展に使って何が悪い?」
男は手をヒラヒラと動かし、少年に面倒臭そうにそう話した。
「俺の理に反します。俺が手に入れた国です。俺があの国の王だと言ったはずです。貴方には干渉されないと言いました。話が違います」
怒りを全身でぶつけた少年に、王は呆れてため息を着いた。
「所詮口だけではないか。『力』に怯え『力』を守れる器もないから逃げたした口だけの馬鹿息子ではないか」
呆れた顔で、少年を見ながら、その男の目には少年は映っていなかった。
その男の目に映るのは『力』で支配する世界だけ。
「お前の馬鹿な絵と国を交換したなんて、大した国では無いと思ったら全くその通りだったな」
詰まらない。人が住めないなら支配できない。
「誰よりも『力』を持っていながら、誰よりも脆い我が息子よ」
早く力に溺れろ、と闇に突き落とすかの如く冷たい言葉。
「儂から逃げた所で、この国から逃げた所で『時』からは逃げられないわい」
ニヤリと愉快そうに笑う男。
少年は真っ直ぐ睨み付けていた瞳を、哀しげに床に落とした。
「『時』からは逃げるな。その力が何の為にあると思っているのだ」
強い口調で、威圧する王に、
少年は下唇を噛んでその場に立ち尽くしていた。
でも、やがて震える口調で、静かな怒りを表した。
「民と国を守るためだ。この力は人を殺すために生まれたわけじゃない」
「所詮、愚かなヤツの戯言だな。綺麗すぎて吐き気がするわ」
男は声高々に馬鹿にするように笑った。
満足するまで笑うとフンっと少年を睨み付けた。
「国を守るとはそういうもんじゃ。犠牲は常に付き物じゃ犠牲の上から儂らの幸せは成り立っておる」
少年は両手をギュッと握りしめた。
「では」
必死で感情を押さえながら、右腕を左手で押さえて
「明日からまた始まる東の国との戦いには『意味』があって国を守るためには『犠牲』が出てもしょうがないと?
そう思ってらっしゃるのですね」
父上、と一瞬すがった少年はもう居なかった。
居るのは王を、冷たく哀れみ、哀しそうに見つめる少年だけだった。
「そうじゃ」
「もう貴方にはついていけません」
二人の発する言葉はほぼ同時だった。
「貴方が自分の幸せに人を犠牲にしようとするから、この国は間違ったんだ。この国は、欲望の入交った人々ばかりだ。自分以外を人間とは思っていない」
とても苦しそうに右腕を握りながら、目を伏せて冷たい床を眺めていた。
「そう、貴方の考えを民が受け止めたから…」
「俺は長い長い……とても長い間旅をしてきて分かった。――この国は間違い過ぎたと」
今すぐ「戦争」を止めさせる
そう言うと蒼色のマントをひるがえし、冷たく暗い部屋を歩きだした。
「フン。無駄じゃ」
意味のない事だ。
無意味で愚かで自分に無利益だ、と。
「誰にもお前の声は届かない」
冷酷に、宝石が散りばめられた冷たく輝く椅子に座りながら、少年を見下ろした。
「止められるわけ、ない」
誰にも響きはしない。
何度も何度も暗示をかける様にいうが、少年は一度も振り返らず、走り出す。
段々と少年の足取りは早くなっていった。
男の言った言葉を振り払うように。
「自分が『時』の番人だから、止められると傲っているのじゃろ? 所詮は、創られた存在のお前に止められぬわい」
ダッと少年は走りだした。
冷たく暗い部屋には、いつまでも男の笑い声が重く響いていた。
「聞こえるさ、叫んでやる!」
(体が動かない―…)
床に響く冷たい足音。
カツンカツンと反響してさらに薄暗く重く聴こえる。
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