「夢」探し

篠原愛紀

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「時」探し

溜め息

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「――はぁ」

何度目の溜め息だろうか?
今頃、もしかしたら少女は記憶を思い出しているかもしれない。
いや、もっと最悪な場合、俺が西の国の王子だと知った今、俺を嫌悪し拒絶しているかもしれない。

「だったら俺にはこの世界が似合ってるよ。そう思わねぇ?」

「時」の果てで。
表情も変えず涼しげにこの空間に立つこの男。
俺の古きからの良い友人だ。

「聞いてる?『風』の番人」

「そうだね。良い逃げ場所には、ね」

冷やかに呆れた顔で俺を見つめている。

「でも追い詰められてしまうよ。こんな世界じゃ」

君が壊した世界で、壊れた「時」で生きるなんてさ。

俺はニッて笑っておいた。

だってもう『時』は戻らなくても深く傷つけたとしても。

「まぁ、あの少女を選んだのはお前だろう」

冷たい表情に隠された温かさ。
それは俺の笑って誤魔化すクセより、尊いものだと思った。

「サンキュ」

首をかしげながら、照れながら笑っちまった。

それでも俺は上手く笑えてないんだろう



ーーー



あぁ、朝が明ける前の、日が沈んだ後の様に薄暗いこの世界に、光が差し込んだ。


教会の鐘の音が鳴り響いている。
幸せに包まれた音と、潮の香りもする。

その光の先に、少女が見えた。
少女の目は真っ直ぐに俺を見ていた。
鬼ごっこで捕まった気分だ。
でも楽しくもなかったな。

「見つけた。私の『時』を」

強い眼差しで、睨み付ける様に、逸らさない瞳からは強い意思が。

「正確には違う、か。私の『時』を知ってる人、だよね」

見つけたのは――と。

「あぁ、少女だ」

「風」の番人は嬉しそうに少女をじっと見つめた。

「思い出したの?」
なるべく表情を変えない様に、冷静を装いながら、言った。
本当は俺の心臓は波打っていたけれど。

君のその瞳に、俺がどう映っているのか怖くて堪らないよ。

逃げたしてしまいたい……。



ーーーーーーー


私はゆっくり目を瞑った。

「私が思い出した『時』間は今の『私』の時間じゃなかった」

瞑ったまま、記憶を思い出しながらゆっくりと言う。

「親愛なる友達のお墓の前で、『絵描き』だと名乗る貴方と会った記憶」

もう一人の私だった頃の『時』の記憶。

「貴方に勇気の出る物語を沢山聞かせてもらった」

目を開けて、番人さんを見ると、やっぱり困った顔で笑っていた。

「そっか。やっぱり君はあの少女なんだね」

 また鐘の音が響く。

「『私』は絵描きさんに会いたがっているの」

純白のドレスに身を包みながら、切なげに海を見る女性。

鐘の音を聴きながら、海に背を向けて歩きだそうとしていた。

「もうすぐ『私』の結婚式が始まるの。絵描きさんに話せなかった『夢』が叶う日が来たの。ずっと奇跡は起こるって信じてた私の『夢』が。だから行ってあげて。ずっとずっと待ってるから」

少女だった頃の『夢』を見てあげて。
少女だった頃から貴方に言いたかった言葉を聞いてあげて。
「行けない」

番人さんははっきりと、言った。

「行けないよ」
申し訳なさそうに、また瞳を長い前髪に隠してしまう。

「その前に君を君の『時』間に帰さなきゃ」
「私なんかよりあの人に早く―「こっちの方が先だよ」

番人さんはやっぱり困った顔を横にかしげて、ぎこちない笑顔を向けてくる。

「俺は『時』の中に存在しないからどこの『時』でも行けるよ」

オーバードライブの時間を封印した時から、オーバードライブに関した時間なら自由に存在できるようになったんだ。
幼き少女の過去も未来もいつだって。

「でも消えてしまう君の『時』を戻す事まではできないんだよ」

番人さんの言う言葉を、詰まらなそうに冷やかに『風』の番人は聞いていた。
敢えて口は閉ざして様子を見守りながら。

「俺が壊した全ての時間を見守る責任がある。俺はこの『時』の果てで壊れた『時』が浄化するまで見届けていたい」

幼い少女だけ見守るなんて、俺は浅ましすぎるだろ?って笑う。

「壊したんだ。たった一言で国を破壊してしまったんだ」

その中には、幼い少女の様に幸せに生きている人が沢山存在していたのに。

「見てきたろう?」

私は言葉が出て来なかった。
だって、見て来たから。

沢山、傷ついた人々を。

薔薇を慈しみながらも、思い出を絵画に刻みながらも愛しい人の帰りを待ちながらも、皆、戦争の上の犠牲者だから。

「ね? 人を殺すのは止めろと綺麗事を言いながらも俺は化物と何も変わらないよ」

両手では掬えない。
両手では溢(あふ)れて、溢(こぼ)れて、失っていく。

あの日から、化物として生きると決めた日から、番人さんはずっと一人。

一人だけあの日から『時』が止まったまま……どうしたらいいの?
「でも……戦争を始めたのは貴方じゃないわ
どうして人々の欲望を貴方だけが一人で背負うの?」

どうしたらいいの?
この人は皆の幸せを壊した人なのに。

「ありがとう」

誰よりも、優しくて寂しくて脆くて弱い人、なのに。

「行ってくればいいよ」

呆れた顔で『風』の番人は言った。

「君が勝手に彷徨う程に探していた相手だろう?
君に行かないと言う選択肢があるの?」

探していた相手が会いに来てと言っているのに、君は馬鹿だと、そう言った。

「だからあの少女にはもう……合わす顔なんてないよ」

あの子の父も兄も大切な友人も、俺が消したようなものだから。

「合わせる顔がないなんて」

弱い番人だよね?って私に同意を求めながら笑った。

「あぁ、だから君はこの少女が時間を取り戻して離れて行くのも怖いんだよね」

挑発的に笑みを浮かべた。

「ただ、自分だけを守りたい番人なんて、愚かな存在だね」

意地悪で、傷口を抉るような言葉で、『風』の番人は『時』の番人の背中を押した。

分かった、と『時』の番人さんは微かに言った。
震えていたように見えたけれど、よく分からなかった。

だって弱くて怖がっているこの番人さんは、私の目と合わないようにと必死で下を向いていたから。

下を向いたまま、じゃあ行こうか、と私に言った。
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