「夢」探し

篠原愛紀

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「時」探し

別 れ

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キラキラと降り注いでいた黒い硝子が、いつの間にか黒い雨に変わっていたのを、私と番人さんは、無言で見ていた。

優しい、夜の十字架の神がいなくなって、当たりに黒い感情が降り注ぐ中、ゆっくりと、躊躇いながら、番人さんは指、差した。

「あっち」

あっちの方角に、君の温かい『時』があるよって、私を見た。

「情けないけれど、あの人の言う通りだよ」

オーバードライブの終末を見届けるこの世界で、オーバードライブと関わらない君の『時』を見つけるのは、とても簡単な事だった。

形、なんてなくても触れられなくても、君の『時』間は、俺の壊した『時』間にはない温かさで包まれ、溢れていたから。

「時間稼ぎしたかったんだ。君は簡単に見つけるだろうから、それまで一番近くで見つめる為に」

ごめんね、情けなくて。

「帰っていいんだよ、もう」

番人さんは、さっき私のお兄ちゃんに刺された右腕からそっと、手を離し、立ち上がった。

「それは、まだ嫌です」
「私と番人さんの距離は何も変わってないよ」

絵描きと少女だった頃から、『時』が止まったみたいに、番人さんは相変わらず、笑顔が下手だもの。

「だから、番人さんを一人残して自分だけ帰れないよ」

右腕を押さえて、赤い血で真っ赤に染まった番人の左手を、私は両手でそっと包みこむ。

「同じ、赤い血が流れる、貴方も私と同じ人間だから」

――孤独(ひとり)で悲しんでほしくないよ。

番人さんの左手は、温かいから。

「私には、番人さんが戦争を終わらせる為に、世界中から逃げて罪を背負った『優しさ』は伝わったよ」

だけど、オーバードライブで傷ついた人たちには分からない。理解し難い『優しさ』だから。

「このまま、貴方一人が悪者のままは嫌だよ」

化物だから理解されないと逃げて、化物だと嘆くまま、貴方はここから一歩も動かないから。
『それ』は、とても、長くてとても冷たい『時』間。

「私の夢は、奇跡として叶った」

じゃあ、番人さんは?

自分は化物だから、罪人だから諦めて、それでも寂しいと嘆いたまま、逃げ続け、

「それこそ、オーバードライブで命を失った人たちに失礼だわ」

生きたくて、愛する人の傍にいたくて、優しく儚い短い『時』の中。

「したい事もしないで、ただ彷徨い続けて生きるなんて失礼で酷い人だわね」

番人さんは苦い顔をして目線を下げていた。

作り笑いより、そういう表情をもっと沢山すればいいんだ。

誰も、貴方の気持ちを分からないと決めつけないで。

「番人さん、貴方の探していた『夢』は?」

私には教えてくれなかった『夢』は?

番人さんは、たった『今』、叶ったよって泣いた。

赤い化物、じゃなくて同じ人間だと言って、俺、だけが悪くないって『存在』を認めてくれた。

俺が『夢』見る事を、赦してくれた。

理解しようと、してくれた。

君の存在こそ、俺の、探していたただ一つの『夢』だ。

声を殺して、涙を流す番人さんは笑っていた。

まだぎこちないけれど、なんか赤ちゃんみたいに幼く感じるけれど、しっかり笑っていた。

「うん。ちゃんと見てきたもん。貴方だけのせいじゃないよ。もう、無理して笑わず、泣けばいいんだよ」

『時』を守る力を持ちながら、弱々しくて、情けなくて、格好つけながらも見苦しく逃げ続けて、
『時』の果てで一人ぼっち。寂しくて、だけど、それが番人さんの、
無駄で、愚かな尊い『時』間なんでしょ?

「ありがとう」

顔をくしゃくしゃに歪めて、でもその涙はキラキラしていた。

ゆっくり、手を伸ばして番人さんの涙を、指ですくう。

その時番人さんの心、からの笑顔を見た気がした。

番人さんもゆっくりと、 私の額に口づけをした。

――うん。大丈夫。

その涙はキラキラと綺麗に輝くから、だから、ほら見て、番人さん。

黒い雨が降ってるのを、いつの間にか忘れてたでしょ?

だから大丈夫。

黒い感情には負けないよ。
「君には、君の『時』間があって、生きていく場所もある」

いいんだよ。俺は。

あんなに、憎んだ王でも、最後まで、番人じゃない俺を見てくれなかった親だったけれど、オーバドライブで俺が、殺してしまったんだ。

「こんな、馬鹿で醜い俺だけど、もし、もしも、もう一度、チャンスがあるなら」

番人さんは、泣きながら、『時』の果てを見上げた。

上も下もない世界で、黒い雨が降る中を、光輝く流れ星が、幾度となく流れ始めた。

朝日が昇る前の、薄暗い空間に、光が降り注ぐ中、番人さんは私を見つめていた。

「もし、もう一度チャンスがあるなら、また君に会いに行く」

生まれかわって、君を守りたい。
番人じゃなく『時』の力ではなく『俺』の力で。

君に助けてもらって、存在を見つけた俺は、弱いままは嫌だから。
だから君を守れる存在になりたい。
流れ星がやがて、辺りを照らし始めた。

少女を包みこんでいた闇は、消えていく。

少女をオーバドライブに導いた『時』間が、音を立てて離れていく。

彼女は、光に包まれていく。

眩しすぎて、色も存在できないような存在に。

でも、俺は大丈夫。

離れても、孤独じゃない、喜びを、知った。

還りたいと思う場所があって守りたい存在があって、それを知るべき理由があって、
彷徨い、求め探しながら、間違いながらしぶとく生きていた。

そして、多分これからも、でも寂しくないと、知った。

光は、目を開けるのが苦しい程に、眩しいのだと、知ったから。

だから、大丈夫だよ。

「番人さん!」
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