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それからそれから。
それからそれから。四
しおりを挟む「いえ。今日は久しぶりの晴れですが、気温はそんなに高くないです」
「デイビットさん。納品の確認お願いします」
いちゃいちゃしていた私たちに咳払いしながら幹太さんが近付いてくる。
彼の方が作業衣だけで鼻まで真っ赤にして白い息を吐いている。
台車に乗せていた和菓子はもうイベント会場へ持って行ったようで折りたたんでいた。
「はい。ありがとうございました」
「いえ。晴れてよかったですね。会場も綺麗でした」
「え、見たい」
「良いですよ。佐和子さんもゲストで呼んでますから、よければ隣に席を作るので美麗も参加しますか?」
「参加は無理だけど、お茶会風にしたって聞きましたよ。結局、鹿威しは――」
話の途中なのに、急に吐き気が込み上げてきた。
マフインと紅茶の甘い暖かそうな香りに、気持ち悪くなる。
「大丈夫ですか? 吐くなら向こうにレストルームが」
「いえ。やっぱちょっとお邪魔になるから大人しく帰ります」
多分、この甘い香りが漂うならちょっと吐いたり休んだだけでは駄目だ。
大人しく店番している方がまだ迷惑ではない。
「もう今日はこのまま家へ送る」
「え、でも荷物とか」
「後で届けるか、はねっ返りに取りに来てもらう。今は店の心配より自分の体調を優先しろ」
「美麗、そうしなさい。今は無理は禁物ですよ」
「……すいません。ありがとうございます」
結局迷惑ばかりかけて、私は何も周りに返せてない。
心配ばかりかけてしまう自分は、――いつになったらちゃんとした大人になれるのだろう。
送られて家に着くと、幹太さんが玄関まで着いてきてくれた。
家からは、琴や三味線の音が聴こえてくる。
小さな頃はこの音が聴こえてくると、家に帰る足取りが重たくなっていったのを覚えている。
「入らないのか?」
「いえ。ありがとうございました」
と言いつつ、鍵はないので押し鈴を鳴らさなきゃいけない。
立花さんが出てくればいいけど。
「そいうや、美麗も大使館には何度か行ったんだろ。何度行っても慣れんな。あの豪華な見た目」
なかなか入らない私に、幹太さんが私気を使ってくれた。
「見た目とか見る暇無かったです。デイビーから貰った手紙やあげた手紙、デートした時の写真とか二人の時間を切り取って提出しなきゃいけなくて恥ずかしかったので」
「デイビットさんとか、記念日とかマメそうだから問題はないだろ」
「……気持ちの問題なんです」
幹太さんも私の気恥ずかしい気持ちを分かってくれない。
手紙とかデートした時間とか、私は二人だけで共有する大切な思い出だから他人に見られたくないのに。
「幹太さんもマメそうですけどね。――大切にしてくれそう」
葉はくれない分、そっと花束くれたりケーキ買ってきたりして恋人を大事にしそう。
「ああ。俺は忘れない。一つ一つの思い出が鮮やかすぎて邪魔するんだ」
嫌になるよ、そう言うと短く刈られた髪をバサバサと掻く。
「思いは伝えないんですか?」
「言えるわけがない」
「そんな」
「と、思っていた」
ポンポンと私の頭を撫でた後、見上げた幹太さんの顔は穏やかだった。
「ほら、はねっ返りの足音。もう少し静かに歩けと伝えとけ」
そう言うと、美鈴に今の顔を見られたくないのか、そそくさと車に乗り込んでしまった。
「お姉ちゃん、今お兄ちゃんから電話があってびっくりしたよ」
お稽古中にも関わらず飛び出してくれた美鈴に微笑むと、鼻に何かが舞い落ちた。
「あれ? 雪……」
太陽の下、雪がちらちらと降り始めている。これぐらいの淡い雪ならイベントには問題なさそうだけど。
そうか。彼は照る照る坊主は作ったのに、晴れると賭けなかったのはこうなうと予想したからなんだ。
相変わらず、負ける賭けは絶対しない、ズルイ人だ。
「寒いから早く部屋に入って。今、立花さんに白湯をお願いするから」
「ありがと」
美鈴は石を敷き詰めている庭園を横切って台所へ向かう。
じゃらじゃらとはねっ返りの足音を響かせて。
太陽が眩しくて、すぐに消えてしまう雪が儚くて、空を見上げた。
誰かに見られる間もなく、次々に地面へ落ちていく。
誰かその雪を見てあげただろうか。
ぽとりと落とされた雪は、誰かの心へ落ちて行ってくれただろうか。
伝わらない気持ちを、言い出せない気持ちを、誰にも見つからないまま地面へ溶けていく。
降り積もるまで見えない気持ち。
それでも、簡単に差しだされた体温で溶けていく。
だから、手を伸ばしてそれに触れていきたい。積もる前に温もりで溶かして欲しくて。
桜の花びらが舞う。今は風に揺れて舞う花弁の音さえ聴こえてきそう。
香りまでして来そうで、甘くて酔いしれるような。
「美麗、美麗、大丈夫ですか?」
(え?)
目を開けると、ちょっと息を切らしたデイビーが私の顔を覗きこんでいた。
デイビーの後ろの柱に掛っている時計を見ると、どうやら私はたっぷり眠ってしまっていたらしい。
「すいません。眠ってました。御帰りなさい」
「美麗が起きないから、皆心配してましたよ。一緒にご飯食べましょう」
起き上がっても、まだ雪の様な桜の様な不思議な夢がどこから夢だったか思い出せない。
顔色を覗き、大丈夫みたいだと何度か頷くと、彼は私にふわりと何かを被せた。
「カシミアのストールです。縁側を歩く時もこれを被って下さいね」
ピンク色のカシミアのストールは、大きくて私のお腹まですっぽり隠してしまった。
確かに暖かいけれど。
「嬉しいんですけど、また買ったんですか?」
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