とろけるようなデザートは、今宵も貴方の甘い言葉。

篠原愛紀

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ニ、結婚×仕込み

ニ、結婚×仕込み⑨

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「う。寒い」
 薄いコートが風になびく。すっかり真っ暗になった空に、星が散りばめられている。
 時間を確認しようとして、コートに隠れた時計よりカバンから携帯を取り出して確認してしまう。
 その携帯のゲームアプリには、先日まで心の中の恋人だった東大寺くん。サラサラの髪に、甘く微笑み、いつも仕事終わりにゲームにログインすると『お疲れ様』と囁いてくれるのが、癒しだった。

 なのに、今はその素敵なイラストを見ても、心がときめかなくなっている。
 あんなにも課金したのに。
 ゲームの中だけで楽しんでおけば、現実の面倒くさい女同士の値踏みや、悪意ある噂話は自分に関係ないままでいられる。
「……」

 でも先日の落ちてきそうな満月の夜。初めて喬一さんに触れてしまったせいか、画面越しの恋人ではもう満足できない、我儘な女になってしまったに違いない。

 猫かねずみか、はたまたウサギか。小動物が小さくかみついたような下弦の月。
 その月を眺めながら、医院の後ろにある家へ向かう。
 そびえ立つブロック塀を見て分かる豪邸に、息を飲む。 
 実家とそう変わらない。いや、新築な分、こちらの方が綺麗だ。

 オートロックを解除して重たい門が自動で開くと、芝が生えた庭には、椿と桜の木、そして小さな池には水が張っていないようだった。リビング前の花壇も何も育てていないまま、土が入っているだけ。

 庭だけでもこんなに広いのに、開業したばかりの喬一さんが手入れできるわけないよね。
 私がするのかな。……できるかな。

 門がゆっくり重たい音を響かせながら閉まるので、玄関へ向かう。
 こちらもオートロックを解除すると、目の前に飛び込んできたのは水墨画の薔薇。
 真っ赤な額に飾られて、壁にかけられた黒の濃淡だけで描かれた薔薇を見つつ、季節の大輪が彫られた屏風の向こうの廊下へ向かう。

 リビングは二階までの拭き向けになっている。その壁に埋め込まれた窓はカーテンで覆われているがカーテンを開けたら庭がどの部屋にいても一望できるようになっているようだ。

 まるでモデルルームのような室内に、変な汗が出てしまう。
 もっと狭い空間はないのかな。私は、ソファで寝転んで横目でテレビさえ見れれば、こんな広い部屋じゃなくても一向に構わないのに。

『廊下は段ボールがあるから動きずらいかもしれない。君は一番日当たりのいい奥の部屋を使ってほしいな』
 そう言われていたので、二階へ向かう。
 まだ家の片付けが終わっていないらしい。段ボールが壁に並べられている。
 奥のベランダへ続くホールには、グランドピアノまで置かれている。が、ピアノの下は段ボールだらけ。
 やっぱり仕事が忙しのかな。私で良ければできる片づけは一緒にするのに。
あまりじろじろ家の中を見るのも失礼だろうと、そそくさと一番奥の部屋へ入った。

 何もない、真っ暗な部屋。電気をつけると、使っていないのか少しだけ空気が籠った匂いがする。
 でも、広い。お兄ちゃんの家のリビングがすっぽり入るぐらいはあるかな。
 私の一人暮らしの荷物を全部そのまま持って来て置いても、全然空間が埋まらない。
 自分の部屋なのに落ち着かないってどうしよう。
 いや、まだ、自分がここに住むかもわからないし。
 本当に住めるのか現実感が全くない。

 それにお弁当を毎日作ってくれる、数年付き合っている彼女もいるかもしれない。
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