神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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一  スタート

一  スタート 4

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「みなみ?」

お腹を見つめる私に、侑哉はそう呼びかけた。

あの夜から、侑哉は『姉ちゃん』から『みなみ』と呼び方を変えた。


電子レンジのタイマーが鳴り、侑哉は立ちあがると同時に私の隣に歩み寄り立ち止まった。


「俺がいるよ。俺はどんなみなみでも、大好きだよ」

――泣かないで。
――泣かないで。

侑哉の瞳は、そう悲しげに叫び、揺れている。
子どもの様に叫んでいる。


肩に触れた手に、緊張が走った。

肩の温もりが、ゆっくりお腹をなぞったと思うと、今度はうなじにその温もりが感じられた。

「みなみ……」


そう耳元で囁かれ、甘い麻薬をかがされた気分だった。


あの夜だけの誤りで、お互い忘れて無かったようにしたら、普通の姉弟に戻れると思っていた。

なのに、また、触れたら。


もう一度触れてしまったら、――今度こそ戻れない。


そう思い、顔を上げられずにいたら、テーブルの上のスマホが振動し始めた。





グォングォンと上下に揺れ、ゆっくりとテーブルの隅へ動いて行く。

慌ててスマホを持って、その振動を止めた。



『――もしもし』



止めたと同時に、電話を取ってしまったことにとてもとても後悔してしまう。


『もしもーし。固まってんのか、蓮川』


電話越しの声は、退職して以来会っていない上司の声だ。

ちょっと鼻につくような甘く低音で喋る、この声。

いつもセットでいたから忘れるわけない。

『話は、あのクソマザコン野郎から聞いた。てか、吐かせた。あいつは制裁しといたよ』

フーッと煙草の煙を吐く音が聞こえるのは、橘部長が重度のヘビースモーカーだから。

一緒に仕事していても煙草は何箱も持ち歩いていた。

でも、なんで橘部長が私なんかに……。

『取り合えず、今からそっち向うから』

「えっ?」

『えっじゃねーぞ。何を尻尾巻いてんだ。お前は俺の部下だろーが。勝手に負けてんじゃねーぞ』

「あ、いや、待って下さい。橘部長」

『話は着いてから聞いてやる』


そう言うと、電話は乱暴に切れてしまった。


一方的な、会話らしい会話も無く電話は切れた。
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