神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

文字の大きさ
37 / 62
五  届け

五  届け 一

しおりを挟む
「はぁぁぁぁぁ~~」
「あー、みなみ先生がため息吐いてる!」
「しあわせがにげちゃうんだよね」

「しあわせたべちゃえ! とつげき!!」

宮本先生の声に、園児が私の回りを口を開けながらパクパク走り回る。

宮本先生は大きなお腹を押さえながら、その光景をケラケラ笑っていた。

「みなみ先生の幸せ、食べた人――!」

はーい、と元気な声でチューリップクラスは返事をする。
その中に、ちょっとだけ眠そうな真君の姿もあって居たたまれない。

「もう! ダメよ? 子ども達の前でため息は」

宮本先生は大らかに笑い、場を和ませてくれていた。


――しまった。しまった。


ついつい昨日のことを思い出して、仕事中なのにため息なんて吐いてしまった。

オルガンの上の楽譜をめくり、明るい曲を選ぶと弾きはじめる。


ため息を吐きだしたのは、昨日帰ったら侑哉が居なかったから。
私と明美先生が飲んでいた珈琲が冷たくなってテーブルの上に置かれたまま、侑哉と明美先生とバイクは無くなっていた。

その後、明美先生から謝罪メールと侑哉から『しばらく飛鳥さんのところに居る』とほぼ同時にメールが来たから、いくら馬鹿な私でも察してしまう。
分かってる。
――二人は同じ夜を過ごしたんだ。


なのに、私の心はそれほどダメージを受けていなくて。本当に現金な奴で笑ってしまう。
朝のバスで、欠伸を隠しもせずに、真君と立っていた部長。

心は止まらない。切なく甘く滲んでいる。

お帰りの会が終わると、園児をお残り担当の先生に引き継いで貰い、私と宮本先生はクラスの掃除に回る。

でも宮本先生は、もうかなりお腹が大きいのでなるべく花の水替えやら絵本の整理やら動かない事をお願いしている。

「みなみ先生も今日は早番よね? 車で送って行くから一緒に帰りましょう」

「え、いや、とんでもないですよ! 宮本先生とは逆方向ですし」

箒で床を掃きながらそう言うと、宮本先生は胸をドンっと叩いて、笑った。

「大丈夫! 今日は検診なの。もう9カ月だから週に一回、病院に行かなくちゃいけなくてね」

クスクス笑う先生の言葉に、私の手は止まる。

それと同時に箒を握る手が、汗ばんでいく。


「あの、あ、えっと、宮本先生の行っている産婦人科って、不妊治療とか月経不順とかも見てもらえますか?」

こんなこと聞いて、色々聞かれたらどうしよう、とかどんどん悪い考えが頭を過る。
けれど、相変わらず宮本先生は、肝っ玉母さんのような優しい笑顔でウインクする。

「うちは、別棟に不妊治療専門の先生が居るわよ。生理不順もそっちで見てくれるし、評判良いみたいよ」

「そ、そうなんですね……」

建物が別なら、赤ちゃんも見なくて心を左右されなくて済むかもしれない。




「つ、連れて行ってもらってもいいでしょうか!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...