神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

文字の大きさ
35 / 62
四  あの夜のこと

四  あの夜のこと 十

しおりを挟む

ヤッ!
ストレートになんて言いにくいことを言うのかとびっくりしたけれど、あの夜の事は話さなければならない。


ただ、話して部長が私をどんな目で見るのかが怖かった。


『お前、負けたまま逃げんなよ』

そんな事、言ってもらえる価値が無い。

私は、いつも自分の言えない気持ちを侑哉に代弁してもらって、
侑哉にだけでも分かって貰えるならいいか、って諦めていたんだから。




諦めて……。

「触ってもらったんです。抱きしめて貰ったんです。その、女の価値が無いと言われた私を、優しく朝まで触って抱き締めて――侑哉が守ってくれたん、です」
侑哉だけが私を『女』として見てくれるなら。
神さまに見捨てられた私も、存在できるような気がしたんだ。

あの日、「姉ちゃん」から、『みなみ』と呼ばれるようになったのもその証拠。


「だ、から、その、ごめんなさい。私、部長に、追いかけて貰えるような、出来た人間じゃ、ない、です」

震える声でそう言った。顔は上げられず、履かせて貰ったのに車から降りるのも躊躇しながら、そのまま動けずにそう言った。

カチッとライターの音と共に、苦い空気が鼻を掠めた。


煙草の煙を深く吐き出す音が、駐車場中に響き渡る様な気がする。

判決を待つような、いや既に死刑囚のようにただ決まられた言葉を待つのみの私に、部長はゆっくり言う。
「お前が、あの婚約者にどんだけ傷つけられたのかは理解できた」

責めることも、同情することもせず、そう言う。


「仕方ねーんじゃねえの? もうヤッちまったことは。でも、一つだけ言わせてもらうけど」


「あ、いや、最後まではその……」


その強い口調に、胸がえぐられるかのような痛みがする。

でも未だ私は処女ではあるから。

「お前が、完璧で出来た人間なら俺は迎えになんか来なかった」
っち。
部長はバツが悪そうに舌打ちすると、まだ吸い始めたばかりの煙草を携帯灰皿に押し付けた。

「俺にも、言えよ、本音」
「あの、姉弟でそんな気持ち悪くない、ですか?」

「最後まで踏み切れないなら、んなの可愛いもんだろ? ――いいから、そっから出て来いよ」

ん、と右手を差し出された。
いつも以上にぶっきらぼうな部長の声や言葉に、恐る恐る顔を上げる。

「今のお前は、あの夜があったからいるんだから、そう悪く考えなくていいんじゃねーか?」

その言葉に、胸の奥からじわっと温かいものがこみ上げてくる。

否定されないで、受け止めようとしてくれる部長が優しくて、優しくて。

人に言えない疾しいことだと思っていたあの夜が、綺麗に思い出に包まれていくような。


――部長は弱い私を受け入れてくれるんだ。


な、んで私なんかに。

そう思っても、また悪い性格がでて聞けなかったけど、

伸ばして掴んだ部長の手は、――温かかった。

優しくて、温かくて、私の手を握り返してくれた。



「ん。ほら、せっかく来たんだから向こうの景色見て帰るぞ」

まるで、中学生みたいな、手を繋ぐだけでドキドキするこの気持ち。

私は、部長に甘えても良いのだろうか。

こんなに何でも受け止て許してくれる部長に、もう一度だけなんて都合良すぎる、のに



――止まらない。


「部長、熱は?」

「ああ。神さまに祈って貰ったら治った」

「あ、部長の家のホテルが見えますよ。綺麗ですね」

左手をポケットに突っ込みながら、少し落ちつかない素振りを見せる。

キラキラ輝く景色に、さっきまでの事が全て夢の中だったよう気持ちに襲われる。

ふわふわとネオンに溶け込んでいくような、気持ち。

部長の温かい手だけが、現実を繋ぎとめてくれている。


「なんで高速のパーキングに連れてきたか分かる?」

ふっと意地悪げな笑みを私に向けると、部長はそう言う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!

aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。 そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。 それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。 淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。 古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。 知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。 これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...