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飛竜探しの旅

ワイバーン襲来

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 俺たちは馬を厩舎に収めた後、外にいるトマのところに戻った。
 日没まではもう少しかかるようで、そこまで暗くはなかった。

「馬を繋げることができたみたいだね」

「はい、助かりました。屋内なので馬は安心すると思います」

「次は宿を探す予定だろう? せっかくだから案内するよ」

「ありがとうございます」

 俺たちは再びトマに続いて歩き始めた。
 厩舎の周りは何もないようなところだったが、町の中心に近づくと再び建物が増えてきた。

 初めて訪れる町の様子を眺めているところに、どこからか大きな鐘の音が響いた。
 一日の終わりを告げるというより、急なことを伝えるような慌ただしさを感じさせる鳴り方だった。

「むっ、もしやワイバーンか……」

 トマがぽつりとつぶやいた後、ワイバーンが出たぞーと大きな声が聞こえてきた。
 その声は町の中心ではなく、俺たちがやってきた街道方面からだった。

「早速、お出ましか」

「さっさと片づけてしまうわよ」

 アデルとハンクは積極的な様子だった。
 移動中心の一日で刺激が足りないのかもしれない。

「待ちなさい。ワイバーンと戦えるほどの腕前はあるのかい」

「そりゃ、もちろん」

「後れを取ることはないわ」

 二人は何のことはないというような口ぶりで言った。
 トマは分からないと思うので、俺の口から補足することにした。
 
「この二人は強いので大丈夫だと思います。俺はそこまで強くないですけど、見に行きます」

「分かった。危険だと感じたら、すぐに引き返すんだよ」

「はい、もちろんです」

 俺はトマに返事をしてから、アデルたちと三人で足早に向かった。
 声のしていた方へ移動すると、数人の住民が何かを見ていた。

「なあ、ワイバーンが出たんだって?」

「あ、ああっ、あそこだ」

 一人の男が指で示した方向にドラゴンのような生き物が飛んでいた。

「人間を警戒して町の中までは入らないが、係留した馬や家畜を狙いやがるんだ」

「そいつは厄介だな」

 ハンクはそう言った後、ワイバーンの方に近づいていった。
 彼に続いてアデルも歩いていく。

「おいっ、危ないぞ」

「二人の仲間ですけど、彼らなら大丈夫です」

「そ、そうか。そうならいいが……」

 町の人たちが見守る中、アデルとハンクはどんどん接近していく。
 ワイバーンは獲物を探す獣のように、ゆらりゆらりと同じところを飛んでいた。
 二人に援護の必要はないと思うが、俺も邪魔にならない程度に近づいた。

 過去に触れた情報のワイバーンよりもおとなしく見えるのは、かつて誰かに飼われていたからなのか。
 ただ、ワイバーンの本質である凶暴さがなくなったわけではないようで、アデルたちが近づくと二人の前に立ちふさがった。

 着地した状態のワイバーンがキィッーと威嚇の声を上げても、アデルたちは怯まなかった。
 接近した状態を目の当たりにして、息を吞むような緊張感を覚える。

 二対一でにらみ合うような状況だったが、アデルが先手を打つように魔法を放った。

「――アイシクル」

 こちらにまで冷気が伝わった直後、ワイバーンの足元から霜のようなものが伸びた。
 そのまま息をつく間もなく、頭の先まで氷漬けになってしまった。

「すごい魔法ですね」

 俺は二人に近づきながら言った。
 ハンクはいつも通りの様子だが、アデルは少し浮かない表情で立っていた。

「遅かれ早かれ討伐対象になるだろうから、苦しまないように息の根を止めてあげたわ」

 こちらの世界に合掌する習慣はないのだが、憐れみを見せるアデルが手を合わせても違和感がないような光景だった。
 人に飼われた末にこうなるしかなかったことを悼む気持ちがあるのだろうか。

 近くに行って観察してみたところ、完全に凍りついて動きそうにはなかった。

「いやー、出番がなかったな」

「ワイバーンはハンクに怯んでいたから、魔法を使いやすかったわ」

「まあ、そんな気はしたな」

 人慣れしていたとはいえ、ワイバーンが怯むとはさすがハンクだ。
 俺一人で対峙していたら、必死に戦って追い返すのが精一杯だろう。

 三人で余韻に浸るように話していると、町の人たちが近づいてきた。

「うわっ、すごいなこれ。凍ってるのか」

「エルフは魔法が得意と聞くけど、ここまでとは」

 皆、氷漬けのワイバーンを眺めながら、口々に感想を言っていた。

「旅の方々。少しよろしいかな」

 一人だけお偉いさんみたいな町の人がいた。
 身なりも少しばかり裕福で威厳を感じさせる。
 
「あら、何か用?」

「わたしは町長のイザック。我々フェルンの者はワイバーンに困っていた。この度の討伐に感謝する」

「まあ、大したことじゃねえよ」

「予想される被害を考えれば、この功績は大きいものである。心ながらの謝礼と宿を用意させて頂きたい」

「だってよ、どうする?」

 ハンクはお金にも宿にも頓着がないので、あっさりした反応だった。
 俺は活躍したわけではなく、受け取ってよいものか迷うところだ。

「それじゃあ、ありがたく受け取ろうかしら」

 先ほどまでの憂いはどこへ行ったのか、アデルは朗らかな表情で言った。
 これまでを思い返せば、切り替えは早い方だった気がする。

「ささっ、こちらへどうぞ。ワイバーンの後始末は町の者にお任せを」

「ああっ、悪いな。それじゃあ頼む」

「凍っているから大丈夫だと思うけれど、まだ息があるようなら急所を突いてね」

 そういえば、ワイバーンの急所ってどこだろうと思ったところ、町の人たちも同じことを考えたようで互いの顔を見合わせていた。
 それに気づいたアデルはワイバーンに近寄って胸部のあたりを指先で示し、ここだからと説明した。
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