76 / 237
揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

送られた刺客

しおりを挟む
 クルトはシルデラが仕上げた剣を抱えながら、レギナの街外れを歩いていた。

 人通りで賑わう中心部に比べて、この辺りはさびれた雰囲気を感じさせた。
 通過する景色の中で、今にも崩れ落ちそうなあばら屋がいくつか点在している。
 
 レギナにおいて格差が問題視されることは少ないが、クルトが通りがかった一帯は経済的に厳しい生活を強いられているであろう印象を与えた。
 クルトは苦々しい思いを感じながら、その場を通り過ぎようとしていた。

 ふいに彼の視線の先で、物陰から人影がすっと出てきた。

「――騎士クルトだな?」
 
 それは目つきの鋭い男だった。軽装の鎧と腰に携えた剣。
 フォンスではあまり見かけない青い髪。

 彼は密偵から得ていた情報で、相手がカルマンに所縁(ゆかり)のある者だと判断した。
 なぜ、こんな場所で声をかけられたのかは分からなかった。

「……何か用か?」
「お前にはここで死んでもらう」

 男は鞘から剣を引き抜いて中段の構えをした。
 それに応じるようにクルトも剣を抜き、両手で構えた。

 彼は相手の力量を見極めるため、数歩下がって間合いをとった。
 男はクルトの出方をかまわずに距離を詰め、高々と剣を振り上げた。

 びゅんっと風を切るような音がした。
 しかし、その一撃は命中せず、クルトは余裕をもってかわしていた。

 男はすぐさま体勢を立て直して、次の攻撃を仕掛けようとしている。

「君の力量では僕を斬ることはできない、やめておけ」
「ふんっ、強がりを言うな。フォンスは腰抜けばかりだ」

 男は同じように頭上から剣を振り下ろして、クルトを斬ろうとした。
 それも空を切り、彼は涼しい顔をして剣を構えている。

 攻撃をかわされて、男には焦りの色が浮かび始めていた。
 早く決着をつけようとするように、さらに連続で攻撃を繰り出す。

 クルトは相手の連撃を剣で受けつつ、足の運びでかわしきった。
 闇雲に剣を振り続けたことで、男の動きに隙ができた。

 クルトはその瞬間を見逃さず、剣の柄を押し出して男の胸の部分を突いた。 
 固い防具をつけていないことが幸いして、男は咳こみながらその場にかがんだ。

「――しばらく眠っておけ」

 クルトは男の肩の部分に手をおき、気の流れを弱めさせた。
 すると、男はうつ伏せで地面に倒れこんだ。

 クルトはそれを見て鞘に剣を収めた。
 鍛冶屋での出来事もあり、どのみち衛兵を呼ぶつもりでいたが、彼の頭の中に一つの疑問が浮かんでいた。

「……なぜ、カルマンから刺客が送られてきた?」

 状況的に密偵が裏切ったとは考えにくい。
 雇い主のクルトを殺したところで報酬が途絶えるのだから、寝返る時はその素振りを気づかせずにカルマンへ従属すればいいだけの話だ。

 クルトは考えがまとまらないまま足を運んだ。
 やがて、さびれた街並みから活気ある通りに周囲の景色が変化していた。

「……いや、そこまで腐敗してはいないだろう」

 彼はある可能性に考えが及んだが、それを否定したい思いが強かった。
 ただ、その可能性がゼロではないとも感じていた。

「まさか、水の宮殿内に内通者がいるなど、ありえない……」

 気持ちの上で否定することはできながらも、クルトは混乱していた。
 フォンスの内通者とカルマンが結託していれば、強固な城壁があろうとも攻め落とすことは困難ではなくなる。

 足並みが揃わなければ、カルマンの軍勢にひれ伏す可能性は十分にある。
 先の戦争から数十年が経ち、彼我の戦力差を明確に測れなくなっているとはいえ、少なくとも練兵が進んでいないフォンスの兵たちは優れた戦力とはいえない。

 そして、クルトが密偵から得た情報では、カルマンは好戦的な気質が作用して、それなりの戦意を維持し続けているようだ。

「……これはあいつに聞いてみた方がいいかもしれないな」

 クルトは自らの知恵では答えを出すことができなかった。
 そのため、戦いの経験があるシモンに訊ねようと思い立った。

 探検者組合はシルデラの鍛冶屋がある方面から中心部を挟んで反対側にある。
 彼はそこに向かって移動を始めた。 

 レギナの街中は時間帯を問わず人通りが多い。
 クルトは通行人をかわしながら早足で進んだ。

 彼が歩いていると、道の途中で見覚えのある人影が目に入った。
 それはエルフの少女ヘレナだった。街角にある花屋の前で立ち止まっている。
 
 その姿を見かけて、クルトは声をかけようと近づいていった。

「ヘレナ、花が好きなのか?」
「……この花きれいだなと思って」

 ヘレナは彼の存在に気づいて言葉を返した。
 その瞳は目の前の花に吸い寄せられているように見える。

「この花、いくらする?」
「おおっ、これは騎士様。それはフラウスの花ですね、3レガルです」
「それを彼女に」

 店主は人の良さそうな中年男性だった。
 水鉢から取り出されたその花は、大きな花弁で明るいオレンジ色をしている。 

「あ、ありがとう」

 ヘレナは驚くような様子を見せた後、愛らしい笑みを浮かべた。
 クルトはそれを見て、心が温まるような気持ちになった。

「何か包みますかね?」
「……そうだな、そのまま渡してもらおう」

 ヘレナは店主から花を受け取ると、満足げな表情を浮かべた。
 
「ありがとうございました」

 店主が一礼して丁寧にあいさつをした。
 クルトとヘレナは花屋を後にした。

「これから、シモンのところに行くんだ。よかったら君も来ないか」
「うん、そうします」

 二人は探検者組合に向かって歩き始めた。
 ヘレナは花屋で手に入れた花を嬉しそうに見つめている。

「森に花は生えていないのか?」
「ええと、色んな花はありますけど、この花は森には生えてません」

 彼女はクルトにまだ慣れていないのか、あまり目を合わせずに答えた。
 知的な雰囲気はあるが、どちらかというと控えめな印象を受ける。

「豪邸のために戦うという意思に変わりはないか?」
「……えっ、変わりはありません」

 ヘレナは少し戸惑うような反応を見せた。
 クルトがそう問いかけたのは、先ほど刺客に襲われたことが影響していた。

「つまらない質問をしてすまない。危険が伴うから再確認したかったんだ」
「わたしの心配してくれるんですか?」
「ああっ、僕よりも年少者の君に戦わせるのは良心が痛むところはある」

 クルトはどこまで本心を出すべきか考えていた。
 彼は回りくどい言い方が得意ではないため、直接的な言い方になることが多い。
 
「ふふっ、おかしいの」
「……えっ、何かおかしかったか」

 ヘレナは微笑みを浮かべていた。
 クルトには理由が分からなかったが、彼女は愉快そうにしている。

「わたし、もうすぐ二十才だから、クルトとそんなに変わらないよ」
「そ、そうなのか」

 クルト自身、聞きかじった程度の知識で、同じ年齢ならエルフは人間よりも若く見えるということは知っていた。
 しかし、実際にヘレナを前にしてみると、透き通るような肌、純粋さの残る表情などから、にわかに信じがたいという思いがあった。

「わたしより、クルトの方が大変そうだよ。エルフは森にいれば安全だけど、ここの人たちはそうはいかないでしょ。それを守らないといけないなんて」

「……それが僕の役割だからな」
「ふーん、とりあえずわたしは豪邸が手に入ればそれでいいけど、カルマンが攻めてきたら住めなくなるだろうな」

 ヘレナは独り言のようにいった。
 クルトはそれを聞きながらその通りだと思った。

「どっちみち、豪邸に住めなくなるだけだから、わたし協力するから」
「そういってくれるなら助かる。フォンスには魔術師は少ないからな」

 クルトはカルマンも同じなので、状況次第で圧倒できると読んでいた。
 ウィリデの助力があれば魔術部隊に戦ってもらうことも可能だが、現時点でその予定はない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】元ゼネコンなおっさん大賢者の、スローなもふもふ秘密基地ライフ(神獣付き)~異世界の大賢者になったのになぜか土方ばかりしてるんだがぁ?

嘉神かろ
ファンタジー
【Hotランキング3位】  ゼネコンで働くアラフォーのおっさん、多田野雄三は、ある日気がつくと、異世界にいた。  見覚えのあるその世界は、雄三が大学時代にやり込んだVR型MMOアクションRPGの世界で、当時のキャラの能力をそのまま使えるらしい。  大賢者という最高位職にある彼のやりたいことは、ただ一つ。スローライフ!  神獣たちや気がついたらできていた弟子たちと共に、おっさんは異世界で好き勝手に暮らす。 「なんだか妙に忙しい気もするねぇ。まあ、楽しいからいいんだけど」

家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。

希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。 手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。 「このまま死ぬのかな……」 そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。 ​そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。 試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。 ​「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」 ​スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。 たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。 ※本作は小説家になろうでも投稿しています。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

処理中です...