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保養地ククシル湖で旅の疲れを癒そう
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しおりを挟む町へ戻る途中、ギルドの職員らしき男女数名に出会った。
主による観光客の被害が尋常ではないため、様子を見に近くまでやって来たらしい。ウルスが切り取った主の頭部や肉体の一部を見せると、職員たちは心底ほっとした表情を浮かべていた。
「さすがはドラゴンスレイヤーのウルス・ラグナ。お見事です」
「いや、倒したのは俺ではない。そこにいるラビア人の少女、ジェミナ・トナだ」
「え、僕?」
きょとんとしているジェミナを見、職員たちは驚きを隠そうともしない。
そのすぐ近くではシアが露骨に「けっ」と悪態をついている。
「信じられないわ。あんなに若いのに」
「しかも可愛い」
「いやでも、あのウルス・ラグナの弟子なら……」
「そうだな、ありえない話じゃない」
こそこそと話し合い、何やら納得している様子。
「ありがとうございます、ジェミナ・トナさん。これよりあなたを正式にドラゴンハンターとして認めます。ライセンスの発行は後《のち》ほど行うということで」
ジェミナは不思議そうな顔をしながらも、ライセンス発行の言葉にニッコリする。
「やったよ、アネーシャ。これでもう僕は無職じゃない」
「おめでとう、ジェミナ。お給料もらったらたくさんお買い物しようね」
やったやったとアネーシャたちが小躍りしていると、
「ところでパーティー名の登録がまだお済みでないようなので、ギルドにお立ちよりの際はご登録をお願い致します。それとも今ここでお決めになりますか?」
職員に訊ねられたウルスはアネーシャを呼んで言った。
「君のパーティーだ。君が決めてくれ」
びっくり顔の職員たちの注目を浴びながら、アネーシャは首をひねる。
「うーん、コヤ様親衛隊? 銀色の猫と愉快な仲間たち?」
『……アネーシャ、もっと真剣に考えなさい』
「真剣に考えてるよ。女神、神託……」
『神託は古い言葉でオラクルとも言うわね』
それだ、とアネーシャは手を叩く。
「オラクルはどうでしょう? 古い言葉で神託を意味するそうです」
特に反対する人もいなかったので、
「わかりました『オラクル』ですね」
その場で決まってしまった。
ようやく職員の方々から解放されて町にたどり着くと、
「会いたかったぞっ、我がむす……我が国の誇りっ、ドラゴンスレイヤーよっ」
ギルドの前でお忍び姿の国王が待ち構えていた。
離れた場所には王国の騎士と思われる護衛たちの姿もある。
『今思い切り、我が息子って言いかけてたわね』
「しっ、コヤ様」
『どうせ聞こえないって』
ウルスは国王の前で騎士のように跪くと、討伐したドラゴンの頭部を差し出した。
「ご覧の通りです、陛下」
国王は震える両手でそれを受け取ると、地面に投げつけ、乱暴に足で踏みしだく。
「よくもっ――よくも我が息子を……っ娘たちをっ」
怒りは次第にエスカレートしていき、頭部がぐちゃぐちゃになるまで続けられた。
血で汚れた足を地面に擦りつけると、国王は乱れた呼吸を整えるように息を吸う。
最後に唾を吐きかけて、血走った目をウルスに向けた。
「わしにはもう、お前しかおらん」
「……何のお話ですか」
「とぼけるな、お前はもう知っているはずだ。自分が何者で、どのような運命にあるのか」
言いながら、ちらりとアネーシャを見る。
「アネーシャ・サノス、末娘の件では本当に申し訳ないことをした。君の聖女としての力は本物だ。実はカークランド・オーウェルとは旧知の仲でな――若い頃はドラゴンハンターとして奴とバディを組んだものだが――奴に聞いたよ、君の力を……」
ギルド長め。
内緒にしてくれと頼んだのに。
「そしてウルスラから……アウレリアから長い手紙をもらった。そこには息子を善き方向に導いてくれと書かれてあった。そしてアネーシャ・サノス、君のことも。不治の病に冒されていたアウレリアを救ってくれたこと、心から礼を言う」
深く頭を下げられて、アネーシャは慌ててしまう。
「救ったのはコヤ・トリカ様で、私ではありません」
「君の活躍は至るところで耳にしている。この町でも、多くの民を救ってくれた」
シアとジェミナは空気を読んで、ウルス同様、その場に跪いて顔を伏せている。
「都へ戻り次第、君たちの功績を讃えたい。民にも公表するつもりだ」
国王による感謝と謝罪の言葉はなおも続いた。
アネーシャがもう十分だと感じたところで、国王は再びウルスに向き直った。
「わしの元へ来い、ウルス。為政者として、学ぶべきことが山ほどある」
「……それは命令ですか?」
「いや、父としての頼みだ」
国王は何が何でもウルスを後継者の座に据えたいらしい。為政者として、威圧感たっぷりに命じるのではなく、親子の情に訴えかけているあたり必死だ。
「次期国王はお前しかおらん」
「わかりました」
割とあっさり承諾するウルスに、「えっ」と慌てたのはアネーシャだった。
「ウルスさん、王様になるの?」
「それが女神の望みなら」
『ええ、そうなる運命だもの』
覚悟を決めたウルスの顔を見て、アネーシャは息を飲んだ。
コヤ・トリカは彼を気に入っている。こうなることは分かっていたはずなのに。
「だ、ダメっ」
つい大声を出してしまった自分を、皆が驚いたように見ていた。
注目されて恥ずかしかったし、気まずくもあったが、
「一緒に来てくれるって……旅をするって言ったでしょう?」
ウルスは目を細めて、アネーシャをじっと見つめる。
「俺がいなくても、そこにいる二人がいれば十分やっていける」
「ウルスさんの代わりなんて、誰にもなれないよっ」
自分でも、なぜこんなに必死になって彼を引き止めているのか分からない。
ただ、このまま彼と別れてしまうのだけは嫌だった。
「お願いだから、行かないでください」
「そう女神が言っているのか?」
静かなウルスの問いに、アネーシャは半泣きになりながら首を横に振った。
「いいえ、私のわがまま、です」
彼はわずかに首を傾げると、ふっと笑って言った。
「わかった、旅を続けよう」
「ウルスっ、おまえっ」
「申し訳ありません、陛下。ですが都には俺の代わりなどいくらでもいると思うので」
顔を赤くしたり青くしたりしている国王に罪悪感を覚えつつも、アネーシャは嬉しかった。心底ほっとした。
「……いいんですか?」
「君には大きな借りがある」
おそらくアウレリアのことを言っているのだろうが。
『なぁに、アネーシャ。ガッカリした顔しちゃって』
「……別に」
『せっかくなら違う言葉が聞きたかったわね。君のそばにいたいから……とか』
「コヤ様ったら……」
いつもの自分なら、「また無理やりくっつけようとして」と怒るところなのに、どういうわけか、怒りは沸いてこない。喜ぶべきか不安に思うべきか、アネーシャにはわからなかった。
「わしは諦めんぞ、ウルスっ。おいっ、聞いてるのか? ウルスーー」
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