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第十章 蝙蝠小町、ひた走る
十の十
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今回通されたのは、昼間と違って、番所の庭先であった。
小源太と藤四郎のふたりはひざまずいて奉行が現れるのを待った。
さして待たされることもなく、奉行が与力らしい男を引き連れて縁側を歩いて来た。
「よくぞ参った」石谷奉行が藤四郎に声をかけた。
「はは」
「注進の内容を聞かせよ」
「私、張孔堂で弓打ち指南をしておりました、藤四郎と申します。本日夕刻、かねてよりの知己であった丸橋忠弥の家に訪れましたことろ、これも知己の奥村八左衛門殿と碁を打っており、やがて勝ち負けの口論になりました。そこで、丸橋が奥村殿に碁石を投げ、怒り心頭の奥村殿は、席を立たれました」
なだめようと奥村を追った藤四郎は、奥村から張孔堂の反乱の計画を聞かされた。
奥村いわく、もう丸橋とは決別する、あんな男と一蓮托生などご免こうむる。わしはこれより張孔堂を離れ、松平伊豆守様の屋敷に駆けこむ。
そうして藤四郎には、北町奉行所へ事のしだいを訴え出よ、そう命じたという。
「私も、かねてより丸橋の粗暴なふるまいには腹を据えかねていたところでしたので、誘いに応じ、こちらを目指したのですが、途中張孔堂の一味に捕らえられてしまい、捕らえられた場所にほどちかい、古い講義所へ押し込められてしまっておりました。そこへ、こちらにいらっしゃる栗栖様が現れ、助け出してくださったのです」
「さようか。栗栖、ご苦労であったな」
奉行に褒められ小源太は頭を下げた。
「して、反乱の詳細は」
「丸橋達の一団が、御公儀の火薬蔵を襲い、奪った火薬を使い江戸じゅうを火の海にし、混乱に乗じ畏れ多くも将軍様を拉し奉り、同時に京、大坂においても同様に放火にて混乱を起こし、駿府では、由井正雪みずからが指揮をとり久能山を足がかかりに駿府城を攻略せんとの企てです」
しかし、これは確認のために訊いたようだった。この内容は、実は石谷町奉行はすでに間諜を通じて知っていたであろう。石谷が真に知りたかった要点はただひとつであった。
「決起の日時は?」
「明後日、深更」
「でかしたッ」
そうしてくるりと身を翻し、
「皆の者、集まれい。すでに帰宅したものは呼び戻せ。大捕物であるッ!」
そう叫びながら、奥へと入っていった。
残った与力の男が、
「ふたりには褒美を取らすゆえ、しばしそこで待っておれ」
冷ややかに言って、この男も奥へと姿を消した。
そうして、藤四郎は、小源太に向き、深深と地に額を押し付けるようにして頭を下げた。
「お助けくださり、まことありがとうございました」
「それで」と小源太は急くように訊いた。「兄はどこに囚われておる」
「先ほどより話に出ておりました、丸橋忠弥の道場でございます」
「なんとっ!?」
これは褒美を待っている間などないぞ、と焦燥に身を突き動かされるようであった。
北町奉行所はすぐにでも丸橋の道場に捕物に向かう様子だ。混乱の中で、張孔堂の者達に兄が殺されてしまいかねない。すぐにでも、丸橋道場に乗り込んで、兄を助け出さねばならない。
「くわしい居所はわかるか」
「残念ながらそこまでは。ただ、横手というかたが、丸橋道場に囚われているが、客人のように丁重に扱われている、そんな話を耳にしただけでして」
「ありがとう、藤四郎。奉行様からのご褒美は、私の分ももらってくれ」
そう言うと、小源太は走り出した。
番所の門に達したところで、後ろから呼びかける声がする。
「待て、蝙蝠女!」
衿首をつかまれてとめられた。
振り返れば、香流隼人である。
「どこへ行くつもりだ」
「丸橋道場です。兄が捕らわれています。すぐに助けに行かなくては」
「馬鹿っ。今、お前に先走られては、すべての計画が無に帰すではないか」
「あなたがたの計画など知りません」
「お前の兄が丸橋道場に捕らわれているというのなら、我らが助け出す」
「その前に、兄の命を奪われてしまうことだってありえます」
「ちっ」と香流はひとつ舌打ちすると、「ぐだぐだ言ってるんじゃあねえ」
伝法に言い放つと、小源太は胸倉をひっつかまれ、引きずるようにして番所の中に連れていかれた。
「お奉行の依頼を受けていれば、お前自身の手で兄を救う機会が得られたのだ。それを、お前は断った。二度はないぞ」
納戸のような一室に突き飛ばされるように入れられ、乱暴に戸が閉められた。そうして心張棒か何かで戸がとめられたようである。
「おい、ちょうどいい、千太郎、この部屋を見張っていろ。凶暴な女だからな、気を抜くんじゃないぞ」
後輩か誰かに、声高に命じる声が聞こえた。
小源太と藤四郎のふたりはひざまずいて奉行が現れるのを待った。
さして待たされることもなく、奉行が与力らしい男を引き連れて縁側を歩いて来た。
「よくぞ参った」石谷奉行が藤四郎に声をかけた。
「はは」
「注進の内容を聞かせよ」
「私、張孔堂で弓打ち指南をしておりました、藤四郎と申します。本日夕刻、かねてよりの知己であった丸橋忠弥の家に訪れましたことろ、これも知己の奥村八左衛門殿と碁を打っており、やがて勝ち負けの口論になりました。そこで、丸橋が奥村殿に碁石を投げ、怒り心頭の奥村殿は、席を立たれました」
なだめようと奥村を追った藤四郎は、奥村から張孔堂の反乱の計画を聞かされた。
奥村いわく、もう丸橋とは決別する、あんな男と一蓮托生などご免こうむる。わしはこれより張孔堂を離れ、松平伊豆守様の屋敷に駆けこむ。
そうして藤四郎には、北町奉行所へ事のしだいを訴え出よ、そう命じたという。
「私も、かねてより丸橋の粗暴なふるまいには腹を据えかねていたところでしたので、誘いに応じ、こちらを目指したのですが、途中張孔堂の一味に捕らえられてしまい、捕らえられた場所にほどちかい、古い講義所へ押し込められてしまっておりました。そこへ、こちらにいらっしゃる栗栖様が現れ、助け出してくださったのです」
「さようか。栗栖、ご苦労であったな」
奉行に褒められ小源太は頭を下げた。
「して、反乱の詳細は」
「丸橋達の一団が、御公儀の火薬蔵を襲い、奪った火薬を使い江戸じゅうを火の海にし、混乱に乗じ畏れ多くも将軍様を拉し奉り、同時に京、大坂においても同様に放火にて混乱を起こし、駿府では、由井正雪みずからが指揮をとり久能山を足がかかりに駿府城を攻略せんとの企てです」
しかし、これは確認のために訊いたようだった。この内容は、実は石谷町奉行はすでに間諜を通じて知っていたであろう。石谷が真に知りたかった要点はただひとつであった。
「決起の日時は?」
「明後日、深更」
「でかしたッ」
そうしてくるりと身を翻し、
「皆の者、集まれい。すでに帰宅したものは呼び戻せ。大捕物であるッ!」
そう叫びながら、奥へと入っていった。
残った与力の男が、
「ふたりには褒美を取らすゆえ、しばしそこで待っておれ」
冷ややかに言って、この男も奥へと姿を消した。
そうして、藤四郎は、小源太に向き、深深と地に額を押し付けるようにして頭を下げた。
「お助けくださり、まことありがとうございました」
「それで」と小源太は急くように訊いた。「兄はどこに囚われておる」
「先ほどより話に出ておりました、丸橋忠弥の道場でございます」
「なんとっ!?」
これは褒美を待っている間などないぞ、と焦燥に身を突き動かされるようであった。
北町奉行所はすぐにでも丸橋の道場に捕物に向かう様子だ。混乱の中で、張孔堂の者達に兄が殺されてしまいかねない。すぐにでも、丸橋道場に乗り込んで、兄を助け出さねばならない。
「くわしい居所はわかるか」
「残念ながらそこまでは。ただ、横手というかたが、丸橋道場に囚われているが、客人のように丁重に扱われている、そんな話を耳にしただけでして」
「ありがとう、藤四郎。奉行様からのご褒美は、私の分ももらってくれ」
そう言うと、小源太は走り出した。
番所の門に達したところで、後ろから呼びかける声がする。
「待て、蝙蝠女!」
衿首をつかまれてとめられた。
振り返れば、香流隼人である。
「どこへ行くつもりだ」
「丸橋道場です。兄が捕らわれています。すぐに助けに行かなくては」
「馬鹿っ。今、お前に先走られては、すべての計画が無に帰すではないか」
「あなたがたの計画など知りません」
「お前の兄が丸橋道場に捕らわれているというのなら、我らが助け出す」
「その前に、兄の命を奪われてしまうことだってありえます」
「ちっ」と香流はひとつ舌打ちすると、「ぐだぐだ言ってるんじゃあねえ」
伝法に言い放つと、小源太は胸倉をひっつかまれ、引きずるようにして番所の中に連れていかれた。
「お奉行の依頼を受けていれば、お前自身の手で兄を救う機会が得られたのだ。それを、お前は断った。二度はないぞ」
納戸のような一室に突き飛ばされるように入れられ、乱暴に戸が閉められた。そうして心張棒か何かで戸がとめられたようである。
「おい、ちょうどいい、千太郎、この部屋を見張っていろ。凶暴な女だからな、気を抜くんじゃないぞ」
後輩か誰かに、声高に命じる声が聞こえた。
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