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二章 ―少年から青年へ― (読み飛ばしOK)
―ドラゴンの初恋― 4
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アイネを助けたあと、王族のみが出席するドラゴンの入団祝いが行われた。その時に表情が優しいドラゴンを見てリオや王、王妃が泣いて喜び、ドラゴンはギョッとしつつも心の奥で凍りついていた部分がじんわりと溶け出すのを感じた。それと同時にくすんで見えていた世界に鮮やかな色が戻り、少しだけ許されたような気がしてリオ達と一緒に泣き笑いをした。
「ありがとうございます」
自然とドラゴンの口から出てきた言葉に、王も王妃もドラゴンを抱き締め、リオは抱き締めたあとゴツンッと思い切り頭突きをした。
「っ!? リオ、何を…!」
「いつまでも兄様の死を自分のせいだと思うお前が悪い! 兄様が死んだのは俺のせいなんだ。俺があの時でしゃばらなきゃ、兄様は心配してあのホールに出てこなかった。だからお前だけが責任を感じる必要は無いんだよ! ようやく、お前が笑えるようになって、っ、俺達がどれだけ安心したか…! もう、心配かけさせんな!」
泣きじゃくりながら叫ぶリオに、ドラゴンは今までどんな表情で人と接していたのだろうかと思い返し、ほとんど表情筋が動いていないのではないかということに気付いた。
「す、すまない」
「いいのよ。ドラゴンがちゃんと笑顔を取り戻したのですもの」
「あぁ、良かった。だが二人とも、レイドの死は誰のせいでもない事を覚えておきなさい。あれがレイドの運命だったのだから」
王の言葉に、リオとドラゴンはまだ若干受け入れがたいというような表情を浮かべるもしっかりと頷き、改めて前を向く事を心に誓った。
「それで? ドラゴンが笑顔になるきっかけは何だったんだ? 今日の午前中は特に変わってなかったから、午後に何かあったんだろ?」
リオがドラゴンの肩に腕を乗せてニヤニヤと笑いながら問うと、ドラゴンは少し午後の事を思い返して、ようやくきっかけが何だったかを思い出した。
「……あぁ、自主訓練中に女性を一人、助けたな。とても綺麗な女性だった」
アイネの事を思い出し、自然と口元が緩んで微笑むドラゴンの珍しい表情に、使用人を含むその場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。
「珍しいな、ドラゴンが美人に惚れるなんて。パーティーで一緒に踊った令嬢には一切見向きもしなかったのに」
「貴族のご令嬢に本気で惚れても、結局結ばれることはない。そう思うと、どんなに綺麗な方も惚れる事なんて出来なかった」
「うっわー。その言葉、今でもドラゴンに惚れてるご令嬢方が聞いたら泣くわー。ほんと、お前って罪作りな男だなー」
大袈裟に嘆くような表情でそう言うリオに、ドラゴンは困ったような表情を浮かべて「そう言われてもな…」と髪を掻き上げた。
「まあでも、ドラゴンの初恋が実るように、俺も応援するよ」
「ありがとう、リオ」
リオの温かい言葉にドラゴンは、目元を緩めて礼を言い、切ったステーキを上品に口に運んだ。
「それで? 結婚式はいつなのかしら?」
「!? っ、ゴホッ、ゴホッ! お、王妃様…気が早すぎですよ。今日会ったばかりで、付き合ってもいないのに結婚とか、正直、非現実的です」
王妃の言葉にドラゴンは盛大にムセて涙目になりつつも、冷静に言い返して口元を拭いた。
「んもう、相変わらず真面目すぎるんだから~」
「そうだぞ! 俺と違ってドラゴンは好きな相手と結婚出来るんだから、もっと前向きに考えろ!」
「…正式な婚約を交わす日に、婚約者に一目惚れして『今すぐ結婚しよう』とか言った奴の言葉かよ」
ドラゴンの任命式より一ヶ月ほど前にリオの婚約者が決まり、二週間前にその婚約者と正式な婚約を交わすために初めて会っていた。しかし、婚約者に会うやリオの頬が紅潮し、勢いでプロポーズをしたのだ。それを従者としてすぐ後ろで聞いていたドラゴンの表情が珍しくひきつったのは言うまでも無いだろう。
幸い、相手の令嬢も純粋にリオに惹かれたらしく、突然のプロポーズに驚いてはいたものの、はにかみながら嬉しそうに頷いていた。
「いや、あれは…うん、前言撤回。俺みたいに前向きに考えろよ!」
「……善処する」
『リオが楽観的だから自分がしっかりしなければいけないのだが』という言葉を飲み込みそう言うが、不服そうな表情は隠せていなかったらしく、リオに「不服そうだな~」と笑われた。
こうして和やかに、正式に近衛騎士になった翌日を過ごしたのだった。
それからのドラゴンは、今までよりもずっと表情が動くようになり、最初こそその変化に驚かれるも、一週間もすれば前以上に過ごしやすい空間で働く事が出来た。
そして、表情が豊富になったドラゴンが受け入れられてしばらく経ったある休日、ドラゴンが自主訓練と街の巡視がてら走ろうと門の前で準備運動をしていると、寒そうに身を縮こまらせながら門の方へ向かってくる一人の女性が見えた。そして、女性がドラゴンの姿に気付くと、パッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「ドラゴンさん!」
「アイネさん、走ったら危ないですよ」
ドラゴンは内心ヒヤヒヤしながら走ってくるアイネを抱き止め、ホッと息を吐いた。
「会えて良かった~。会えなかったらどうしようかと不安だったんです」
そう言いながらドラゴンを見上げるアイネに、ドラゴンは胸の奥がキュンと締め付けられて胸を押さえる。しかしその胸の締め付けは不思議と不快ではなく、むしろ心地のいいものである事に少し戸惑った。
「おいおい、ドラゴン! こんなに可愛い子といつ知り合ったんだよ!?」
「薄情だぞ!」
アイネを見て詰め寄る門番二人の勢いにドラゴンは引きつつも、「自主訓練中に助けた」と答えた。すると二人は真剣な表情で何やら考え初め、しばらくしておもむろにこう言った。
「…俺も自主訓練しようかな」
「あぁ、今日から自主訓練すれば俺にも出会いがあるかもしれないしな」
「……まあ、いいんじゃないか?」
ドラゴンは下心があり過ぎる二人に少し呆れつつも、訓練を行うことは悪い事ではないので特に止めはしなかった。
「あの、ドラゴンさん…」
すぐそばで聞こえてきたアイネの声に、ドラゴンははたとアイネを抱き締めたままである事に気付いて慌てて離れた。
「す、すみません」
「い、いえ…」
「この野郎っ…!」
「魔人の魔法で爆ぜろ。というか、さっさと街に行けよ! 俺達の前でイチャイチャすんじゃねぇ!」
しっしと手で追い払われ、必然的に街に出ることになったドラゴンとアイネは、顔を見合わせて少し困ったように笑い合った。
「ドラゴンさん。これ、ありがとうございました」
丁寧に畳まれて紙袋に入っている制服を差し出すアイネに、ドラゴンは微笑んで「わざわざありがとうございます」と言って受け取った。そしてアイネを見ると、自然と言葉が紡がれた。
「…あの、このあと時間はありますか? もし良ければ、一緒に街を回りたいなと思っているのですが」
「え、いいんですか? これからどこかに行こうとしていたんじゃ……」
「自主的に訓練をしようと思って外に出いていただけなので、問題ありません」
「そうだったんですね。あ、じゃあ…大通りを案内してもらってもいいですか? 私、ずっと路地の奥の方で暮らしていたので大通りってあまり来たことなくて……。ドラゴンさんに案内してもらえたら嬉しいんですけど…いいですか?」
男心をくすぐる上目遣いでおずおずと控えめに頼むアイネの表情は、今まで恋愛というものを知らなかったドラゴンをたやすく落とし、ドラゴンは「もちろんです」と嬉しそうな笑顔をアイネに向けて大通りに向かった。
そして二人で大通りに出ると、アイネはその賑わいを見て子供のように目を輝かせた。
「わぁあ…! すごい賑わいですね! あ、あっちに美味しそうなホットサンドがあります! わ、こっちは温かい飲み物を売ってるんですね! たくさん屋台があって楽しいですね!」
「あまり俺から離れないようにしてくださいね。迷子になってしまいますから。…ここら辺は行商人が自由に露店を広げることができる場所なんです。だから、毎日出ている店が変わるんですよ。ただ──」
ドラゴンが声を低めた瞬間。
「んだとゴルァ!」
「あぁ!? やんのか、ゴルァ!」
少し向こうの方で言い争うような声が聞こえ、ドラゴンはため息をついた。
「一日に何件か、こういった喧嘩があるのがこの通りでもあります。すみません、少し行ってきます」
ドラゴンはそう言うとざわめく人々の間を縫うように喧嘩が勃発しているところまで行き、睨み合う男達の間に割って入った。
「往来で叫ぶのは止めてください。小さなお子さんや周りの人達が怖がってしまいます。それで、お二人はどうして睨み合っているのですか?」
「聞いてくれよ兄ちゃん! こいつがよぉ!」
「何言ってるんだ! てめぇが先に俺に喧嘩を吹っかけてきたんだろうが!」
「あぁ!?」
再び喧嘩をしそうな二人にドラゴンは、パンッと手を叩いて二人を黙らせた。
「喧嘩をせずに、一人ずつ話してください。まずはそちらの方の意見から聞きます」
ドラゴンのピリッとした冷たい空気に二人は口をつぐみ、ドラゴンに促されて茶髪の男性から話し始めた。それを聞き終わると今度はスキンヘッドの男性の話を聞き、ドラゴンは状況を把握した。
「つまり、お二人は同じ商品をいくつか売っていて、たまたま隣同士に露店を広げてしまったがために比較され、頭にきて言い合いになった、と……。では、こうしましょう。かぶった商品の値段を同じにして、比較できないようにします。あとは他の商品とあなた達の手腕でお客さんを引き寄せてください。喧嘩をして決着をつけるよりも売り上げで勝敗を着けた方が、商人としていいのでは?」
ドラゴンの言葉に二人は互いに顔を見合わせて、フンッと鼻を鳴らした。
「喧嘩を吹っかけてきたてめぇに負ける気はしねぇな」
「けっ、確かに俺は短気ですぐに頭に血が上るが、商売の腕には自信があんだよ。ぎゃふんと言わせてやる」
「では、かぶった商品は市場の定価で売ってください。健闘を祈ります。そして、次に騒いだら警邏隊に突き出しますので気を付けてください」
ドラゴンは二人の表情から険悪な雰囲気が無くなり、ライバルと戦う時のやる気に満ちた表情に変わったことを感じると、忠告をしてからその場を去った。
「ドラゴンさん! お疲れさまでした」
「すみません、アイネさん。お待たせしました」
「ドラゴンさんはすごいですね。怖じ気づくことなく喧嘩に割って入るなんて…頼もしいです」
キラキラと尊敬のまなざしでドラゴンを見るアイネに、ドラゴンは気恥ずかしそうに首をさすって少し目をそらした。
「俺は…近衛騎士として当たり前のことをしただけですよ。だから、困ったことがあったらいつでも俺を…近衛騎士団を頼ってください。俺達は、王が愛する民を、国を、全力で守ることを誓った集団ですから」
そらした目をアイネに戻し、まっすぐとアイネの目を見てそういうドラゴンは誰が見てもかっこよく、近衛騎士であることに誇りを持っているのだと分かった。
「フフ、かっこいいですね。でも私、ドラゴンさんにしか頼るつもりはありませんよ。…私、ドラゴンさんの正義感あふれる姿に惚れちゃいましたから」
寒さのせいか、今の告白のせいか、はたまた両方か、耳まで赤くして笑うアイネに、ドラゴンは一瞬何を言われたのか理解できずに呆然としたが、すぐに言葉の意味を理解して、めったに顔色が変わることのないドラゴンの顔が真っ赤に染まった。そしてその顔を見せまいと腕で顔半分を隠し、半歩後ずさった。
「なっ、なっ…! アイネさん、俺をからかわないでくださいよっ…!」
「からかってませんよ? 助けてもらった時も、今の喧嘩も、ドラゴンさんはためらわずに向かっていきました。その頼もしい背中に、ドラゴンさんの忠義に、優しさに惚れたんです。だから、私の気持ちを単なるからかいと同じにしないでください」
アイネの真剣な告白に、ドラゴンはまだ顔を赤らめながらも一つ深呼吸をして、真っ直ぐにアイネを見つめた。
「すみません。俺も…アイネさんを一目見て、一目惚れをしました。最初はこれが恋なんだって分からなかったけど、同僚に話したらこれが恋なんだって知って……。その…うまく言葉に出来なくて申し訳ないけど、アイネさんのことが好きです。…俺の、恋人になってくれませんか?」
ドキドキとうるさいくらいに高鳴る心臓に、ドラゴンはこれなら地獄の訓練メニューをこなしている時の方が楽なのではないかと思うほど緊張しながら、アイネの返事を待った。するとアイネの目に涙が浮かび、綺麗な涙がアイネの柔らかそうな頬を伝うと、こくこくと頷いた。
「……はいっ…! よろしくお願いします」
その返事にドラゴンは一気に緊張が解けて、目の前で嬉しそうに泣き笑いをするアイネを、往来であることを忘れて抱きしめた。
それを見ていた露天商たちが指笛を吹いてはやしたて、通行人も拍手で祝福し、ここ一体だけが春の陽気のように暖かい空気に包まれていた。
「ありがとうございます」
自然とドラゴンの口から出てきた言葉に、王も王妃もドラゴンを抱き締め、リオは抱き締めたあとゴツンッと思い切り頭突きをした。
「っ!? リオ、何を…!」
「いつまでも兄様の死を自分のせいだと思うお前が悪い! 兄様が死んだのは俺のせいなんだ。俺があの時でしゃばらなきゃ、兄様は心配してあのホールに出てこなかった。だからお前だけが責任を感じる必要は無いんだよ! ようやく、お前が笑えるようになって、っ、俺達がどれだけ安心したか…! もう、心配かけさせんな!」
泣きじゃくりながら叫ぶリオに、ドラゴンは今までどんな表情で人と接していたのだろうかと思い返し、ほとんど表情筋が動いていないのではないかということに気付いた。
「す、すまない」
「いいのよ。ドラゴンがちゃんと笑顔を取り戻したのですもの」
「あぁ、良かった。だが二人とも、レイドの死は誰のせいでもない事を覚えておきなさい。あれがレイドの運命だったのだから」
王の言葉に、リオとドラゴンはまだ若干受け入れがたいというような表情を浮かべるもしっかりと頷き、改めて前を向く事を心に誓った。
「それで? ドラゴンが笑顔になるきっかけは何だったんだ? 今日の午前中は特に変わってなかったから、午後に何かあったんだろ?」
リオがドラゴンの肩に腕を乗せてニヤニヤと笑いながら問うと、ドラゴンは少し午後の事を思い返して、ようやくきっかけが何だったかを思い出した。
「……あぁ、自主訓練中に女性を一人、助けたな。とても綺麗な女性だった」
アイネの事を思い出し、自然と口元が緩んで微笑むドラゴンの珍しい表情に、使用人を含むその場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。
「珍しいな、ドラゴンが美人に惚れるなんて。パーティーで一緒に踊った令嬢には一切見向きもしなかったのに」
「貴族のご令嬢に本気で惚れても、結局結ばれることはない。そう思うと、どんなに綺麗な方も惚れる事なんて出来なかった」
「うっわー。その言葉、今でもドラゴンに惚れてるご令嬢方が聞いたら泣くわー。ほんと、お前って罪作りな男だなー」
大袈裟に嘆くような表情でそう言うリオに、ドラゴンは困ったような表情を浮かべて「そう言われてもな…」と髪を掻き上げた。
「まあでも、ドラゴンの初恋が実るように、俺も応援するよ」
「ありがとう、リオ」
リオの温かい言葉にドラゴンは、目元を緩めて礼を言い、切ったステーキを上品に口に運んだ。
「それで? 結婚式はいつなのかしら?」
「!? っ、ゴホッ、ゴホッ! お、王妃様…気が早すぎですよ。今日会ったばかりで、付き合ってもいないのに結婚とか、正直、非現実的です」
王妃の言葉にドラゴンは盛大にムセて涙目になりつつも、冷静に言い返して口元を拭いた。
「んもう、相変わらず真面目すぎるんだから~」
「そうだぞ! 俺と違ってドラゴンは好きな相手と結婚出来るんだから、もっと前向きに考えろ!」
「…正式な婚約を交わす日に、婚約者に一目惚れして『今すぐ結婚しよう』とか言った奴の言葉かよ」
ドラゴンの任命式より一ヶ月ほど前にリオの婚約者が決まり、二週間前にその婚約者と正式な婚約を交わすために初めて会っていた。しかし、婚約者に会うやリオの頬が紅潮し、勢いでプロポーズをしたのだ。それを従者としてすぐ後ろで聞いていたドラゴンの表情が珍しくひきつったのは言うまでも無いだろう。
幸い、相手の令嬢も純粋にリオに惹かれたらしく、突然のプロポーズに驚いてはいたものの、はにかみながら嬉しそうに頷いていた。
「いや、あれは…うん、前言撤回。俺みたいに前向きに考えろよ!」
「……善処する」
『リオが楽観的だから自分がしっかりしなければいけないのだが』という言葉を飲み込みそう言うが、不服そうな表情は隠せていなかったらしく、リオに「不服そうだな~」と笑われた。
こうして和やかに、正式に近衛騎士になった翌日を過ごしたのだった。
それからのドラゴンは、今までよりもずっと表情が動くようになり、最初こそその変化に驚かれるも、一週間もすれば前以上に過ごしやすい空間で働く事が出来た。
そして、表情が豊富になったドラゴンが受け入れられてしばらく経ったある休日、ドラゴンが自主訓練と街の巡視がてら走ろうと門の前で準備運動をしていると、寒そうに身を縮こまらせながら門の方へ向かってくる一人の女性が見えた。そして、女性がドラゴンの姿に気付くと、パッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「ドラゴンさん!」
「アイネさん、走ったら危ないですよ」
ドラゴンは内心ヒヤヒヤしながら走ってくるアイネを抱き止め、ホッと息を吐いた。
「会えて良かった~。会えなかったらどうしようかと不安だったんです」
そう言いながらドラゴンを見上げるアイネに、ドラゴンは胸の奥がキュンと締め付けられて胸を押さえる。しかしその胸の締め付けは不思議と不快ではなく、むしろ心地のいいものである事に少し戸惑った。
「おいおい、ドラゴン! こんなに可愛い子といつ知り合ったんだよ!?」
「薄情だぞ!」
アイネを見て詰め寄る門番二人の勢いにドラゴンは引きつつも、「自主訓練中に助けた」と答えた。すると二人は真剣な表情で何やら考え初め、しばらくしておもむろにこう言った。
「…俺も自主訓練しようかな」
「あぁ、今日から自主訓練すれば俺にも出会いがあるかもしれないしな」
「……まあ、いいんじゃないか?」
ドラゴンは下心があり過ぎる二人に少し呆れつつも、訓練を行うことは悪い事ではないので特に止めはしなかった。
「あの、ドラゴンさん…」
すぐそばで聞こえてきたアイネの声に、ドラゴンははたとアイネを抱き締めたままである事に気付いて慌てて離れた。
「す、すみません」
「い、いえ…」
「この野郎っ…!」
「魔人の魔法で爆ぜろ。というか、さっさと街に行けよ! 俺達の前でイチャイチャすんじゃねぇ!」
しっしと手で追い払われ、必然的に街に出ることになったドラゴンとアイネは、顔を見合わせて少し困ったように笑い合った。
「ドラゴンさん。これ、ありがとうございました」
丁寧に畳まれて紙袋に入っている制服を差し出すアイネに、ドラゴンは微笑んで「わざわざありがとうございます」と言って受け取った。そしてアイネを見ると、自然と言葉が紡がれた。
「…あの、このあと時間はありますか? もし良ければ、一緒に街を回りたいなと思っているのですが」
「え、いいんですか? これからどこかに行こうとしていたんじゃ……」
「自主的に訓練をしようと思って外に出いていただけなので、問題ありません」
「そうだったんですね。あ、じゃあ…大通りを案内してもらってもいいですか? 私、ずっと路地の奥の方で暮らしていたので大通りってあまり来たことなくて……。ドラゴンさんに案内してもらえたら嬉しいんですけど…いいですか?」
男心をくすぐる上目遣いでおずおずと控えめに頼むアイネの表情は、今まで恋愛というものを知らなかったドラゴンをたやすく落とし、ドラゴンは「もちろんです」と嬉しそうな笑顔をアイネに向けて大通りに向かった。
そして二人で大通りに出ると、アイネはその賑わいを見て子供のように目を輝かせた。
「わぁあ…! すごい賑わいですね! あ、あっちに美味しそうなホットサンドがあります! わ、こっちは温かい飲み物を売ってるんですね! たくさん屋台があって楽しいですね!」
「あまり俺から離れないようにしてくださいね。迷子になってしまいますから。…ここら辺は行商人が自由に露店を広げることができる場所なんです。だから、毎日出ている店が変わるんですよ。ただ──」
ドラゴンが声を低めた瞬間。
「んだとゴルァ!」
「あぁ!? やんのか、ゴルァ!」
少し向こうの方で言い争うような声が聞こえ、ドラゴンはため息をついた。
「一日に何件か、こういった喧嘩があるのがこの通りでもあります。すみません、少し行ってきます」
ドラゴンはそう言うとざわめく人々の間を縫うように喧嘩が勃発しているところまで行き、睨み合う男達の間に割って入った。
「往来で叫ぶのは止めてください。小さなお子さんや周りの人達が怖がってしまいます。それで、お二人はどうして睨み合っているのですか?」
「聞いてくれよ兄ちゃん! こいつがよぉ!」
「何言ってるんだ! てめぇが先に俺に喧嘩を吹っかけてきたんだろうが!」
「あぁ!?」
再び喧嘩をしそうな二人にドラゴンは、パンッと手を叩いて二人を黙らせた。
「喧嘩をせずに、一人ずつ話してください。まずはそちらの方の意見から聞きます」
ドラゴンのピリッとした冷たい空気に二人は口をつぐみ、ドラゴンに促されて茶髪の男性から話し始めた。それを聞き終わると今度はスキンヘッドの男性の話を聞き、ドラゴンは状況を把握した。
「つまり、お二人は同じ商品をいくつか売っていて、たまたま隣同士に露店を広げてしまったがために比較され、頭にきて言い合いになった、と……。では、こうしましょう。かぶった商品の値段を同じにして、比較できないようにします。あとは他の商品とあなた達の手腕でお客さんを引き寄せてください。喧嘩をして決着をつけるよりも売り上げで勝敗を着けた方が、商人としていいのでは?」
ドラゴンの言葉に二人は互いに顔を見合わせて、フンッと鼻を鳴らした。
「喧嘩を吹っかけてきたてめぇに負ける気はしねぇな」
「けっ、確かに俺は短気ですぐに頭に血が上るが、商売の腕には自信があんだよ。ぎゃふんと言わせてやる」
「では、かぶった商品は市場の定価で売ってください。健闘を祈ります。そして、次に騒いだら警邏隊に突き出しますので気を付けてください」
ドラゴンは二人の表情から険悪な雰囲気が無くなり、ライバルと戦う時のやる気に満ちた表情に変わったことを感じると、忠告をしてからその場を去った。
「ドラゴンさん! お疲れさまでした」
「すみません、アイネさん。お待たせしました」
「ドラゴンさんはすごいですね。怖じ気づくことなく喧嘩に割って入るなんて…頼もしいです」
キラキラと尊敬のまなざしでドラゴンを見るアイネに、ドラゴンは気恥ずかしそうに首をさすって少し目をそらした。
「俺は…近衛騎士として当たり前のことをしただけですよ。だから、困ったことがあったらいつでも俺を…近衛騎士団を頼ってください。俺達は、王が愛する民を、国を、全力で守ることを誓った集団ですから」
そらした目をアイネに戻し、まっすぐとアイネの目を見てそういうドラゴンは誰が見てもかっこよく、近衛騎士であることに誇りを持っているのだと分かった。
「フフ、かっこいいですね。でも私、ドラゴンさんにしか頼るつもりはありませんよ。…私、ドラゴンさんの正義感あふれる姿に惚れちゃいましたから」
寒さのせいか、今の告白のせいか、はたまた両方か、耳まで赤くして笑うアイネに、ドラゴンは一瞬何を言われたのか理解できずに呆然としたが、すぐに言葉の意味を理解して、めったに顔色が変わることのないドラゴンの顔が真っ赤に染まった。そしてその顔を見せまいと腕で顔半分を隠し、半歩後ずさった。
「なっ、なっ…! アイネさん、俺をからかわないでくださいよっ…!」
「からかってませんよ? 助けてもらった時も、今の喧嘩も、ドラゴンさんはためらわずに向かっていきました。その頼もしい背中に、ドラゴンさんの忠義に、優しさに惚れたんです。だから、私の気持ちを単なるからかいと同じにしないでください」
アイネの真剣な告白に、ドラゴンはまだ顔を赤らめながらも一つ深呼吸をして、真っ直ぐにアイネを見つめた。
「すみません。俺も…アイネさんを一目見て、一目惚れをしました。最初はこれが恋なんだって分からなかったけど、同僚に話したらこれが恋なんだって知って……。その…うまく言葉に出来なくて申し訳ないけど、アイネさんのことが好きです。…俺の、恋人になってくれませんか?」
ドキドキとうるさいくらいに高鳴る心臓に、ドラゴンはこれなら地獄の訓練メニューをこなしている時の方が楽なのではないかと思うほど緊張しながら、アイネの返事を待った。するとアイネの目に涙が浮かび、綺麗な涙がアイネの柔らかそうな頬を伝うと、こくこくと頷いた。
「……はいっ…! よろしくお願いします」
その返事にドラゴンは一気に緊張が解けて、目の前で嬉しそうに泣き笑いをするアイネを、往来であることを忘れて抱きしめた。
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