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一章 -幼少時代-

―ザギの決断と動き出す影― 3

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 翌朝、ザギはリオに起こされる前に起きて訓練場に来ると、既にユリーゼともう一人の姿があり、ユリーゼは隣にいる人と話をしているようだった。
「おはようございます」
 ザギが挨拶をすると二人は振り返り、それぞれ挨拶を返した。
「来たか。おはよう」
「おはよう。君がザギだな? よろしく」
 ユリーゼの隣にいた男性は、ザギを確認するとフッと笑って握手を求めた。ザギはその握手に応えつつもその男性が何者か気になり、ユリーゼに説明を求めるように視線を向けた。ユリーゼはその視線を受けて、ザギと隣にいる男性との挨拶が終わると早速紹介をしてくれた。
「彼はお前に剣を教える師であり、お前の旅に同行してくれる保護者の役を引き受けてくれた、アンドソン・サールだ。彼は千人隊長を務めている者だから、実力は申し分無い上、面倒見も良い。何かあった時の対応も冷静かつ的確だ。だから、安心して彼から色々と学ぶと良い」
 この国の近衛騎士や衛兵達の階級は上から『近衛騎士団長/王城衛兵総長』『副団長/副総長』『千人隊長』『中隊長』『百人隊長』『小隊長』『班長』『一般騎士/一般衛兵』となっていて、実力や経歴などを踏まえて昇格していく。他にも、武器別の編成になった時は武器種名が頭につく場合がある。
 千人隊長である彼は、相当の実力者であることがうかがえる。
「高評価ありがとうございます、団長。今紹介された、近衛騎士団・千人隊長のアンドソン・サールだ。君の事情は団長から聞いている。時間が無いから訓練の時は厳しくいくぞ」
「ザギ・ロディアノスです。よろしくお願いします!」
 勢いよく頭を下げたザギにアンドソンは「ああ」と頷き、ユリーゼはザギの前に膝を着くと顔を上げさせてあるものを差し出した。
「ザギ、お前にこれをやる。これはお前の身を守ると同時に相手を傷付け、時に命を奪う物だ。その覚悟を以てこれを受け取り、私に誓え。決して無意味な殺生・相手を傷付ける行為をしない、と。そしてお前が剣を取る目的を私に示せ」
「せっしょう?」
「生きているものを殺すことだ」
「分かった」
 初めて聞く言葉の意味を教えてもらうと、ザギは覚悟を決めて差し出された小さな剣を受け取った。そのズシッとした重さはザギの気持ちを引き締めさせ、両手でしっかりと握ると真っ直ぐにユリーゼを見て宣誓した。
「僕は、絶対に無意味なせっしょうや相手を傷付ける事はしない。僕は強くなるために、ドラゴンを守るために剣を持つんだ」
「しかと聞き入れた。…ザギ、今の言葉を絶対に忘れるなよ。心をしっかりと持ち、正しい道を進んでいけ」
「うん、分かった」
 切実に願うように言うユリーゼに、ザギは真剣に受け止めて頷いた。その姿を見てユリーゼは複雑そうに微笑むと、ザギの頭を撫でてから立ち上がった。
「アンドソン、あとは頼んだ」
「はっ」
 アンドソンの綺麗な敬礼にユリーゼはポンと肩を叩いて労うと、自分の仕事に戻るべく訓練場を出ていった。
「じゃあ、早速始めるぞ。今日はザギがどれくらい体力があるか見させてもらう。その結果によって一週間の計画を立てていくから、真剣に、全力でやること」
「はい!」
「よし、良い返事だ。ではまず──」
 こうしてザギはアンドソンの指導の下、戦いの道へと足を踏み入れたのだった。
 結論から言うと、ザギは天賦てんぷの才を持っていた。
 そのため、ものの数日で基本的な動きを覚え、すぐに手合わせ指導に切り替わった。
 アンドソンの動きを見よう見まねで真似をして、少しでも自分の物にしようとする向上心、授業以外の時間を鍛練に費やす努力、厳しい訓練に耐えて付いていく忍耐、そして全身で剣を、動きを感じて覚えていく、鋭い勘。ザギはそれら全てを持ち合わせていて、貪欲に強くなることを求め続けた。
 そしてあっという間に六日が経ち、同行の条件だった悪鬼ゴブリンの討伐も見事達成して、周りの大人達を驚かせると同時にザギは遠征同行の権利を掴み取ったのだった。

 その日の夜、ユリーゼは城内にある滅多に使わない自分の部屋に訪れ、久し振りに酒を嗜んでいた。
 本当ならば、家に帰って愛する妻に会いたかった所なのだが、仕事を終えた時間が既に深夜と言ってもいい時間であったため、眠っているであろう身重の妻を起こしたくないというユリーゼの優しさから、滅多に使わない自室で夜を明かすことを決めたのだった。
 美しい夜空を肴に、ソファに座って静かに酒を飲んでいると、コンコンと控えめなノックが聞こえてきた。ユリーゼはゆったりと身体を起こして立ち上がると、夜中の訪問者を不思議に思いながらドアを開けた。
「ユリーゼ団長、夜遅くにごめんなさい」
 そこには一枚の紙を手に佇むザギがいて、申し訳無さそうに目を伏せながらそう言った。
「ザギか。子供がこんな遅くまで起きているものじゃない。早く寝なさい。明日は早いんだぞ」
「ごめんなさい…。でも、どうしても行く前にやっておかないといけない事があって、でも、僕一人じゃ難しかったから……」
「……入りなさい。廊下は冷えるから中で話を聞こう」
 ユリーゼはしょんぼりするザギの背中に手を添えて中に入れると、自分が今まで座っていたソファに腰掛けさせて、その隣に自分も座った。
「それで、明日までにやっておかないといけない事は何だ?」
「…ドラゴンに、手紙を書いておきたいんだ。今回、僕がこの遠征に着いていくことは誰にも話してない。だから、きっと僕が居なくなったらドラゴンは心配すると思うから、そうならないために手紙を書きたかったんだけど…まだ上手く字が書けないから……」
 持っていた紙を握りしめて悔しげにそう言うザギに、ユリーゼは少し酔っている事も関係して全体的に優しく、ザギを慰めるようにその小さな手を包み込むと、少しシワがついてしまった紙を取り上げてテーブルに置いた。
「俺に代筆を頼みに来たのか。…それは構わないが、本当に手紙でいいのか? ちゃんと直接、しばらく会えなくなることを言った方がいいと思うが」
「ううん、手紙でいいんだ。だって、きっと直接言ったらドラゴンもリオも僕を引き留めようとする。それじゃ、意味無い」
「……そうか。まあ、お前がそれでいいなら俺は反対しない。それで? 手紙の文章はもう決まっているのか?」
「うん。決まってる」
 ユリーゼはザギの返事を聞きながら引き出しを開けてインクとペンを取り出し、ソファに戻るとザギが持ってきた紙にザギの言葉で手紙を綴り始めた。
 そして手紙が書き終わると、ザギは安心したように襲ってきた睡魔に身を委ねて眠りに落ちていった。そんなザギにユリーゼは自分の制服を掛けてやると、ザギの頭を撫でながら残りの酒を飲み干し、一緒にそこで眠ったのだった。

† †

 翌朝、リオはいつも通りにドラゴンとザギを起こしに行こうと二人の部屋に行くと、丁度ザギが部屋から出てきた所だった。
「あ、ザギだ! おはよう! 今日も、もう鍛練に行くの?」
「あ、リオ。…う、うん。そうだよ。アンドソン師匠を待たせてるから、もう行くね」
 リオの姿を見た瞬間、ザギはばつが悪そうにリオから目を逸らして足早にその場から離れようとした。しかしリオはそんなザギを気にする事なく無邪気にザギに抱き付いた。
「今日は魔狼まろう討伐部隊の出発式があるから、多分アンドソンもそっちで忙しいよ。ねえ、今日は鍛練をお休みにして一緒に勇者達を見送ろうよ! ドラゴンも最近寂しそうだったし、僕もザギと一緒にいたいんだ。だから、ね、一緒にいようよ! 最近ずっと鍛練ばかりしてて、ザギと遊べなかったし」
「……ごめん、リオ。今日も一緒に遊べないかな。…リオ、ドラゴンをよろしくね」
 リオの腕をやんわりと剥がして、かすかに寂しさが滲む笑顔でそう言うと、逃げるようにその場から走り去った。
「……変なザギ。……あれ、まさか僕、ザギに嫌われてる?」
 やんわりと拒絶されたハグとリオから逃げるような言動、一週間前に言われたユリーゼの言葉にリオはその結論に至り、その瞬間、胸をギュッと握られたような痛みを覚えて胸に手を当てた。
「そっか…嫌われちゃったか」
 今にも泣き出しそうな表情でそう呟き、遠ざかっていくザギの背を見つめると、とぼとぼとドラゴンが眠る部屋に入った。
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